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最終ファイナルセットが始まった。出だしから白熱する点取り合戦に会場が湧く。忙しなくコートを行き来するボールを必死に目で追っていると、なにやら睨み合う龍と青城の狂犬さん(?)がいた。
確かに見た目からして合わなそうな二人だもんな〜と思っていると、龍が何かと狂犬さんにカラんでいるように見えた。もしかして挑発しているのだろうか。龍のことだから無意識という線も消えた訳じゃないけど。
引き続き試合を見始めていると、あの狂犬さんのスパイクの時にブロックにつこうとしていた月島くんが龍とブロックの位置を変えて跳んだ。見事にストレートを締めた月島くんのブロックは狂犬さんの強烈なスパイクを叩き落とした。


「どシャット!!」
「うわわ! 月島君ナイスですね!」
「うんっ、今のはストレート来るの読んでたみたい。龍が狂犬さんの事挑発してるの分かったのかな?」
「え、そんなことしてたんですか!? 私全く気がつきませんでした……」
「私も多分だけどね!?」


しょんぼり、としてしまう仁花ちゃんにフォローを入れつつチラリと月島くんを盗み見る。前々から思っていたけれど、月島くんは本当に周りをよく見ている選手だ。視野が広いというか。単細胞問題児の多い一年、二年の中だと珍しい立ち位置だから尚更月島くんは賢くみえる。東京遠征から日が経つにつれてどんどんブロックに磨きがかかっていく彼の成長を見ていくのは本当に楽しい。





「おれが居ればお前は最強だ!!」
「…拾われまくりが何言ってやがる」


詳しくは聞き取れなかったが、日向くんと影山くんがそんな会話をしていた。あの二人って、言い争いも多くて喧嘩ばかりだけど何だかんだ最高の相棒同士なんだよね。私がマネージャーになってから日数はまだそんなに経ってないけど、二人を見ているとその事だけはビシビシと伝わってくるだ。羨ましいな、なんか。


「誰も居ねえ! 打ち下ろせ!」
「前だ!!」


ジャンプがネットに近くなってしまった日向くんに合わせるセットアップ。迷う日向くんに影山くんが「迷うな」とでも言うような言葉をかけたことによって日向くんの手首のスナップを効かせたスパイクがほぼ真下に打ち下ろされた。途中で察した及川さんがチームに呼び掛けるもギリギリレシーブは届くことは無かった。


「あんまり威力は無いけどふいに来られたら対応しきれないかも……」
「納豆先輩もあんなところに落とされたら無理ですか?」
「さすがにね〜」


青城が先に二十点台に入り、日向くんと交代してピンチサーバーで山口くんが投入された。山口くんは今までの試合の時のことを忘れさせてしまう程の変わりようで、二セット目に大活躍してくれた。山口くんを密かに見守っていた私はサーブが決まったときに実は少し泣きそうだったことは秘密にしておこう。
その後山口くんのサーブをレシーブミスした狂犬さんの姿に思わずガッツポーズをしたが、そのボールを岩泉さんが繋げたことによって私は「ええ!?」と叫んでしまう。岩泉さんのスパイクは威力がすごくて、自然とスパイクを打っている方のイメージばかりがついていたが、東峰先輩のスパイクを見事にレシーブしている所を見る限り、レシーブもかなり練習してきたことが分かる。正直反省した。


やってきてしまった及川さんのサーブ。今、青城は23点で烏野は22点。ここで決められてしまうと青城のマッチポイントになってしまう。なんとか拾って、と祈っていたがこんな場面でも全く動じることのないその鋭いサーブが無情にも烏野のコートに叩きつけられた。

烏野に緊張がはしる。
────次、決められたら終わり。

2本目のサーブがとんでくる。私は耐えきれなくなって思わず目を瞑ってしまう。烏野の、…皆の試合を見なくてはいけない。そうは分かっていてもいざ追いつめられてみると案外私の肝は据わっていなかったらしく、まともにコートを見ることができない。勇気を振り絞って目を開けると澤村先輩が及川さんのサーブをレシーブした瞬間だった。


「やった……!!」


そして東峰先輩のスパイクが決まった。
安心する暇もなく、夕がコートを出て日向くんが入り、さらに月島くんと交代して入ってきたのは菅原先輩。


「最後の勝負だ」


烏養さんのそんな声が聞こえたような気がした。




菅原先輩のサーブは拾われたものの岩泉さんを牽制。変わりに狂犬さんにトスが上がり、影山くんがブロックに跳んだ。でも一枚だけじゃ、狂犬さんのスパイクを止めるのは難しい……!
──そう思った一瞬の出来事。まばたきをして、再び目を開いた時に見えたのは影山くんの隣に飛び込むようにしてブロックに入ってきた日向くん。
なんと狂犬さんのスパイクは日向くんの手に当たり、青城コートのバックラインギリギリに落ち、烏野の得点に。


「相変わらず日向くんの反射神経は凄いな……」


菅原先輩の2本目のサーブ。前ギリギリに落ちようとしたのを態勢を崩しながらレシーブした岩泉さん。青城のスパイクは白帯に当たり、今度は烏野コートの前に落下していく。が、それを菅原先輩がレシーブ。

 次は誰で来る!?

きっと誰もがそう思っただろう。
だが、烏野の天才セッターはそれを良い意味で裏切った。


「つ、ツーアタックぅう!?」
「クソガキ共……!!」


悔しげに歪む及川さんの表情。


「……これで、烏野のマッチポイント!」


青城24点、烏野25点。
ついに烏野が青城を追い抜いた瞬間だ。
そこで青城がタイムアウトをとった。


「菅原先輩!」
「おー朝霧〜!」
「ナイスサーブでした!!」
「ありがとな!」
「次も際っ際狙っていって下さいね!」
「もちろんッ」


ニカッと笑った菅原先輩の表情には緊張が見え隠れしていて、やっぱり少なからず土壇場でサーブを任されることへの重圧を感じているようだ。それでもここは頑張ってほしい。
タイムアウトが終わり、選手達がコートへと戻っていく。
ピーッと、笛が鳴り菅原先輩がサーブを打つ。それは有言実行通りの際っ際のサーブが再びレシーブした岩泉さんの態勢を崩させる。トスは狂犬さんに上がる。やっぱりここは突破力を欲しているのか及川さんのトスがさっきから態勢を崩して攻撃に参加することのできない岩泉さんから狂犬さんに集められている。
狂犬さんのスパイクは龍が拾い、セッター役を影山くんと菅原先輩が入れ替え、菅原先輩の上げるトスでの同時多発位置差シンクロ攻撃……!


「っ、また拾われた!!」


中々決め技が決まらず、焦りが生じる。そろそろ終わらせないと、烏野の集中力に限界がきてしまう。唇を強く噛み締めると、さっきの青城のレシーブが乱れていたらしくコートから大きく逸れていく。そのボールを及川さんが追いかけ、

セットアップモーションに移りながら岩泉さんを指さした。

コート外からの超ロングセットアップ。岩泉さんは及川さんのドンピシャのトスに入ってきており、力強くスパイクを叩きつけられる。しかし烏野も完全にスイッチが入っており、いち早く反応した澤村先輩がボールに食らいつく。そしてそのボールのカバーに龍が入り、東峰先輩が強引にそれを打つ。
青城のリベロさんがギリギリでそれに反応するもボールはネットにかかり、落下していく。それがやけにスローモーションに見え、私は咄嗟に「拾われる」と感づいた。


「影山くんダイレクト!!!」


予想通り、狂犬さんが左手で繋ぎ、ボールが高く打ち上がる。影山くんがそれをダイレクトで叩くが、ブロックに入っていた青城の人に弾かれる。そのボールは偶然にも近くにいた菅原先輩の額にぶち当たり、ふわりと上がった。そんな菅原先輩の隣で日向くんが助走距離を確保するかのように後ろへと下がる。


「寄越せェェェエ!!」


トスは、日向くんへと上がった。
セットアップモーションを読まれたのか、はたまたここで来るのは日向くんしかいないと思われたのかは分からないが、青城のブロック三枚がつく。

──以前、インターハイで青城に負けたときラストは日向くんが三枚ブロックでドシャットを食らって終わったときいた。私はその時バレー部にはいなかったけれど、その日から彼等が死に物狂いで成長していったことを私は知っている。

それはなぜか。
 今日、この時の為だ。

日向くんが僅かに高さが足りない狂犬さんのブロックの手先を狙う。こんなに私と日向くんとの距離はあるけれど、なぜかそう思った。
ボールが打ち下ろされる瞬間、青城ブロックの後ろで及川さんがボールの軌道に入ろうとしていくのが見えた。


あなたは、やっぱり


──パァンッ


どこまでも凄い人だ



ボールは及川さんの腕に当たるも、そのまま後ろへ弾かれ、床に落ちた。



──よっ
「「しゃあああああああ!!」」



先輩達が叫びながらコートに崩れ落ちていく。


「やったぁ……! やったよ仁花ちゃん!!」
「……!?!?」


声にならない声をあげている仁花ちゃんの手を握り跳び跳ねる私。気分が高揚しているからか口から放たれる言葉が止まることをしらない。でも仕方がないじゃないか。こんな、試合を見せられてしまったら興奮しちゃうじゃん……。冴子さんと仁花ちゃんにサンドされながら、私は烏野の皆へと視線を落とした。


セットカウント 2ー1
……烏野の勝利だ。