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あれからしばらく経ち、私達の怪我はほとんど治った。でもまだ鎹鴉から任務の伝令が来ないため私達の休息は続いている。そんなある日の昼間、私と炭治郎は鈍った身体を叩き直すため木刀で打ち合いをしていた。炭治郎は力が強く、冷静に判断することもできるのでかなり苦戦を強いられる。女である私は炭治郎達と比べると力が無いから不利なようにも感じるが、その分自慢のすばしっこさを活用して炭治郎の攻撃を避けたり、防いだりを繰り返していた。
炭治郎達と比べたら力は無いけど特にそこまで非力という訳でも無いから鬼の頸は斬れるし、攻撃も当たったらかなり痛いと思う。そう考えるとまだ私は恵まれている方なのだろうか。きっと女性の中にも背丈が小さいから力がなくて頸を斬れないという人もいるだろう。だとしたら鬼の頸を斬ることのできる私はまだ道は残されているのかな。
炭治郎との打ち合いは二十戦中十勝十敗。引き分けだった。休憩がてらにお婆さんが気を利かせて持ってきてくれたお茶を飲みながらまったりと炭治郎と話す。


「やっぱり炭治郎は強いね……!」
「そういう納豆も強いじゃないか!あの素早さを上手く利用して奇襲をかけられたら俺も受けきれないよ」
「あはは…ありがとう。でも私はそれよりももう少し力が欲しいかな〜。そうしたら今よりももっと出来ることが増えるのに……」
「……なんというか、納豆も最終選別を突破したから当たり前なんだろうけど、昔よりも強くなったんだよなぁ」
「?うん、死ぬほど鍛錬したしね!炭治郎達とまた会った時に胸張って『強くなったよ』って言うために。ま、まあ……まだまだ師範とかに比べたらひよっ子同然なんだけどね…」
「ヴッ!そ、それを言ってしまうか……」


「う、鱗滝さん…」と、お腹を押さえ青い顔で呟く炭治郎。何やら思い出したく無かったことを思い出させてしまったらしい。多分炭治郎の地獄の特訓の日々を思い出してしまったんだろうな。私も師範に死んでしまうのではないかと思うくらいに扱かれた地獄の日々をふと思い出してしまった。……でも、あんなに地獄のような鍛錬に耐えたというのにそれでもまだまだ私は弱い。私よりも断然強い人たち……それこそ柱の人達はその地位に上り詰めるまでにどれほどの鍛錬を積んだのだろう。私だったら本当に死んでしまっているかもしれない。本当に凄いなぁ……柱って。私の頭の中には頬を真っ赤に染める蜜璃さんの姿が思い浮かんでいた。


「納豆の師範か……。そういえば、納豆は何の呼吸を使っているんだ?」
「そういえば未だに見せられてなかったもんね。私は藤の呼吸っていうのを使ってるよ。師範が考えた呼吸なんだ!」
「へえ…藤の呼吸か!藤の花は鬼の嫌う花だし、なんだか鬼退治には縁起が良さそうな呼吸だな。今度見せてくれ!」
「うん、勿論!炭治郎は水の呼吸だったよね?」
「ああ。鱗滝さんっていう育手の人にお世話になったんだ。今度納豆にも会ってもらいたいな。とても優しい人なんだ」
「炭治郎の師範……!会ってみたい!!!」
「他にも会ってもらいたい人がいるんだ!冨岡義勇さんって言うんだけど、俺と禰豆子を鱗滝さんに紹介してくれた人で……。あ、あと錆兎と真菰……あっ、でも…………納豆?」


指を曲げて私に紹介したい人の数を数えていた炭治郎が「どうした?」と言いながら私の顔を覗き込む。どうやら炭治郎を見ながら相槌もうたずに突然ぼーっとしだした私を心配してくれたようだ。
私がぼーっとしている時に考えていたことは特に面白いことでもなくて、ただ炭治郎の表情はよく変わるなぁ…ということ。「具合でも悪いのか?」と不安げな表情をした炭治郎。
……炭治郎って何でこんなに優しいんだろう。もしや聖人君子か菩薩か何かなの?こんなに優しい人ってこの世に存在するのかな。少なくとも私はいない気がするんだけど……。ほんと炭治郎って……──


「──……優しすぎるんだよなあ」

「え?」


ついポロッと口から溢れ出てしまった言葉に、炭治郎がその大きな目をパチパチと瞬きさせてキョトンとしてしまう。私は慌てて首を振って謝った。


「あ!ごめん、なんでもないの!」
「え、あ、そっ…そうか……!……うん、大丈夫だ!」


何故か私よりも炭治郎が挙動不審になっていることに疑問を持ちつつ、今のを流してくれた優しさに甘えて私は別の話題を炭治郎にふる。


「炭治郎には私の師範とも会ってみて欲しいな」
「納豆の師範か!そうだな。納豆がお世話になった人だし、どんな人かも気になるから俺も会ってみたい!!」
「ちょっと気分屋な所があるから炭治郎戸惑っちゃうかも……?」
「大丈夫!俺は長男だから!!」
「出たよ長男理論……。長男だから大丈夫とは限らないよ炭治郎……」
「大丈夫だ!!むんっ!」
「が、頑固だ……」


炭治郎と言えば長男理論と、私の中では既にそういう方程式が出来上がってしまっている。
むんっ!とふくれっ面になる炭治郎は幼いような幼くないような……。そもそも炭治郎の見た目は年相応といえば年相応だけど、背負っているものや行動、考え方なんかは十五歳とは思えない。炭治郎は幼い頃に父親を亡くしてからというもの自分が家族を支える為に何でも一人で頑張っていた。それが出来たのはきっと周りに大切な家族が居てくれたお陰なのだろうけど。
……炭治郎は自分がどれほど優しい人間なのか分かっていない。その家族思いがどれほど凄いことで、尊いことかも。人に優しくできることもまた才能なのだと、誰かが言っていたような気がする。それはまさしく炭治郎のことじゃん。炭治郎みたいな友達がいて私は幸せ者だなー……。
なんだかとてもポヤポヤと優しい気持ちになっていたとき、私を見つめる炭治郎の目がまるでいつくしむかのように優しく細められる。ふいに見せられたその表情にドキッと胸が高鳴った。


「納豆は……とても心が綺麗だなぁ」
「……ん?」
「だからかな?納豆の側に居ると自然と心が安らぐんだ。昔からの馴染みがあるというのも関係あるかもしれないけど、俺は禰豆子や納豆、それに鱗滝さん達や善逸や伊之助と居る時が一番安心できるのかもしれない。……本当にありがとう納豆。俺は納豆が俺達を追ってきてくれたことが本当に嬉しかったんだ。この恩は一生かかっても返しきれないな……」
「ぃ、いやいやいや!恩ってほどのものじゃないよ。そもそも炭治郎達を追って来たのだって私の意思だし……。……後、私も炭治郎や禰豆子ちゃん達と一緒にいる時が一番安心できるよ。最終選別で久しぶりに会った時、炭治郎が勝手に追いかけてきた私を突き放さないでくれたら今私はこうして頑張れてる。だから私にだって炭治郎には一生かかっても返しきれない恩があるよ」


私がそう言うと何か反論したげに炭治郎が口を開くがこのままでは水掛け論になってしまうと思ったのか、もごもごと口を動かしながらも「ならお互い様だな…」と、引き下がった。以前の炭治郎ならもう少し引っ張っていても可笑しくないのだが……。それぐらい、私を信頼してくれていると自惚れてしまってもいいのかな。炭治郎の中で私は同じ対等な立場で頼れる人の位置にいると思ってしまっても良いのだろうか。
ふと、炭治郎が空を見上げる。今日も雲ひとつない晴天。ここ最近とても天気がいい。まさに鍛錬日和。今更だけど善逸は意味もなく伊之助に追いかけられて行ったので、二人は今頃外を駆けずり回っているだろう。帰ってくるのは一時間くらい後かな。


「……納豆」
「どうしたの炭治郎?」


空を見上げたままの炭治郎が私の名前を呼ぶ。





「二人で、納豆の両親に会いに行かないか?」





「……え?」





炭治郎は、今、何を考えているんだろう。

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