眠の夢


はじまり


 ウツボは生まれた時に兄弟が何万匹といる種族の一つだ。流石に時代は変わり兄弟の数も少なくなったけれど、普遍的な性質も少なからず残っている。例えば多くの兄弟が生まれる事や、無事に成魚に成長できるのはたったの2、3匹。それも、下手をすると 1匹も生き残れず全滅して血を絶やしてしまうかもしれない。そう考えた親は確実に種を反映させる為に、私達は普通の魚達とは違う…つまり特殊な方法で育てられた。
 具体的には稚魚の時から喧嘩を教えられ、生き残る力を与えられた。また、喧嘩の時でもいつでも連携して乗り切れるように、と兄弟でペアを組まされた。弱い稚魚だった私や他の兄弟は、普段海を堂々と泳ぐ事はなく、学校に行く事も無くひっそりと身を寄せて生きていた。

ある日、他のペアの兄弟達と餌を探していた時のこと。岩場に潜んでいた大きな魚に兄弟達が捕食されてしまった。私は兄弟達の中でも成長が遅く、小さかったので食べ損ねてしまったのだろう。逃げるチャンスだ、とわかっていても恐怖で震えて逃げる事は叶わなかった。もう一度私を食べようとする大きな魚に身動きを取れずにいると、私の倍はあるウツボの尾びれがその大きな魚に向かって巻き付いた。

「っ、なに、?!」

「こんな所で何をしてるんです?ノア餌を取りにいったのでは無かったのですか?」

いつの間にか背後にいたもう一匹のウツボに私の身体を天敵から隠す様に覆われた。彼は、私の兄弟のジェイドだ。兄弟達の中でも特に成長が早く、パートナーのフロイドも喧嘩知らずな事で兄弟の中で有名だった。現に多分、今逃げていった魚を締めていたフロイドはもっと遊びたかったのに、と残念がっている。私がもし性別が一緒のオスだったり、兄弟じゃなかったら一瞬で捻り潰されていただろう。それでも彼らは獰猛な性格をしているので機嫌を損ねると噛み殺されてしまうかもしれない。


「餌を食べに来て…気がついたら、皆食べられてたの。」

「餌ァ?まさかまだオキアミとか、こーんなちっちゃい魚食べてんの?!だからノアはちっちゃいんだよ。」

ジェイドに覆われていて彼の姿は見えないけど、小馬鹿にされている事だけはよくわかった。思わずむ、としてしまいそうになるけど、彼らの機嫌を損ねる訳にはいかないので助けてくれてありがとう、とだけ告げる。本当に失礼な二人だ。ジェイドは守ってくれている様に見えて、自分の兄弟を全て平らげたと大きな魚が言いふらさない様に私だけでも助けただけだろうし、フロイドは気まぐれだ。なるべく兄弟達でも関わらないようにしようと決めて、避けて生きてきたのに。

「で?これからどうすんのノア?弱っちぃお仲間も食べられて死んじゃったけど。」

「ああ!そういえば貴女のお仲間は、食べられちゃいましたね」


お礼を言ったのに心にも無い事を言われてしまう。お仲間、なんて言うけど自分達の兄弟なのに。そりゃ勿論自分自身も兄弟が食べられたからって仇討ちするほど心は強く無いし、死にたくは無い。けどこんなに、兄弟に対しても情がないとは思わなかった。

「そんなこと……言われたって。生き残ったからには…生きていかないといけないでしょ」

「そんなちっちぇー体で?!餌もまともに取れないのに?!あははは!!ノア面白れー!」

「ッ!フフ、!そんなに笑っちゃ可愛そうですよ!フロイド!」

稚魚の時から彼等の事は苦手で他の兄弟に隠れていたので、あまり話した事は無かったけど、何回も言っても言い足りないくらいには、彼らは本当に冷徹な人魚らしい。深海の水よりも冷たい性格をしてる。流石に私もムキになって、ジェイドの身体から擦り抜けた。

「そ、そんな笑う事ないじゃん!確かに私は体も小さいけど生きていく為には食べられたく無いし!」

「笑って悪かったよ、これからは俺たちが守ってやるからさ?満足だよね?」

「突然何よ、元々兄妹なんてこれっぽっちも思って無さそうだったのに」

フロイドが、とびきりの笑顔で私に擦り寄ってくる。彼等は一体どういうつもりなんだろう。ジェイドもフロイドも、まるで自分達は二人兄弟だと言わんばかりの横柄な態度を他の兄弟に取っていたと話を聞いていたのに。

「安心してくださいノア、エレメンタリースクールに行っても守ってあげますよ。」

「学校?貴方達学校に行くの?」

珊瑚の海の学校は、魔法が使えて頭が良い人魚しか行けないモノなのに、さらっと凄いことを言っている。やっぱり二人は何でも出来るんだろう。まあただのウツボである私には関係無いけど。

「ノアは行かないんですか?」

「行けない事が分かっていてそうやって質問してくるなんて、ほんと嫌味ったらし…」

思わず本音を漏らしてしまった。私はなんてことをしてしまったんだろう。本当に締め上げられるかもしれない。そう思うと本能からか、体が勝手に二人からさらに距離を取っていた。でも、彼等は私が思った反応とは違う言葉を発した。

「おや、確かノアにも来ていたと思っていましたが。」

「えっ?!本当?」

「いくら俺たちが嫌味ったらしくても可愛いノアに嘘つく訳ねえじゃんねぇ、ジェイド」

「ええ、フロイド。いくら僕たちが冷たい性格をしてていてもノアに嘘を教えたりしませんよ」

心の中で思ってもいた事が全てバレてるとは思ってもいなかったけれど絞められる事が無いのなら別に良い。何故私がエレメンタリースクールの入学が許されたのかもわからないけど、生き残っていく為にはどんな事でも学んだ方が良いし入学出来るのなら入学したい。その日から希望を胸に抱き、入学式の日を今か今かと待ち望んだ。


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