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そして、IH予選ベスト8+春高一次予選を勝ち抜いた8チームの計16チームで1つの代表枠を争う宮城県代表決定戦が始まった。
あの一次予選を無事に勝ち抜いた日から私達烏野はこの日になるまでの約2ヶ月、東京で音駒や梟谷と練習試合をしたり、個人技術の向上を狙って各自の自主練に力を入れたりなど一切の手抜きをせずにここまでやってきた。
その介あってか、私が烏野バレー部と出会ったときよりも確実にチームとしての統一感も技術も格段に上がっている。私は途中から入ってきた身だから烏野がIHで負けたときの悔しさはよく分からない。でも、負けたくない。……私を変えてくれたこの人達と一緒に全国に行きたいって、思ってしまったから。


会場につくと早数秒で厄介なことになり、あの時のナンパさんが絡んできた。潔子先輩の姿をみるなり「番号教えてねー!」と叫んできたナンパさんに夕と龍が威嚇しながら突進していったり、何とか落ち着いた二人を菅原先輩が引きずっていく後ろをちょこちょこと歩いていたら腕を捕まれ「君のもね」と、耳元で囁かれたり。さすがにこれは鳥肌がたったから菅原先輩にしがみつくと菅原先輩がナンパさんを威嚇していた。さすが烏野のお母さん。
もう疲れた……なんて思いながら仁花ちゃんと潔子先輩と準備をしていたらどうしてか分からないけど皆とはぐれてしまった。さっきまですぐ後ろをついていたのに気づいたら居なくなっていた烏野の皆。
焦りが生じてきたが別に会えない訳じゃない。落ち着いて場所を確認すればきっと会えると思うんだけど……。とりあえず動き出した私。前に来たはずなのにもう既に中を忘れ去っている自分の物忘れの良さに思わずため息をついてしまう。


「あれ、納豆ちゃん?」


途方に暮れていたその時、後ろからかかってきたその声はまさに救世主だった。


「あなたは……えっと……」
「もうっ! 忘れちゃったの!?及川だよ、及川徹!!」
「あ、そっか……! 及川さんでしたね、それに岩泉さんも」
「よう、久しぶりだな」
「あれなんで岩ちゃんのことは覚えてるのさ」


それは一次予選の時、トイレの前で会った二人だった。


「さっき烏野の十番に会ったぞ。お前のこと探してたぜ」
「そうそうッ、なんの偶然か牛若野郎にもあっちゃったしね!」
「あと伊達工の青根も居たな」
「日向くんがいたんですよね」
「おう」
「分かりました。ありがとうございます」


私は頭を下げて歩きだした。






「あ、日向くん」
「ひぃッ……! ……あ、朝霧先輩!」


トイレから丁度出てきた日向くんに声をかけるとビクリと肩を揺らして何かに怯えているような目で私を見てきた。だが、次第にそれは薄れてきたのかまともに私を見始めた。
恐らく及川さん達に絡まれたりでもしたのだろう。ついこの間もここで会ったというのに、またもここで出会うだなんて日向くんも変な運に見舞われたものだ。


「ごめんね〜迷子になっちゃってさ。だから皆の居るところまで一緒に行こ!」
「はい! 先輩達、今まで見たことがないくらい大慌てしてましたよ。谷地さんとかも誘拐だ!って言って泣きそうになってたし……」
「あらら、それは速く戻らなきゃだね」
「そ、そうですねっ、先輩達はこっちです!」


そして日向くんに連れられ先輩達の元に戻った私に待ち受けていたのは澤村先輩と菅原先輩のダブルコンボのお叱りだったとさ。……はあ。



今日の相手は条善寺。皆覚えているだろうか。一次予選の時、私がトイレで出会ったあのマネージャーさんのことを。


「三咲さん」
「納豆ちゃん久しぶりだね!」
「はい、今日はよろしくお願いします」
「ふふっ。こちらこそよろしくね!」


お互い笑顔で握手していると何やら背後から気配を感じる。まあ、おおかた夕と龍に違いない。あの二人ときたら私が美人な人や可愛い人と絡んでいるといつも見つめてくるからやめてほしい……。


「納豆ちゃん、あっちのマネージャーさんと知り合いなの?」
「ですか!?」


私が一通り三咲さんと話し終わり、再び烏野側に戻ってくると潔子先輩と仁花ちゃんが私に迫りながら尋ねてきた。それをどうどう……と、制しながら「はい」と頷くと二人は何とも言えない顔つきになった。

「そ、それがどうかしましたか……?」

今度は逆に私が恐る恐る聞くと、潔子先輩が重い口を開くかのようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「いや……べつに、なにがどうとかって訳じゃないんだけどね……? 最近あんまり納豆ちゃんと話せてないようなって思って……」
「わーお」
「それに納豆ちゃん、他の学校の人とも仲良いみたいだし……。あ、いや、仲良いことは悪いことじゃないよ!」
ただ、ちょっと寂しいかなって……。


そう言いきった時の潔子先輩は恥ずかしそうだが言いたいことは言い切った、というような感じで頬を赤く染めながら俯いていた。横にいた仁花ちゃんはそれに首がもげるんじゃないかってくらいに首を振っていた。

……あ、天使。




「それじゃあ私達上に行きますね」
「おう、応援よろしくな!」


仁花ちゃんを連れて上へと移動する。どんどん皆と離れていく距離に、私があそこで……皆の隣で試合を見るためにはまだやらなくてはいけないことが沢山あることに気づいた。前回、あの場所で私が皆の試合を見れていたのは単なる偶然にしか過ぎなかった。
選手だけじゃない。あそこにいたければ、もがいてもがいてしがみつけ。


「納豆先輩って……」
「どうしたの仁花ちゃん?」
「納豆先輩って、本当にバレーが好きなんですね!」
「い、いきなりどうして?」


突然、隣にいた仁花ちゃんが私に向かってそう言ってきた。確かに的を射ている発言ではあるがあまりにもいきなりすぎたことで私は年甲斐めなく慌ててしまった。こんなことで慌てる必要は無いということは分かっているんだけど……。


「私、納豆先輩のバレーを見ているときの楽しそうな眼、大好きです!!」
「仁花ちゃん……ありがとう」


なんでいきなりそんなことを言ってきたのかとか、私はそんなにバレーを楽しそうな眼で見ているのかとか、色々聞きたいことはあったけどそんな野暮ったいことはするべきではないと自分に言い聞かせ、何とか口をつぐんだ。


「なんだか相手の人達のバレーって見ていて楽しいですね」
「うん、そうだね。こっちまで『お祭り騒ぎ』の雰囲気に呑まれちゃいそうなるよ」


こんなことを言っているが、既に試合は終盤の第二セット後半。序盤、烏野の勢いにのまれがちになっていた条善寺がマネージャー……三咲さんの一喝によって彼らなりのバレーをプレーしだした。望むのなら烏野が危なげなく勝てる方がチームの成長を感じられていいのかもしれない。でも今は────一秒でも長く、彼らのギリギリの戦いを観ていたい。


……カッコいい、カッコよくてたまらないんだ。彼らのバレーを見ていると私までやりたくなってくる。
興味だけじゃない憧れも闘争心も嫉妬心も、あらゆる感情が渦巻いて爆発しそうになる。
今まで誰にもどんなものにも引き出してもらえなかった感情を、彼らは…『バレーボール』はあっという間に引き出してしまう。


「不思議だなぁ」

バレーボールも、彼らも、今の自分も。


そして今、相手のスパイクがアウトになると同時に試合の終わりを告げるホイッスルが会場内に響き渡った。