そしてひとりで明日を見る
「待ってよ、アルビオ!」抱え上げた華奢な体躯が俺の足並みに合わせて力無くぐったりと揺れる。ぬるい風が肩にかかる銀髪をさらって少しくすぐったい。のんびりとした歩幅に、長い影がついて回る。
後ろから追いかけてくる声に応えずにいると、悲壮感が一層増した叫びが飛んだ。
「アルビオ!」
なんだかなぁ。振り返った瞬間に、ずり落ちた腕を肩にかけ直す。ようやく立ち止まった俺に、フレンさんはほんの少しの安堵を見せた。それでも息切れの合間に涙の気配があった。
「どしたの?」
少し後ろを走っていたメリッサさんが追いつく。ふたりとも表情いっぱいに不安と寂寥を詰め込んで、あとひとつ雫を垂らせば簡単に決壊しそうな様子だった。
何かを言いかけて、やめる。しばらくそれを繰り返したあと、思い詰めたようにフレンさんが言った。
「……本当にいいの?」
視線は俺の腕の中で今だ動かないただひとりに注がれていた。何も知らないまま、ひとり深い眠りに落とされて、きっと次の朝日が昇るまでしあわせな夢を見ているはずだ。
「こんなのってないよ! ねえエビオお願いだから考え直して!」
耐え切れなくなったメリッサさんが俺の腕を掴んで揺する。でもどれだけ揺すっても、抱えられたヒムがその静かな煌めきを湛えた眼を開くことはない。今はまだ。
「何言ってんの、ふたりとも」
帰還命令が来た。向こうに行ったらこっちには帰って来れないと思う、それでも俺は行くよ。打ち明けた時のふたりの顔を今でも思い出せる。イブちゃんには言った? それ、ムーさんは知ってるの? 俺の心配より先に飛び出した言葉に、苦笑したのももう随分前のことのように思えた。
だから。
「連れてはいけないでしょ」
もう誰に何を言われようと、俺の決断は変わらない。人一倍寂しがりなヒムが、笑ってさよならなんて言えるわけがないとこのふたりでなくても知っている。だったら言わせなければいいだけの話だ。
「でも!」
再び歩き出した俺をふたりは慌てて押しとどめようとした。縋る目と一瞬視線がかち合う。
「決めたから」
振り切って歩みを進めれば、ついにメリッサさんの目からぼろぼろと涙が零れ落ちていった。口を開けば嗚咽が先に立ち、言葉が声にならない酷い泣き方だった。
「ああもう、泣かないでよ。泣かれると、俺どうしたらいいか分かんなくなっちゃう」
大事に抱えた身体を寝台にそっと寝かせる。綺麗な顔を晒してぐったりと横たわる、この世で一番近しい人。血も汗も涙も知らないまま、閉じ込めておけたらよかったのに。ゆっくりと上下する胸を脳裏に焼き付けて、俺は立ち上がった。
「明日ヒムが起きたら、ふたりともよろしくね。短い間だったけどありがと、楽しかったよ」
どうかいつまでも健やかで。願わくばこんな酷い別れをみせる俺のことなど綺麗に忘れてしまいますように。
「じゃあね、ヒム。ばいばい」