コンビニ

付き合って二ヶ月経ったら『そういうこと』をするのがお決まりだって言ったのは誰なんだろう。マジでそいつをぶん殴りたい。今すぐに。
紆余曲折を経て、僕ら――僕とガク君――は晴れてお付き合いをする関係になった。
友情から恋愛へ。最初はどうなることかと、まあ人並みに心配はしたものの。なんだかんだ言って僕らの恋路は順調であった。
ただ、一点を除いて。
「刀也さーん、コンビニ行くけど何かいるもんあるか?」
襖越しにガク君の声がする。あなた僕ん家に馴染みすぎやしませんか?
つい口をついて出そうになった言葉を飲み込んで、僕も腰を上げた。ちょうどコーラがなくなってしまったところだったし、アーカイブの編集作業も煮詰まってたところだし、気分転換に外に出たい。
「あー僕も行きます」
襖を開けると部屋着のラフな格好をしたガク君がいた。テキトーなジャージですらイケメンってずるい。
「あ、そ? んじゃあ、行こうぜ」
先に玄関に足を運んだガク君を、リビングに一言声をかけてから僕も追いかける。
「お母さん、ちょっとコンビニ」



「結構涼しいな〜」
「ですね」
ようやく秋の気配が濃厚になってきた夜道を、ガク君とふたりで歩く。ガク君が泊まりに来た時はこうして夜の散歩に繰り出すのが恒例となり始めていた。
コンビニは歩いてすぐだ。住宅街の中にぽっかり浮かぶ明かりがちょっとしたオアシスに見える。
「ガッくんは、何買うの?」
「ジュースと菓子」
「この時間からぁ? 太るよ」
「その分動くからいいんですぅ」
だらだらと喋りながら広くもない店内をうろつく。ガク君はそのままスナック菓子のコーナーへ一直線。僕はドリンクコーナーへ。コーラ、コーラ。少し歩いただけなのに、無性に喉が渇いた。ドリンクコーナーに足を向けた時、いつもは通り過ぎる日用品のコーナーがふと目に付いた。
0.02mm、極薄。
思わず立ち止まりそうなのをなんとか堪えて、そのままドリンクケースにたどり着いた。
ばくばく、心臓がうるさい。そっか、こ、こういうところでも、こ、こんどーむってあるんだ……?ふぅ〜ん。
ドリンクケースの扉を開ける手が震える。
いや、別に気になったわけじゃないですから、ただ? が、ガク君が二ヶ月経っても一向に『そういうこと』に及ぼうとしないから、ちょっと敏感になってただけなんだって。
「……っ」
ちらりと周りの様子を伺う。ガク君は未だスナック菓子のコーナーでカゴ片手に物色中だ。王道か、新商品か。さほど大したことではないのに考えこんでいる横顔があまりにも真剣でおかしい。
コーラをひとつ取り出して、深呼吸をする。
テキトーなお菓子とのどさくさに紛れて、こ、こんどーむをガク君のカゴに入れたら、どうなるんだろう。いやいやいや、意識させるにしても、それはリスクが高すぎないか? 何言ってんだ考えてみろよ剣持、このチャンス逃したらもう次はないかもしれないんだぞ。
揺れ動く、現役男子高校生の繊細な感情。
「う、ぅ……」
でも、一度思いついてしまえば、実行しないのがとてつもなくもったいないことのような気がしてきた。
入れた瞬間、バレたらバレたでその時だ。悪ふざけだったと言って謝ればいいだけの話。
そう心の中で折り合いをつけた僕は、コーラと比較的大きめのポテトチップスの袋を取って、さっと日用品のコーナーへと向かった。
とりあえず目に付いた0.02mm極薄をさっと手に取って、今度はコンビニオリジナル商品のお菓子棚の前で吟味を続けているガク君に背後から忍び寄った。ばくばく、心臓がこれ程かというぐらいうるさい。
ガサリ。
「わ、刀也さん。びっくりした〜何?」
突然近寄った僕に、当たり前だけどガク君も驚いていた。
カゴの中は上手い具合にこんどーむがポテトチップスの下になって見えなくなっていた。
「一緒入れといて」
「オレが払う的な? いいけど」
さほど深追いもされず、さらっと奢ってもらえることまで確定して、僕はほっと胸を撫で下ろす。ボロを出す前にさっさと退散しておこう。
「僕、雑誌見てるから、終わったら呼んで」
「はいはい」
普段見ない雑誌のコーナーにいって、普段見ない雑誌を立ち読みして数分後。ようやくガク君の夜食が決まったらしい。
「いらっしゃいませ、お預かりします」
店員さんがさっとカゴの中身をレジに通していく。いつ、いつ気付かれる。再び僕の心臓がどっくんどっくん暴れ出す。
「五点、六点……」
いや、伏見どんだけ買ってんだよ!
待てど待てども、ガク君の驚いた声は聞こえてこないし、点数は増えゆくばかりで。期待通りにはいかないか、と落胆した頃。
「え、」
きた! 焦ったようなガク君の声。嬉々として振り返る僕。何事かと手を止めて困惑の店員さん。カウンターには0.02mm極薄!
「どうかされましたか?」
「い、いや、なんでもねえっす……」
心なしかガク君の声が震えているのは気のせいか……? 僕はそりゃもうおかしくておかしくて、噴き出すまいと慌ててガク君を置いてコンビニを飛び出した。
「あっ、てめ、刀也さん!」
背後に焦ったようなガク君の声が追いかけてくる。
「お客様お会計が……!」
「あ、はい、すみません!」
さらば伏見。
店員さんとのやりとりがさらにおかしくて、夜の気配に包まれた駐車場に僕の笑い声が響いた。
「ふ、あはははっ」
ガク君を意識させようとかいう当初の目的もすっかり忘れて、僕は笑いに笑った。腹が引き攣る前に、会計を済ませたガク君が大きなコンビニの袋を下げて飛び出してきた。
「とーおーやーさーんー!」
「ガッくん面白すぎ!」
久しぶりにこんな笑った、と涙すら出て来そうになっている僕を見て、ガク君はそりゃもう特大のため息をついた。
「あーあ、せっかく我慢してたのになぁ! 刀也さん、煽ったからには覚悟できてんだろーな?」
えっ、なに。我慢? 煽った? 覚悟?
途端、耳慣れない言葉がぽんぽんぽんっと投げられて、僕は固まった。
「帰ったら覚えとけよ」
さっきまでの呆れ顔はどこへやら。見たことのない、妖しいしたり顔で笑うガク君に、あ、僕終わったな。とどこか他人事のように悟ったのだった。



「刀也さん、これSじゃん」
「ん、ぁっ……なに、?」
ぐしゃぐしゃになったシーツの上、転がっているのは息も絶え絶えの僕と、楽しそうなガク君と、0.02mm極薄。
「ん〜やっぱ小せえ……今日は我慢すっか」
「だ、だからぁ、なにが……?」
その先は怖くて聞かなかったことにした。