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No side


「……え、やばくね?」
「もう何本拾ってんだよあのマネージャー」
「わっかんね。でももうさすがに────」

青城もこの異変に気付き始めてる



烏野のマネージャー、朝霧納豆がコートに入った時点で観客席に居た観客達は別の意味で騒いでいた。「なんでマネージャーが?」「てか選手の邪魔じゃね?」「怪我すんぞあれ」と、あまり良い意味では無い方に。恐らくこれが挑発≠セと気づいたのは実際にコートに入ったことのある者達だけだろう。
しかし、サーブが始まってから早三分。その騒ぎは一転して朝霧を讃える方の意味で観客達は騒ぎだした。


「まじやべーって!」
「さすがに全力までとはいかねーけど、及川先輩ちょっとあれガチモードじゃね……?」


青城側の一人の選手のサーブを上げた後、何らかのスイッチが入ったかのように朝霧の雰囲気は一変した。全力サーブまでは行っていないといえど、ほぼ同時に打たれていき、次々とネットを越えて打ち込まれようとしていくサーブを一つ一つ確実に上げていく。それも全て、きっちりセッターの位置へ返して。
最早、青城側からしたらアップではいられなくなてしまった。特に主将の及川徹は若干こめかみ付近に青筋をたてながら「この…クソガキが……ッ」と、本音を溢していた。
そして徐々に残りの時間が減っていき、このサーブの時間ももう終わりだ、という所まで向かえたその時。ふいに、及川以外の青城選手がまるで及川にサーブスペースを作るかのようにして後退した。俯いて表情の見えない及川に少し恐怖を抱きつつも朝霧は構える。このただならぬ雰囲気を感じ取った烏野側も顔を強張らせ、朝霧の行く末を見守りだす。

キュッ、とシューズの床と擦れる癖になる音と共に及川は飛び上がり、力強くボールを叩きつけた。及川からしたらまだ全力を出せたであろうこのサーブも一般の女子やレシーブの苦手な選手からしたら真っ青になって避けてしまうんだろうなという威力。「容赦ねえー、」と観客の誰かが心情を言葉にした。反応はしないもののきっと皆心の底では同意していたであろう。
だが一方で朝霧は妙に冷静だった。あんなに恥ずかしくて堪らなかったのに不思議と向き合ってしまえば一瞬で溶け込めてしまった自分に呆れつつも、自分に向かってくる今日一番の威力のサーブをその目に捉える。そうすれば途端にスローモーションに見える光景。

「(いつも通りだ)」

少し微笑み、朝霧は見事その腕にボールを捉えた。






あんなにえげつない音とスピードで迫ってきていたボールは私の腕で勢いを殺され、綺麗に上がった。腕にビリッとした痺れが走る。今の状態でこの威力なのに、本気サーブとなったらどれくらい凄いんだろう。セッターの位置に落下していくボールを眺めながら私はレシーブの余韻に浸っていた。とんっ、と音をたててボールは床に転がる。

一番初めは、体育の授業だったっけ。もうバレーの授業は終わっちゃったけど、あの時間は運動が嫌いな私でも楽しめる大好きな授業。
その次は東京合宿の時。仁花ちゃんを木兎さんのスパイクから守ろうとしたんだ。
更に次は白鳥沢へお手伝いに行ったときだ。スタメンの人達に交じって試合をして、牛島さんのスパイクをレシーブした。……一回だけだったけど。

それで今。こうして本来立つことの無い場所にたって、強豪校の主将のサーブを受けることができた。
私は本当に、恵まれ過ぎている。
────そして、最高にバレーが好きだ。


「うおおおお!!!!」
「やりやがったあのマネージャー!!」


一瞬の静寂からの、大歓声。それがマネージャーに向けられるなんて可笑しな話だ。
だけどこうして今、起こっている。
最初はちょっと恥ずかしかったけど、今はとっても誇らしい気分だ。


「納豆ーーー!!!!」
「朝霧ぃいいいいいい!!!」
「納豆せんぱぁあああい!!!!」


ワッと、夕や菅原先輩に仁花ちゃんが私の名前を叫ぶと烏野メンバーが一気に押し寄せてきて、私は周りを囲まれてしまった。先輩達も興奮しきった様子で「すげえぞ!!」と、私の頭をわしゃわしゃと撫で回す。

「ナイスや挑発&宣戦布告だったぜ!」
「あ、りがとうございます……」

烏養さんがグッジョブ!と親指をたててきたので、私は苦笑しながら頭を下げた。果たして宣戦布告になったのか。むしろ火をつけてしまっただけではないのか?
視線を感じほんの少し後ろを振り向けば、ギラついた猛禽類のような目をした及川さんと視線がバッチリと合い、私は素早く目をそらした。


私の出番はここまで。
ここから先は選手達の世界だ。