彼あるいは彼女
蒸し暑い。抜けるような青い空は、まだ夏本番前だというのに憎たらしいほど肌を焼き、なぜだか胸を騒がせる。
ぱたぱたと傷だらけの赤い下敷きで涼を取れば、すかさず教師から飛んでくる厳しい視線。知らんぷりをして、ならばクーラーを付けてくれと心の中でひとりごちた。
「次の段落、はい剣持」
「はい」
すっと通る声が、教室に響く。
斜め前方の彼女が纏う暑さなど感じさせずに、どこの誰が書いたのかも知らない、物語を辿っていく。
その滑らかな唇を、なんとなく声色から想像して頭を振った。何を馬鹿なことを。
「そこまででいいよ、ありがとう」
再び下を向く丸っこい頭を、気が付けばつい見つめていて。
ただのクラスメイト、すれ違えば挨拶を交わす程度の中の彼女は、どこか人を引き付けてやまない。授業は気もそぞろ、板書の文字は脳を滑るばかりで、また無意識に小さな頭を見る。
そうしてふと、髪から覗く首筋に、きらり玉のような汗が浮かんでいるのを認めてしまう。
剣持さんも、暑いんだ。
当たり前のことなのに、たからものを見つけたような不思議。途端、今まで熱心に見つめていたはずのそれは、五月蝿い鼓動に阻まれて、急に見れなくなった。