at Bar

宴もたけなわ。騒がしさが増してく居酒屋の片隅で、汗をかいたグラスを煽る。サークルの後輩連中は入ったばかりの新入生に夢中で、就活と卒論にくたびれためんどくさい先輩なんか目もくれない。
これ飲んだら先に抜けようか。半分を残したグラスを恨めしく見つめた時、空いていた隣の座布団に誰かがするりと入り込んだ。
「先輩、隣いいっすか?」
「えっ、あれ? 伏見じゃん、久しぶり」
お久しぶりっす、とにこやかに笑う目の前の男は、サークルに名前だけ連ねてのらりくらりと活動を交わしている伏見ガク、可愛い二個下の後輩だ。
「飲んでないじゃないですか*! ほら、オレ注ぎますっすよ」
「あ*ありがとありがと。アンタは……まだ飲めないんだっけ」
見た目に反して律儀に法律を守っているらしい。アルコールに入ってないグラスを申し訳なさげに掲げる彼に、少しだけきゅんと胸が鳴った。
「最近どうっすか、オレが言うのもなんすけど」
「全然ダメ。就活も卒論も苦戦中」
人懐こい笑みを向けられて、零さずにいられる訳が無かった。数々のお祈り文は確実にメンタルを少しずつ削っていって。まさかこんなところで久しぶりに会う後輩に愚痴るところまでキているとは思いもしなかった。
「……早く楽になりたい」
こいつの前では、カッコイイ先輩でいたかったはずなのになあ。固くやさぐれていた心がじわじわと溶かされていく。心が見透かされてるみたいな感覚で、でも不快ではなかった。
「ごめん、聞かなかったことにして」
何にも言わなくなった伏見に、気まずくなってグラスを煽る。氷が溶けて薄くなったアルコールが程よく火照った身体を冷ました。誤魔化したのは無駄だったか、さらに続けようと開いた口が音を紡ぐ前に、力強い声がそれを遮る。
「先輩なら大丈夫、オレが保証しますって」
あまりにも真剣な瞳で見つめてくるもんだから、私もまじまじと見つめ返してしまった。上がる心拍数には気付かない振りをする。
「ほんとさあ……」
根拠の無い励ましも慰めも、こいつじゃなかったらぶん殴ってるところだった。だけど、伏見ガクという男の口から発せられると不思議とそう思えてくるのだから、ひととは本当に面白い。
あー好きだ、完敗だよ。
秘めていたはずの感情が一気に溢れ出す。するりとひとの懐に入り込んで、気付いた時には心許す相手になっている男。今まで何人の女の子が見えないところで泣いてきたか、きっとこいつは知らない。
ねえ、今日久しぶりって言ったよね。アンタ私が避けてたこと気付いてなかったでしょ。サークルに滅多に顔出さないアンタと今までどれだけ苦労して接点作ってたと思ってんの。次会ってしまえばこの恋愛感情を認めざるを得ないと思ってたから、わざと避けてたんだよ。
ぐっと目頭に力を込める。
「伏見*ほんとどこにも拾ってくれるとこ無かったら、養って*!」
「えぇ*、考えときます」
「考えてくれるの!?」
未だ騒がしい居酒屋の片隅で、汗をかいたグラスを煽る。程よく回ったアルコールが気持ちいい。
「あのさ、」
今なら言える気がした。つい最近恋人が出来たって噂の後輩くん。付き合いがさらに悪くなったって噂の可愛い可愛い二個下の伏見くん。他の女より、少しは近い距離にいれると自惚れていた馬鹿な先輩を許してね。
「彼女出来たって? おめでとう」
吐き出した声は震えていなかった。