待ち合わせ
ざわざわと騒がしい休日の昼。改札から吐き出される人混みに流されるまま、駅の外に出る。『今着いたぜ! もっちーどこいる?』
『すみません、少し遅れます』
約束よりもまだ少し早い時間。どっかに入るにも微妙だな、そう判断してロータリーのベンチにもたれかかる。
機材新調したいんですよね。次の週末空いてます?
通話越し、機械音がかった声を思い出す。言い訳を重ねないと誘うことも出来ないいじらしさに、ほんの少し笑みが零れる。
オレより他に適任が、と言いかけた言葉を飲み込み、いいぜと返事した。せっかくの休日だし、たまにはこんな日も悪くない。
賑やかな雑踏をタイムライン片手に眺めていると、ふと目の前に誰かの気配がする。
「お兄さん、ひとりですかぁ?」
顔を上げたのは失敗だった。後悔してももう遅い。くるくると巻かれた茶髪に、しっかり持ち上がった睫毛、心持ち開いた胸元に、内心たじろぐ。
「いや、人待ってっから。ごめんな」
「それって、彼女ぉ?」
「あぁ〜えっと、」
思わず、しどろもどろになってしまう。オレらの関係に当てはまる言葉が、咄嗟に思いつかない。仲間でも友達でもましてや恋人、でもない。
「だったらそこでお茶しましょ*よ、待たせる彼女も友達も良くないですよぉ」
「行かねえって」
言い淀んでる間に軽く腕を掴まれて、いよいよ断りづらい雰囲気になってきた。いったいどうするべきかと困り果てる。
そんなオレを見かねたのか、神様はとんだ救世主を寄越しやがった。
「お待たせ!がっくん、ほんとごめんなさい!」
ぴたり、くっつく身体と身体。聞き慣れた声の、聞き慣れないトーン。まるで恋人に聞かせるかのように、軽やかに甘く。寄せた白い手が、するりとオレの腕に絡む。
「え、」
眼下で艶やかな長い黒髪がさらりと揺れて、さっきまで強引に押していた見知らぬ少女が、一気に怯む気配がした。
「電車遅れちゃって、随分待たせちゃったんじゃないんですか?」
たじろぐオレに、合わせろと言外に告げる視線。色々突っ込みたい気持ちを押し込めて、とりあえず空笑う。
「そんな待ってねえから気にすんなって」
「そう? よかった、ってごめんなさい、お話の途中でした?」
生え揃った睫毛に縁取られた瞳が、見知らぬ少女を捉えてうっそりと微笑む。目が笑ってねえよ、馬鹿。こっちは普段とのギャップに、くっと漏れそうな笑いを堪えるのに必死だ。
「なっなんでもないですぅ」
そそくさと逃げ出した少女にかける言葉もなく。駅の向こう側にその背中が消えるのを見送って、オレの待ち人はぱっと距離を取った。消えた体温に少しの寂しさを覚えつつ、ようやく解放されたままに笑いを漏らす。
「ヒッヒッ、刀子さん今のなにっ…!」
「笑ってんじゃねーよ! ああでもしないと彼女、引かなかったでしょ! あー僕が美人で良かったですね! 感謝しろよ!」
「まーな、サンキュ」
笑いすぎて出てきてしまった涙を拭う。助かったのは事実だし、礼を渋るキャラでもない。
つんと、そっぽを向いた刀子さんが口を開く。
「…もう、油断も隙もあったもんじゃないですね」
雑踏に紛れてよく聞こえない。
「刀子さん、今なんて?」
「何でもないです、早く行きましょう」
不機嫌そうな表情に隠された、彼女の真っ赤に染まった耳に、オレはまだ気付かない振りをした。