とくべつ
「んじゃ、そろそろ帰るか〜」寝転んでいた身体を起こす。たった二度の訪問に反して見慣れた室内が、三度目の夕陽に染まっていく。予想外に長居してしまったのに、疲れていないのがなんとも不思議だった。
「そうですね、駅まで送りますよ」
「あー、助かる。まだ道わっかんねえ」
「はあ? まだ覚えられないんですか?」
まあ覚えてないわけねえじゃん。流石にこの三日間で出入りしすぎた。ただ、なんとなく、はいじゃあここでサヨナラというのも味気なくて。もしかしたら、そう思っているのは自分だけだったのかもしれない。
急に気恥しくなって、何と言っていいか分からず、もごもごと口ごもる。
そんなオレの耳に聞こえてきたのはため息で。慌てて顔を上げると、刀也さんがさっと部屋を出て行くところだった。
「ちょ、」
「今日は特別だからな」
引き留める間もなく廊下に黒髪が消えていく。その横顔が、さっきのオレみたいに何とも言えない態をしていて。隠しきれない笑みがむずむずと込み上げる。刀也さん、照れ隠し下手すぎんだろ。
「お兄ちゃん、ガクくん送ってくる」
遠くのやりとりを聞きながら、さてオレも出るかと、今一度お世話になった部屋をぐるりと見渡す。きちんと確認したおかげで、忘れ物は、多分ない。だけどオレは、刀也さんが戻ってこないことをいいことに、きちんと詰めたはずのボストンパックを再び開けて、あるものを取り出した。
「ガクくん、置いてかれたいんですか!」
「はいはい、今行くって!」
急かされて、慌てて雑にボストンパックを閉める。
無造作に机の上に放られた、パソコン用の眼鏡ケースに、刀也さんはどんな反応をするだろうか。想像するだけで楽しくて、追いついた刀也さんにさっそく突っ込まれる。
「何笑ってんだよ」
「いや何でも?」
「きもち悪いなあ、もう」
言いつつも、先だって玄関の扉を開けてくれる刀也さん。やっぱ優しいんだよなあ。
「行ってきます」
「お邪魔しましたっす!」
開いた扉から、傾いた陽に包まれた住宅街へ。願わくばまた、近いうちに来れますように。