そんなこんなも愛おしい
「だーかーらー」通話の向こうで何度も繰り返された言葉がまた発せられた。ガチャガチャと聞こえるのは、おそらく何かゲームをやっているに違いない。全く器用な男だと思う。
「信じられないです、ねえガクくんもそう思いますよね?」
「んーそうだねえ」
まあ、それは恋愛には関係ないらしいのだが。通話を始めてはや1時間、聞かされているのは自分らの先輩に当たるひとの愚痴。やれ会いにこないだの、やれ自分を優先させないだの、散々な言いようである。鬱憤が溜まるとこうやってこっちを巻き込みにくるのは相変わらずだ。
「あれ、まだやってたんですか?叶くんも飽きないなあ」
長くなることを見越して先に風呂に行っていた刀也さんが戻ってきた。
「……剣持さん聞こえてますよ?」
「すみませんって、ガクくんお風呂」
「はいよ」
「えー、ガクくん僕を見捨てるんですか、ひどい」
悲壮なセリフの割には、キーボードの音は激しいままだ。だから甘える先間違ってんだろ、とは言わずにおいた。
「一緒に住んじゃえばいいんじゃないですか?僕達みたいに」
後ろで会話を聞いていた刀也さんがぼそりと呟いた。
「たしかに。ハジメ先輩そんなに遠くないんだろ?」
タダでさえ話を聞くだけでもすれ違いの多いふたりだ。生活リズムも似たようなもんだし、いっそのこと一緒に住んでしまえば解決するような気がした。
「嫌ですよ」
さっきまでうるさかったキーボードの音が途端に止む。一拍置いて、拗ねた声。
「だって僕、もっと束縛しちゃいますもん」
喉から滑り落ちるように、刀也さんとふたりして叫んだ。
「めんどくせー!」
こんな所で以心伝心したくなかったなあ、と思っていると、LINEがメッセージの受信を知らせた。
「叶くん、ハジメ先輩が心配してるぜ」
「…えぇ?もー、しょうがないなあ」
ワントーン上がった声に、刀也さんと顔を見合わせる。マジでどっちもどっちだぜ。
「もういいでしょ。ガクくんは返してもらいますからね」
「はーい、お借りしました。ガクくんまた今度お話しま、」
ぶつん。
「刀也さん、せめて最後まで言わせてやれよ…」
言い終わる前に勝手に切られた画面は真っ黒だ。きっと向こうは仲直りの通話でも始めた頃だろうか。こっちは別の意味で終わりそうだけど。
「お風呂冷めちゃうでしょ、ほら早く入って!」
「分かった、分かったから押すなって」ぐいぐいと脱衣場へと引っ張られ、着替えを押し付けられる。これが刀也さんなりの焼きもちだとしたら、まあ嬉しいかななんて思う自分も、人のことを言えないぐらいレベルまで来ているんだろうなあ、と思わなくもなかった。
*****
「おっプリン見っけ〜!」
夕飯も食べ終わって、順番に風呂に入ったあと。だらだらとリビングでゲームをしていた俺とかなかなの後ろで、冷蔵庫を開けたガッくんが嬉しそうに言った。案外甘党な彼の、今夜のデザートはプリンらしい。だけどそれを聞いて慌てたのはもっちーだった。
「あ、それ僕の!」
慌てて立ち上がるも、時すでに遅し。
「ちょ、ガッくんなんで開けてんだよ!今の僕の言葉聞いてました!?」
俺が振り返った時には、無残にもスプーンでひとすくい味わう彼の姿が。
「名前書いてない刀也さんが悪い」
狐のような笑みを浮かべるガッくんに、苦笑してしまう。冷蔵庫に個人的な食べ物を入れる時は、自分の名前を書く。4人でルームシェアを始めるに当たって、みんなで決めたルールのひとつだ。
「名前書かないから盗られるんだぞ〜? 懲りたら今度からちゃんと書くこと!」
ガッくん追い打ちをかけてくぅ!確かに守らなかったもっちーも悪いけど、食べる方も食べる方かなあ……?なんて思いながら、未だ静かなもっちーの様子を伺っていると。ようやくゆっくりと顔を上げたもっちーが一言呟いた。
「……ガッくんきらい」
「えっ」
途端に笑顔のまま固まるガッくん。おっ、珍しく喧嘩になるか? なんだかんだ言って、このふたりが言い合いになるところを見たことがない俺は、興味半分不安半分にその様子を見守る。
念を押すように立て続けにもっちーが言い放った。
「もうきらいです、ガッくんきらい」
「…ぐっ」
ついでに、今の今まで知らん振りでゲームを続行していた隣のかなかなも、身に覚えがありすぎる言い回しに被弾した。
言い放って満足したのか、テーブルに広げていた課題を片付けリビングを出ていくもっちー。固まったままのガッくん。倒れ込んでくるかなかな。
って行かないで!この現状で俺を置いていかないで!どうしたものかと思案していると、数分のち、ようやっと石化から復活したらしい。
「刀也さんごめんって!」
と叫んだあと、ガッくんもリビングを出ていった。そして聞こえてくる笑い声に、どうやら喧嘩には発展しなかったようだと安堵する。
「で、かなかなはいつまでそうしてるの?」
膝の上に倒れ込んでから、一向に動こうとしない気まぐれな彼の頭を撫でる。こうしていると本当に猫のような男だ。
「かなかな?」
ぐりぐりと腹に頭を押し付けるばかりで、何も言わないから少し心配になる。本当に具合でも悪いんじゃないかと、もう一度声をかけようとした時、ふと目が合った。
「……名前書かないと盗られちゃうらしいですよ? 渋谷さん」
瞳が悪戯っ子の光を纏う。
それ、煽ってるつもりなの?
かなかなは友達が多いから、俺でいいのかなって不安があるのは確かだ。だからそう言われると放ってはおけなくなる。
だけど。
「うーん、どうせなら"書く"より"つける"方が好きかなあ」
髪を梳いていた指で、耳裏から鎖骨までをゆったりと撫でる。じわじわと赤みを帯びる様は、いつ見ても面白い。
「もー!渋谷さんずるい!僕の負けです!はやく連れてって!」
耐えきれなくなったかなかなが、俺の腹に顔を埋め、腰に抱きついて叫ぶ。
「はいはい」
自分で煽ったくせに、攻められると弱いところはいつまで経っても変わらないねえ。そんなかなかながあんまりにも愛しいから、抱きついたままじゃ立てないよなんて言えそうにもなかった。