誕生日のわがまま

誕生日のわがままゆうるりと意識が浮上して、寝返りを打ったところではたと気付く。隣のぬくいかたまりがいないことに。本日の主役は早々にベッドを抜け出して、いつも通り朝食を作りに行ってしまったらしい。
「あー、言いそびれたな…」
今日は言わずもがな、同じグループのメンバーである和泉三月の誕生日である。グループを結成して初めて、そして恋人という関係に落ち着いてから初めての三月の誕生日に、何も用意してなかったわけではない。しかし昨日は遅くまで撮影が立て込み、寮に帰り着いたのは午前2時を過ぎたころで。案の定自室ですぴすぴと眠りこけていたヤツのベッドに無断で滑り込み、起きたらとりあえず祝いの言葉でも言おうと思っていたらこれだ。おそらく他のメンバーは日付を越えたと同時に祝ったのだろう。テーブルの上に色とりどりの包み紙や手紙が散乱したままだ。
まぁ後でもいっか。まだ時間はたっぷりあるんだし、と後回しにしたのがいけなかったらしい。
というのも。
「ヤマさんなんかみっきーに避けられてね?」
「やっぱタマもそう思う?」
「思う」
楽屋で普段休憩中はプリンに夢中になっている環から言われるほどに、三月は徹底的に大和のことを避けていた。鈍感な環が気付くほどだからよっぽどか、と内心頭を抱える。あの後、朝食を食べにリビングへ行けばすでに三月の姿はなく。一織からグループでの撮影の前に、ひとりでバラエティ番組の撮影があって先に出かけたと言われてしまえばそこまでで。グループ撮影に来てみれば楽屋でも撮影中でもことごとく避けられてしまっていた。おかげでおめでとうの一言も言えてなければ、一応用意してあるプレゼントは今も鞄の中に眠ったままだ。当の三月は視線の先で陸と差し入れのシュークリームを頬張っている。おいおい頬にクリームついてんぞ。一織が陸の口元を拭うついでに三月にもティッシュを差し出しているのが見えた。心当たりと言えば、まぁ誕生日のことしかない…のだが。いやいやたかがそんなことで、ここまで怒って徹底的にやるもんか普通?いくら外見が成人済み男性に見えなくたって、大の大人だぞ?とイライラいているのが伝わってしまったのか、振り向いた三月と目が合った。
ばーか。
口パクで俺にしか見えないようにつぶやいて、ふふんといたずらっぽく笑いまた陸の方に向き直る。折れるつもりはないらしい。のに、そんな表情を見せられるとこっちもたまったもんじゃない。
「はぁ、どうしたもんかねぇ」
「ヤマさんも悩むことがあんだね」
と珍しそうに言う環の頭を手持ち無沙汰に撫でたら、案外さらさらと手触りがよかった。



「お疲れ様でしたー」
「気を付けて帰ってね」
「お疲れ様です、お先に失礼します」
ようやく今日のスケジュールが全て終了し、やっと寮に帰れたのは午後11時。俺の予定はグループ撮影のみだったはずが、急遽ライターの都合で雑誌の取材が前倒しになりこんな時間になってしまった。今日は前々から三月の誕生日を祝うために、わざわざ早く上がれるよう予定を組んでいたのに台無しである。メンバーには連絡もしてあるが、なんとかしてパーティには間に合いたかった。昼間の三月のことも気にかかり、昨日の二の舞になってしまっては困ると慌てて帰ったもののリビングに三月の姿はなかった。まじかよ、お兄さんもう困っちゃう。
「ただいま、ミツは?」
「あっ大和さんおかえりなさい、三月さんならもう部屋に戻っちゃいましたけど…なんだかすごくお疲れのようで」
出迎えてくれた壮五が申し訳なさそうに眉を寄せる。テーブルに乗っている料理はあらかた食べ終わっていて、三月の誕生日パーティは終盤どころか終わってしまっていた。
「いやいやソウが悪いわけじゃないから、心配しなさんな。ごめんな、間に合わなくて」
「せっかくの誕生日なのに、あのおっさんは早く帰ってくることすら出来ないのかよーって、三月怒ってたよ」
リビングでまだ環とケーキを頬張っていた陸の放った言葉がぐさりと刺さる。ていうかお前さん昼間もシュークリームたらふく食べてなかったか?しかもこんな時間に甘いもの食べているとか知ったら、お前さんの兄貴はまた目ん玉釣り上げて怒りそうだな。…んなこたぁどうでもいいんだよ。
「お兄さん頑張ってくるから骨は拾って」
「ヤマトの骨大事にしますから、ミツキにちゃんとおめでとうの気持ち伝えてください」
「はいよ」
ナギの言葉に背中を押されて、ようやく重い腰をあげて三月の部屋に向かう。おそらく昨日のように寝ているだろうなと思ったが、予想は外れて扉の外まで明かりが漏れていた。こんこんこん。いつものように3回リズムを付けてノックしても返事はない。これは予想通りだったので、そのままためらいなく扉を開けた。
「ミーツ、お兄さんのお帰りだぞー」
ぐるりと部屋を見渡しても気配はなく、おかしいなと思ったのは一瞬で。一見何もないように見える布団の隙間からオレンジのようなピンクのような、どちらにせよふわふわな髪が覗いていた。隠れるならもっとちゃんと隠れろよな、なんて思いながら近づくと、もぞりと布団のかたまりが身じろぎした。それに調子を良くした俺はベッドの端に腰かけて、その少しだけ覗いた髪を優しく撫でた。
「ミツ、ごめんって。ないがしろにするつもりじゃなかった。そろそろ機嫌なおしてくんねーと、お兄さん流石に困っちゃうなー」
そのまま謝罪の言葉を並べると、ようやく不思議な色をした大きな瞳がちょこんと布団から顔を出した。
「ばーか」
「は?」
「別にそれに怒ってるわけじゃねーもん」
あれ、怒ってる原因は誕生日じゃない感じですか。じゃあ何のことかもうさっぱり。
「分かんないから、ミツ教えて。教えてくれないと謝ることも出来な」
「あああーーーもう!ばか!気付けよ!!!」
「え、な、ちょっと」
叫ぶと同時にがばりと布団がめくられて、ほそっこいくせに案外筋肉の付いたその腕に引き寄せられる。バランスを崩した俺はなすすべもなくぬくい布団の中へ飛び込んだ。ふわりと鼻腔をくすぐらせる1日ぶりの三月の優しい匂いにほっと息をついたのもつかの間。耳元で発せられた言葉に目を見開いた。
「大和さんからは1番最初に聞けなかったから、1番最後にとっておきたかったんだ」
一瞬何を言われたか理解できずに、飲み込んだころには言った本人より顔が熱くて。崩れた顔を見られたくなくて手で覆い隠した。
「あらまー、なんてわがままなお姫さんだこと」
「なんとでも言え!…んで?言ってくんねぇの?」
「あーはいはい」
誕生日、おめでとう。すべて言い終わる前に潤んだ瞳を細めて幸せそうに笑う三月に我慢が出来なくなって、口づけの向こうへ言葉は吸い込まれていった。




【誕生日のちいさなちいさなわがまま、聞いてくれますか】