大和さんのお弁当事情
ピピッピピッ、と朝を告げる軽快な音をそっと止めて、オレは大きく伸びをした。あたりはまだ薄暗い、夜の気配を漂わせている。あと数時間もしないうちに、きっと明るく照らしてくれるであろう朝日を今から眩しく思いながら、ぺたぺたと素足のままキッチンへと向かう。壁にかかったエプロンを身に着けて、背中でちょうちょ結びを作り、パンっと一回頬を叩いたら準備は完了だ。
「さぁて、今日も作りますか!」
オレの一日は、お弁当作りから始まる。
【大和さんのお弁当事情】
「おはよう〜」
眠い目をこすりながら、一番最初にリビングに顔を出したのは陸だった。今日は朝一番に仕事があると言っていたので、珍しく早起きである。
それでも眠いことには変わりないらしく、半分目が開いていない。一段と幼くなったという印象は、伝えない方が吉だろう。お兄さんぶりたい陸はおそらく拗ねてしまうことが見て取れた。ひとり内心でくすりと笑いつつ、挨拶を返す。
「おう、おはよう」
「三月今日も早いね…んん? 何かいい匂いする」
すんすんと鼻を鳴らしてこちらに近付いてくる陸の顔が、匂いをとらえた途端、ぱっと一気に輝いた。オレの手元では美味しそうな肉の塊が、じゅうじゅうと香ばしい匂いを振りまいていた。肉ももちろんだが玉ねぎは艶やかなきつね色に輝き、お手製のたれがぐつぐつと煮立って絡まっている。
うん、上出来だ。
「生姜焼きだ!」
さっきまでの眠気はどこへやら、陸は興奮して声を上げた。
「当たり、いいタイミングで来たな陸」
「何?」
ほいよ、と小さめの肉を一切れ、玉ねぎと一緒に箸で掴んで差し出した。陸は一瞬ぱちくりと瞳を瞬かせて、やっと状況を把握したのか、ぽかりと口を開けた。期待した眼差しに急かされて、ぽいっと口の中に入れてやればあら不思議。もぐもぐと咀嚼する陸の顔が、あっという間に破顔して蕩けた。
そんな陸を横目に自分も一口ぱくりと食べて。
「おいひ〜〜〜!!!」
ふたり同時に声が零れ出た。鏡がなくても、同じ顔をしていたことなんて大体分かる。
我ながら今日の出来は素晴らしい。もう一切れ、食べたい気持ちが沸き起こるが、きっと食べ出したら止まらない。せっかく作ったお昼のおかずが減ってしまうのはごめんなので、オレは大人しくお弁当箱に詰める作業に取り掛かった。
「ふたりして朝から元気だな?」
「おはようございます、大和さん!」
これまたタイミング良く顔を出したのは、大和さんだった。ふああ、と大きな欠伸をして、光に満ちるリビングを見ては眩しそうに目を細めている。いつにもまして悪人面が酷く、子供が見たら泣き出してしまいそうだ。
こちらも普段寝坊気味なのだが、今日から連続ドラマの撮影に入るため、しばらく早起きをしなければならないらしい。昨日の晩酌でそう言っていた。
「いい匂い、何? 今日の昼飯?」
洗面台に行った陸と入れ違いに、今度は大和さんがキッチンへやってくる。ぼりぼりと効果音が聞こえてきそうなほど、大きく頭やお腹をかいている様子は、その名の通りまさしくおっさんで、つくづくアイドルとは到底言えないなぁと思った。
おそらく陸とのやりとりを見ていたようで、自分もおこぼれをもらおうという魂胆が透けて見えた、ので。
「おっさんはさっさと顔洗ってこい」
と、一蹴すればミツのケチぃと口を尖らせる。そんなことしても全く可愛くないし、それどころか目やに付いたままだぞおっさん…と遠い目になった。
最初は嫌々始めたアイドル業だとしても、今はドラマにモデルに引っ張りだこで、かっこいい姿は街中のあちこちで見ることが出来るのに。どこか恰好付かないこういうところは出会った頃から変わらない。
それを惜しみなく自分に晒してくれるのが嬉しいと感じる自分がなんだか馬鹿馬鹿しいけれど、それも今更仕方ないことなのだ。
惚れた弱みってやつ、かな。
つらつらとそんなことを考えながら、彩りのために用意したほうれん草のおひたしをカップに入れて、これもお弁当箱に詰める。
ううん…ちょっと隙間が空いてるな。これじゃ環たちが学校で食べるころには、揺られて偏ってしまうかもしれない。もう一品なにか足そう、何がいいかな。昨日の残りを使ったちょっと豪華な卵焼きなんてどうだろう。
「ミツ」
「ちょ、ちょっと」
するりと背中から抱き込まれて、腰に大和さんの腕がまわり、肩に頭が埋められる。すっかり思考から落っこちていた大和さんの存在を思い出して、触れ合ったところからじわじわ熱が高まっていく。そのまま首筋をすんっと嗅がれて、こっちの方がいい匂いなんて言われて。心臓がどきどき音を立てて、大和さんに聞こえないだろうか心配になる。聞こえてしまったら、きっとからかわれるに決まってる。するすると服の上から薄く筋肉の付いた腹を撫でられて、ふっと声が漏れ出てしまって頬が熱くなる。身体がある感覚を思いだあして、ぞわぞわと疼きだすのを止められず、かくんと膝が崩れ落ち――
「邪魔!!!」
「いって!」
しかし現実はそう甘くないので、オレは赤面もせず腰も砕けず、握りこぶしをひとつ作って朝からお花畑の脳天にごちんとお見舞いしてやった。
思った以上に加減が出来なかったようで、大和さんは頭を押さえてよろめいた。そうして大和さんが自業自得の痛みに顔を顰めている間に、ぱぱっとお弁当を詰め終えて、緑色の巾着に詰めて突きつける。
「はい弁当! 早く準備していかねーと遅刻するぞ!」
大和さんはぱちりとひとつ瞬きして、お弁当を受け取った。表情がふっと柔らいで、優しい笑みがこぼれる。
「ん、さんきゅ」
「残さず食べろよ!」
こんなにも素直に受け取ってくれるとは思わなくて、オレは照れ隠しのようにさらに可愛くないことを言ってしまう。大和さんが弁当を残してきたことなんか、一度もないのに。
「へいへい、んじゃ準備して行ってきますかね」
すれ違いざまにぽんっとオレの頭を撫でて、大和さんはキッチンを出ていった。その後ろ姿を見送って、オレはようやくほっと息をついたのだった。
安心したらしたで、さっきは何とか我慢出来た火照りがぶり返し、ひとり疼く身体を抱きしめて俯く。
卑怯だ、あんなの。
あんな触られ方したら、すぐにでもぐずぐずのとろとろになってしまう。いつ人が来るかもわからないキッチンでそんなこと出来やしないのだが。ましてや今はお弁当を作っている最中で、まだ作業が残って…残って?
そうしてやっとオレは、はたと気が付いたのだった。お弁当に入れようとした卵焼きを、すっかり作り忘れてしまったことに。
*****
ぱかりと弁当の蓋を開ける瞬間は、どうにも緊張する。それは決して悪い意味ではなく、心地よいどきどきというか、日常でお手頃に感じられる新鮮な驚き、である。
それが自分の好きな人が作ってくれたら、なおさら嬉しいもので。仕事中の唯一の楽しみと言っても過言ではない。
「お、二階堂くん、お弁当かい?」
今日から入った撮影現場の休憩室で、こそこそとお昼を食べようとすると、先輩俳優から声をかけられた。
「ええ、まぁ」
いざ蓋を開けようとしたタイミングで話かけられたので、気分は待てを言い渡された犬だ。
「羨ましいなぁ、僕なんかコンビニの菓子パンだよ」
あはは、と軽く流しても、立ち去る気配がないので、仕方なく先輩が見ている前でそっと蓋を開けた。なんとなく、新鮮な気持ちが半減するようで、ミツが作った弁当の時はひとりで食べたかったのだが。休憩時間も限られていることだし、と心の中で言い訳を重ねる。
「うわぁ、生姜焼きか!美味しそうだな」
「そうですね」
今日の弁当は、生姜焼きにほうれん草のおひたし、金平ごぼうとカップグラタン、定番のウインナーも顔を覗かせている。きっちり彩りも栄養バランスも考えているところがミツらしい。珍しく少しだけ右に寄ってしまっているのは、隙間が空いていたからだろうか?
「いただきます」
ぱくりと一口食べて、ほっとする。やっぱり、この味付けだよな。
まだ一年ぐらいしかミツの料理を食べていないというのに、すっかりこの味に慣れ切っている自分が恐ろしい。男は胃袋で掴め、とはよく言うが、使い古された言葉にはそれなりの理由がある。
「凝ってるねぇ、愛されてる証拠だ」
何も言ってないのに、先輩俳優は眩しそうに目を細めて、どこかに行ってしまった。
「愛されてる、ねぇ…」
ミツと俺の間では、お弁当がちょっとした手紙代わりなところがある。例えば、今日のメインの生姜焼き。どうしてミツがこのメニューにしたか、俺にはなんとなく分かる。
それはきっと昨日の晩酌で、美味い肉が食いたい、焼肉に行きたいと散々ふたりで言い合ったからだ。じゃなければ、生姜焼きに、ご丁寧にサンチュまで添えないだろう。
これは遠回しに、焼肉に連れてけというミツからのメッセージである。俺が勝手にそう思っているだけかもしれないが。とりあえず、近場の予定をすり合わせておこう。
他にも、一か月前くらいに大喧嘩をした時には、なかなかお互いにごめんの一言が言い出せなくて、冷戦状態が続いてしまった。
そんなある日突然ミツが差し出した弁当箱を開けば、そこには俺の好物ばかりが詰め込まれていて。俺はなんとなく、ミツからの仲直りの合図なんだな、と直感したのだった。おかげでかつてない程の冷戦はあっけなく幕を閉じた。
それくらい、俺とミツの間では、お弁当は一種のコミュニケーションの手段となっていた。もはやお弁当が果たす役割は、ただの腹を満たす食事だけではないのだ。
「ごちそうさま」
誰にも聞こえない音量で、そっと呟く。今日のミツの弁当も相変わらず美味かった。
と、まぁこれが本人に言えればいいのだが。なんだか妙に気恥ずかしくって、言えた試しがない。こうして食べ終わった直後は、今日は言おう言おうと思うのだが、いざミツを目の前にすると、途端に口から一言が出てこない。本当にたった一言、美味しかったとか、いつもありがとうとか、それだけでいいのに。
口で言えなければ、書けばいいじゃないか。そうだ、手紙を書こう。なんて思い立って、小さなメモに一言したためてもいるのだが、これも渡せた試しがなかった。意気地なしとでも呼んでくれ。
その代わりと言ってはなんだが、これまで弁当を残して帰ったことは一度もない。それが、ミツへの感謝の気持ちを表す唯一の手段だった。
そんなこんなで今日も俺は、ミツに無言で空になった弁当箱を手渡すのだ。
*****
「ただいま」
夜もふける頃、ガチャン、とリビングの扉が開いた。見なくても声だけでわかる、大和さんだ。明らかに疲れた様子で、遠くからでも分かる酒やタバコの匂いに思わず顔を顰めた。何も聞かされていなかったが、急遽飲み会が入ったのだろう。この世界ではそういう付き合いを避けては通れない。
「おかえり、久しぶりに遅かったなー」
大和さんが新しいドラマの撮影に入って、ちょうど一週間経った。それはオレが大和さんにお弁当を作り始めて一週間、ということでもあった。毎日作って欲しいと言われた訳では無い。ただ、オレが勝手にやっているだけ。
オレは大和さんの現場のことは何にも分からない。脚本のことも監督のことも役のことも。だけど、いろんなことに縛られてストレスを抱えてる大和さんの手伝いを、少しでもしたいと考えた。これは大和さんに限らず、他のメンバーに対しても言えることだ。
役者じゃないオレにも、オレにしか、出来ないことで大和さんの応援をする。だからオレは毎日お弁当を作っている。大和さんはというと、文句言わずオレの作ったお弁当を持って現場に行ってくれていた。気恥ずかしいのか、帰ってきたら無言でお弁当箱が返って来る。そのお弁当箱は決まって空っぽで、オレはそれがとても嬉しかった。
もちろん何も疑わず、今日もそうだろうな、と思っていたのだが。
「大和さん、お弁当箱は?」
「…あー、そこ」
指で示された方を見ると、テーブルの隅っこにいつもの緑色がぽつりと置かれていた。普段なら手渡しなのになぁ。ちょっとした違和感に首をかしげつつ、お弁当箱を開けた。
「あれ? 今日食べる時間なかった?」
思わず口をついて出た言葉。それは丁寧に作ったはずのお弁当が、珍しく完食されていないことに対してだった。今日のメインの鳥のから揚げも、マカロニサラダも卵焼きも、大学いもだって、一口だけ齧った痕があるだけだ。
もしかしたら、とてつもなく現場が忙しくて全く手を付けられなかったのかも。撮影も佳境だし、集中していて食べられなかったのなら仕方ない。それなら納得出来る理由だから、言ってくれればいいのに。だったら、もっと撮影の合間に食べやすいおにぎりとかサンドイッチとか、用意することも出来る。
だけど大和さんから返ってきた言葉は、とてつもなく曖昧なものだった。
「んー、まぁそんな感じ」
いかにも、興味なさそうな言い方に、ガツンと心が殴られた。大和さんに喜んでもらいたい一心で作ったお弁当が、手のひらの上で一気に重くなる。
――あれ?オレ、もしかして迷惑だった?
急に今までの行動全てが、独りよがりなものに思えてぎゅっと心臓が鳴る。お弁当箱がまるで重りのように、心まで下へ下へと引きずって落ちていく。
「それにしたって限度あるじゃん」
曖昧な言い方せずに、ちゃんと教えてよ。いつになく煮え切らない大和さんの態度に、我慢できずに言葉を重ねる。さらに沈黙を貫こうとした大和さんを、ひと睨みするとしぶしぶと言ったていでこう話した。
「あー、ミツの弁当食おうとしたら、共演してる女優さんから弁当の差し入れもらって、んー…まぁその、断れなくて。その後弁当の存在忘れてて、そのまま飲みに誘われて、だからそんな感じ」
言い訳の内容はどうだってよかった。分からない理由じゃないし、オレだって大人だから割り切れる。だけど、オレはどうしても大和さんの態度が気に食わなかった。
なんでかって? だって、オレのお弁当のことを話す時にはつまんない顔してるのに、女優さんの差し入れって言った時、一瞬楽しそうな表情浮かべたんだ!
――悔しい!
かっと頭に血が上ったオレは、テーブルの上にどんっとお弁当箱を叩きつけて言った。
「ふーん? だったら明日からその女優さんに作ってもらえば!? 明日早いからおやすみ!!」
急ぎ足で大和さんの前を通り過ぎ、リビングを出て自室に駆け込んだ。ふかふかのベッドにダイブして、枕に顔を埋めて声を押し殺す。ここまで来るともう我慢の限界で、オレはようやく涙をこぼして泣いた。
最後まで謝罪の一言すら出てこないのはどうしてなんだろう。それだけで、きっと許せてしまえたのに。
*****
寝起きは最悪だった。泣きすぎて痛い頭を押さえ、早朝の静かなリビングへ降りる。今日もオレが一番早いらしく、誰もいない空間にぺたぺたと足音だけが響いた。仕事は割り切ってやらないといけないのだが、正直大和さんと顔を合わせるのは気まずい。お弁当だってそうだ。
せっかく早起きしたけれど、今日はもうお弁当作りはやめてしまおうか。昨日あんな啖呵切った手前、大和さんの分は作らないにしても、自分や他のメンバーのだけは作るか。起き抜けでまだ働かない思考回路を、なんとかして動かしていた時。
「あれ?」
ぱちんと電気を点けて、オレは気が付いた。昨日テーブルに叩きつけたはずのお弁当箱が、キッチンにぽつんと置かれていたのだ。
まさか昨晩のままじゃねーだろうな、あのおっさん!
考えたくもない可能性に怒りが込み上げてきて、むんずと掴んで蓋を開けた。
「へ?」
しかし目に飛び込んできたのは、腐った白米ではなく、美味しそうなおかずの数々だった。定番のハンバーグに、にんじんのグラッセ、ひじきの煮物と卵焼きに、ゆで野菜には特製ドレッシングまでかかっている。色もバランスもしっかりしていて、見た目も綺麗で美味しそうだ。
「にんじん、今日使おうと思ってたのに」
見ただけでわかる、食べる人のことをちゃんと考えて丁寧に作られたお弁当だった。
馬鹿だなぁ、昨日あれからひとりで作ったのかよ。
深夜キッチンでひとりハンバーグと格闘する大和さんを想像して、くつくつと笑った。いつの間にかお弁当をコミュニケーションの手段だと思っていたのは、オレだけじゃなかったらしい。
これは大和さんからの、仲直りの合図だ。
今日はこのお弁当を持って仕事に行こう。そして帰ってきたら、ありがとうとごめんなさいを言って。俺からの仲直りの合図は、明日のリクエストを聞くことだ。そうと決まれば、気分は一気に晴れ渡り仕事へのやる気も出てきた。さっさと朝ご飯食べて出かけよう。さっそくお弁当箱を手に取り一度自室に帰ろうとして、オレはもうひとつお弁当箱があることに気が付いた。大きさはフルーツやデザートを入れる用のひとまわり小さなものだ。
「なんだこれ?」
もしかして、デザートまで用意してくれたのか!? 気が利くおっさんだな! もう許す! なんて軽い気持ちで蓋を開けたオレは、中身を見て固まった。なんだこれなんだこれなんだこれ。クエスチョンマークを浮かべ、しばし思考回路をカタカタ働かせて。
え、これってもしかして。
ようやく脳がそれを理解したとき、オレの足は勝手に大和さんの部屋へ向かっていた。無我夢中で、駆け足で、足音なんて気にしなかった。早く、早く行かなきゃ。この意味を確かめに!
「大和さん!!!」
「ごふっ、」
走った勢いのまま、体当たりするように扉を開いて転がり込む。大和さんが寝ていることなんてお構いなしに、布団の塊に飛び乗った。衝撃に変な音を立てて、大和さんが呻く。少し待つと、もぞりと布団から大和さんが顔を出した。
「…ミツぅ? 朝っぱらからなんだよ…俺まだ眠いんだけど」
「これ! なぁどういう意味!?」
「はぁ?」
寝ぼけ眼の大和さんの目の前で、さっきの小さなお弁当箱をひっくり返す。乱れた布団の上にぱらぱらとたくさんの紙切れが舞い散って、静かに落ちた。ぼんやりとその光景を見ていた大和さんが、はっと我に返って叫ぶ。
「おいちょっと待てミツ、弁当は昼までの楽しみだろ!」
「待ちきれなかった!で、なにこれ!」
散らばった紙切れをひとつひとつ拾って読み上げる。
「えっとこれは、今日のベーコン巻き、美味かった。また作ってくれ。んー、ベーコン巻きだから一ヶ月くらい前? こっちは、生姜焼きのおかげでいいスタート切れた、サンキュ。これって多分、今のドラマ撮影の初日だろ?んでこれは、」
「あーあーあー!! お兄さんはなんっにも聞こえない!」
往生際悪く、耳を塞いで大和さんが転げまわるので、オレは大和さんの上から振り落とされてベッドに寝転がった。目の前には背中を向けた大和さんがいる。紙切れの文字はもちろん大和さんだった。その一文字一文字が愛しくって、たまらなくって、オレは大和さんを布団ごと背中から抱きしめた。
「毎日書いてくれてたんだ?」
「…渡せなかったけどな」
「十分伝わってるよ、宝物にする」
そんなのが宝物なんて、やっすいなぁ。寝返りを打ってこちらを向いた大和さんが笑う。つられてオレも微笑んで。ささくれだった心がじんわりとあたたかくなっていく。
どんなに安くても、オレにとっては世界で一番嬉しい宝物。いや、特別なお弁当だ。
あとでじっくり一枚ずつ読もうと心に決めて、まずはオレ達なりの仲直りをしなくては。
「明日のお弁当、なんかリクエストある?大和さんの好きなもの、なんでも作るよ」