※途切れトンボ

近々、視線を感じる。
自意識過剰を疑うが、やはり何か違和感を覚えるのだ。朝方、友人に相談してみると、案の定ストーカーか何かだろうと結論付けられたけれど、自分にはそんなものが付き纏うわけがない。自他共に美人ではないし、寧ろ相談相手の友人の方がストーカーに付き纏われるような容姿を持っている。実際にも雪子が被害に遭っているから余計に思う。ここ最近、何かやった?千枝に問われて、記憶を思い返してみても合致する答えに当てはまる行動はない。普通に学校に登校して授業を受けて、用事がなければすぐ帰ったり何処かに寄ったり。至ってよく見かける女子高生の生活スタイル。赤の他人との接点なんざ特にない。
「あんたを好きになる奴なんて、相当物好きだよね〜」
「ちょっと、何それ。私が変人みたいじゃん」
「変人…ブッ」
「雪子、笑うところじゃないでしょ」
「だって名前が、変人って…ブッ、アハハハハハ」
「あちゃー雪子のツボにハマっちゃったかー…」
「静観してないでどうにかしてよ」
相談を持ち掛けたが、結局はただの雑談になってしまった。そもそもそこまで重要視することでもなかったのかな、なんて。詰まるところ思い過ごしに過ぎない、という事で落ち着いた。何せ、思い当たる節もなければされる意味もまるで見当つかない訳なのだからどうにも出来ないのだ。そんな事よりも、昨日の…。友人は別の話題を振り、また盛り上がる。大体こんなオチだよな、と何処かで落ち込む自分を退け他愛もない話題を楽しむ自分に成り代わっていた。

放課後になり、日が落ちかけて窓の外が明るい朱色に染まる。日直の仕事で普段に帰る時間よりも遅くなってしまった。寒さが増してきたころ、日も短くなり家につく頃にはもう真っ暗かぼんやり薄暗いかどちらかだろう。そう思うと、急いで家に帰らねばと身支度を済ませとっとと下駄箱へ向かう。自分が出す物音以外は全く聞こえない放課後。今日に限って、部活動をする声がしない。珍しいこともあるんだと、思いつつ一層自分が独りであると思わせられ切ない心持ちになる。ため息を一つ吐く。早く帰って、家で温まろう。下駄箱からローファーを出して履き替え、下履きを戻す。この行動最中に、誰かの足音が聞こえた。こんな時間に残っているとは、その人も日直か何かだろうか。安直に考えて、出口へ向かうと後ろから声をかけられた。聞き覚えがある声。その主は春頃転校してきた月森君だった。雪子や千枝のクラスメイトで、私も何度か話す程度の認識の男子だった。でも注目の的の人物なのは確かだ。
「名字か、今帰り?」
頷いて答えると、良かったら一緒に帰らないかと誘われた。いつも誰かと帰っているイメージが強かったものだから拍子抜けしてしまい呆けていると、私の心を読んだのか「今日は用事があったから一人で帰ることになってたから。」と付け加えられた。
「良いよ、帰ろう。」
どぎまぎしつつ了承すると月森君は表情を緩ませた。こういう顔をされるとどうしても嬉しく思ってしまうのは彼の魅力からなのだろうか。

月森君は白いロングコートを身に纏っているが如何にも防寒していると思わせるより、着こなしていると思うほど似合っていた。女子の皆がカッコいいと思うのも再度納得する。雑談混じりに、コートが似合うと言えば何の変わりもなく笑って礼を返された。もう外が夕方から夜に変わってしまったためか、辺りが薄暗く相手の細かな表情が見れないが多分いつものポーカーフェイスに近い表情なんだろうなと思う。冗談半分で、格好いいねと言っても変わった様子はまるで見られない。慣れているのか自覚しているのか。無性にこんな質問しているのが恥ずかしくなり別の話題に変える。そうだ、雑談であるなら朝、友人に話した相談を持ち出そう。既に終わった案件であるので、相談した時の様子も全て丸々話した。
「ストーカー?今時そんな…ああ、でも最近物騒だから気をつけた方がいいよ。」
冗談半分で持ち掛けたつもりだったが、思ってた反応とはだいぶ真逆の心配をされ戸惑った。自分が可笑しかったのか、と釘を胸に刺されたような心地でどうにも堪らなかった。月森君は真剣そのもので、いつ頃からストーカー被害を受けているのか他に悪質な悪戯はされてないか等尋問するかの如く問い詰めるので尚更反応に困った。
「いやただ見られてるなーと感じるだけで…そんな大したことは何一つないけど…」
「でも大事に至ったら大変だ、ストーカー疑惑が収まるまでこれから一緒に下校しよう。」
彼は立ち止まり真っ直ぐな視線を私に向けた。気迫を感じるほど詰め寄られてどうにも断れる雰囲気ではなかった。心臓を鷲塚む彼の目から離れられず、お願いしますとだけおずおず返せば先程の表情が嘘のようにあの下駄箱前で見せた緩んだ様子に戻った。

あの真摯さは嘘だったように、またしょうもない雑談を繰り返していると気がつけば自宅すぐ近くにまで足を進めていた。
「あ、もう家に着く…。そういえば、月森君ってこの辺に住んでるの?」
「いや、名字の家の逆方向に住んでる。」
彼の発言に耳を疑い、そしてここまで来させてしまったことに気づきもしなかった自分に悔やんだ。
「え?!それ先に行ってよ!何も言わないから、てっきり周辺に住んでいるのかと思った…。ごめん、無神経で。」
「気にしないで。ストーカー疑惑のこともあるし、送れて良かったよ。」
気前良く月森君は許してくれて尚更申し訳なくなり、何かお礼をしたい旨を伝えてもそこまですることないとやんわり断られてしまった。結局、自宅まで送ってもらってしまった。
「本当ごめんね、月森君。ここから自分の家帰れる…?」
「謝らなくていいよ、好きでやったことだから。家にも帰れるから心配しないで、自分の身を心配してくれ。それじゃ、また明日。」
手を軽く振って、暗闇の中へ溶けていく月森君を見て彼の帰途を案じつつ私は自宅へ戻った。

次の日、いつも起きる時間よりも遅く起きてしまい慌てて身支度をしていると母がにやにやして話しかけてきた。外で待っている人がいる、そう聞かされ待ってる人?と疑問に思いつつ鞄を下げて玄関を出るとなんと月森君が現れた。
「おはよう、名字」
どうして?何故いるの?疑問符が思考を邪魔する中彼は何気なく声をかけてきた。まだ寝惚けているのかと思っているのか、「もしかしてまだ寝てたりする?」と笑う。
「…おは、よう?どうして家の前に…家、逆方向にあるんじゃなかったっけ?」
「昨日の約束なんだけど、下校だけじゃ駄目だと思って。」
曇りない笑顔で受け答えされ、反論の気力も何故かなくなってしまった。
「学校に遅れるといけないから早く行こう。」
手首を唐突に握られ、引っ張られ危うく転びそうになるが引っ張っている月森君は別段気にも止めず歩を進めたのだった。




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