世界がミツを放っておかない!
「ふんふんふーん」年の瀬も近付くある冬の日。俺はもうそれはそれは御機嫌であった。珍しく巻きに巻きを重ねた現場が予定より早く終わり、年末進行でバタついていたスケジュールにつかの間の休息が訪れたのだ。と言っても夕方ちょっと早く上がれただけなので、ほんの数時間なのだが。それでもしばらく遠ざけていた酒ぐらい今日は飲んでもいいだろうと、帰り道にコンビニに立ち寄った。
お目当てのビールをいくつか籠に放り込んで、ぐるりと意味もなく広くもない店内をぶらつく。
そういえば酒のつまみ、ストック切れてたっけ。
店内奥に置かれたつまみコーナーに足を向けて、ふと立ち止まった。最近そういえばこっちもご無沙汰だったな。
無遠慮に立ち並ぶのは、何を隠そうエロ本コーナーである。
誰が見るかも分からないこんな目立つところに置くのもどうかと思うが、まあお兄さん嫌いじゃないです。けどこんな寒い冬空の下、ビキニ姿で素肌を曝け出す若い女の子を見てもちょっと何とも思えない。むしろ何か着てくれって感じだ。
似たような笑みとポーズを浮かべる女の子たちを一瞥して、通り過ぎようとした瞬間。はっと何か引っかかって再び立ち止まった。
「…ん?」
めっちゃ可愛いじゃんこの子。
遠くから見てもわかる、作り物じゃないあったかい笑顔に、幼い顔。しかしそれに似合わずグラマラスな体型に、目が釘付けになった。おいおいこんなロリ巨乳グラビアアイドルなんていたっけか?
途端に興味が湧いた俺は、何気なくその雑誌を取って。取って、後悔した。
『巻頭グラビア アイドリッシュセブン和泉三月!エロふわボディ初お披露目!』
【世界がミツを放っておかない!】
「ありがとうございましたー」
再び寒空の下に戻った俺の手には、酒とつまみと一冊の雑誌。
そう、買ってしまったのだ。同じアイドルグループに所属する、大切な仲間の初の巻頭グラビアを。最近ミツの露出がいい意味でも悪い意味でも増えてきたのは知っていた。いい意味というのは、バラエティ番組で司会を務めることもあれば、身体を張ったロケなんかにも積極的に参加していることを言う。んで、悪い意味というのが、お察しの通りグラビアってわけだ。
実際脱ぐ仕事はナギなんかもやっているし、ミツもやったとかなんとか言っていた気がする。
気がするって言葉から分かってほしいのだが、俺はちゃんと把握していなかった。把握していなかったからこその今、なう、現状、とても驚いている。
――ミツが、こんなお宝を隠し持っていたなんて。
歩く度に音を立てるビニール袋の中身へ想いを馳せる。むっちりとした太腿、肩にかかるさらさらの髪、そしてなんと言っても張りのいい……本人が聞いたら張り倒しそうな妄想のアレコレが瞬時に脳内を掛け巡って、思わずその場でぶんぶんと頭を振った。完全に不審者だ。
思わず手に取ってお会計してしまったはいいものの、一体全体これからミツをどんな目で見ればいいのやら。今日のところはさっさと部屋に退散して、雑誌の中身を確認しなければ。……いやいやいやほらリーダーとしてきちんとメンバーの仕事内容を把握するだけですから。別に疚しい気持ちなんて一切ありませんよー、ほら、な?
などと自分に言い訳をしながら辿り着いた寮の玄関で。
「おっ大和さん、おかえり〜」
タイミング良く本人と出くわしてしまうのだから、神様とは本当に悪戯が過ぎると俺は思う。さっと後ろ手に件のブツを隠し、さも疲れているような顔を張り付けて、こんなところで試される俺の演技力にちょっと切なくなる。しかし腐っても俺は役者。ここは本気で挑むしかないよな。
「ただいま、ミツ」
極めていつもの声色で言う。改めて向き合ったミツは風呂上りらしく、可愛らしいパジャマに身を包んでいた。まだ湿っぽいオレンジ色の髪から拭いきれなかった雫が落ちて、肩にかけられたタオルへと吸い込まれていく。その先を辿って、今まで絶対気にならなかったはずの膨らみを確認し、慌てて目を逸らした。
「今日早く帰れたんだな! 晩飯なら冷蔵庫にあるからあっためて食べろよ」
「お、おーありがとさん」
素直なミツは特に何も疑問に思っていないらしく、労わる声が余計胸に刺さる。後ろめたい気持ちでそっと靴を脱いで、廊下に上がるが、ミツの挙動が気になってなんとなく動けないでいた。
「先に食べちゃってごめんな、今日みんなバラバラでさ」
「いやいや作ってもらえるだけ有難いよ」
「そっか、そう言ってもらえると嬉しいな」
にしし、と笑ったミツが眩しくて直視出来ない上に、今日はさらに動きに合わせて小刻みに揺れるそのふたつの膨らみがちょっと気になってお兄さん集中出来ないです。そんなに揺れてたっけ!? 今までの記憶も思い返そうとするが、一度見たものの印象が強烈で一向に思い出せる気がしなかった。今までだったらミツとこのまま晩酌だって余裕だし、ふたりで夜更かししてリビングでそのまま雑魚寝でもなんでもいけるのだが、今日は、今日だけはダメだった。疲れているから気になるのだ、そう結論付ける。
ミツには悪いが、そろそろお帰りになってもらおうと口を開いたところで、少し離れたところから話していたミツが急にすっと寄った。
「って大和さんそれ」
「な、」
風呂上がりのいい匂いが鼻腔をくすぐったと思ったら、今度は視界に飛び込んでくる胸元チラリズムのダブルコンボ。それがちょっと屈んだ中腰の姿勢のせいだとか、もうそういうことは全く頭になくて。突然眼下に晒された無防備な夢のような膨らみと、落ちて来た長い横髪を耳にかけた姿勢は紛れもなくあの。あの。
「やっぱその靴下穴開いてるじゃん」
遠のくミツの声、フラッシュバックする表紙、後ろ手から滑り落ちるビニール袋、散らばる袋の中身、固まる俺、床に踊る『巻頭グラビア 和泉三月』の文字。そしてそれにミツが気付かないわけがなく。
「あれ? それ、」
驚いたミツの声で意識が返り、今度は一気に血の気が引いていく。やばいこれは非常にまずい。あんなに気をつけていたというのに、まさか本人の目の前で披露してしまうなんて。緊急事態に頭で考えるより先に、口から言葉が滑り落ちていく。
「っあー、これはだな、その、たまたまだから、ミツ最近どんな仕事してるのか気になって、ほんとたまたまだから、」
何言ってんだ俺。こんなのわざわざ買いましたって言ってるようなもんだろ!? 半分パニック状態になった俺は、床に落ちた荷物を全部ひったくるようにしてさっとミツに背を向けた。
「今日はもう休むわ、おやすみ」
「……え、あぁ、うん? おやすみ大和さん」
振り返らずに部屋まで一直線、たった数メートルがこんなに長いと思ったことはなかった。ようやくたどり着いた部屋で、閉めた扉を背にずるずるとしゃがみ込む。
「あ〜やっちまった……」
湧きだすのは後悔。絶対に不審に思われただろう、自分の奇行を思い返して恥ずかしくなる。胸に抱えた雑誌の中で、さっきは直視出来なかった笑顔のミツと目が合って、さらにいたたまれなくなった。
明日からミツと会う時、ほんと、どんな顔すればいいんだよ。
こうして俺の、誘惑と闘う受難の日々が始まったのだった。
*****
「ええっオレにグラビア!?」
事務所に響き渡った声があまりに大きくて、自分で出しておきながら驚いてしまった。内容が内容なので、思わず目の前のマネージャー以外が聞いていないかきょろきょろと見渡すも、事務所にはオレと彼女のふたりだけだった。
「そうなんです、なんでも有名なカメラマンさんが三月さんをご指名らしくて!」
こちらが企画書です。そう言って渡された書類の一番上に踊る、アイドル三月の悩ましいボディ云々の煽り文句にカッと頬が熱くなる。平静を保つためにめくった次のページに、様々な女の子が写る過去のサンプルがずらりと並んでいて、慌てて閉じてしまった。これを、オレが、本当にやるのか? なんだか全く想像がつかない。
「でも一体なんで突然オレが?」
疑問は結局そこに集約された。正統なアイドル売りをしてきたオレ達にとって、グラビアなんてあんまり経験のない仕事だ。同じ女性ならどっちかと言うと壮五の方が需要があるだろうし、オレみたいなド素人なんか撮って何が楽しいのかよくわからない。
「三月さんが先日出演したバラエティ番組で、水着ロケをしましたよね」
「あ〜、冬でも楽しめる温泉プールのやつか……それが?」
平日の昼、主婦向けに放送されている情報番組の企画だった。週末に家族で行けるお出かけ先を提案するその特集はなかなか好評で、つい最近レギュラー化したばかり。特別ゲストとしてお呼ばれしたロケ、ということまでは思い出せたが、それがグラビアにどう繋がるのか検討もつかない。
「その後の反響がすごかったんですよ! これを見てください!」
マネージャーがぐっと身を乗り出して、半分叫ぶようにパソコンを押し付ける。勢いに気圧されて受け取ったパソコンの画面はどこかのサイトで、ずらりと匿名アイコンのコメントが並んでいた。
「なになに、和泉三月が奇跡の逸材だった件……?」
――コレ見た? やばくね
――えろい
――誰?
――タイトル見ろ、アイナナ和泉三月
――マ? ロリ巨乳とか聞いてない
――ヤン○ガとかの表紙やんねえのかな
――抜ける
――めっちゃ可愛いじゃん
――最高
切り取られたオレの登場シーンと、延々と続くオレの容姿と身体を褒める言葉の数々。そして時々混じる下品な妄想に、再び頬が熱を持つ。羞恥で震える手で一通り確認し、なるほどそういうサイトかと納得した。今まで全く頓着してなかったオレの身体に、どうやら一定の需要が生まれてしまったらしい。
「これだけじゃないんです、事務所にも普段問い合わせの少ない若い男性から、三月さんの衣装を見直してほしいとか、写真集を出してほしいとか、そういう声がたっくさん届いていまして……!」
「へ、へぇ、そうなのか」
言われてみれば確かに今まで着てきた衣装は、オレの活発さをアピールするものが多くて、露出はほとんどなかった気がする。もしかして、これってオレの新しい武器になんのか? と思い至ったところで、さらに身を乗り出したマネージャーがずいずいっと迫って来た。
「アイドリッシュセブンは男女混合のグループということもあって、若い男性からの支持はまだまだ少ないという現状があります。そこでその層の注目が三月さんに集まっている今! 目に留まりやすい漫画雑誌掲載で、一気に囲い込もうという計画でして!」
ふんすと息巻いたマネージャーの目が、降って湧いた可能性にキラキラと輝いているのが分かる。その瞳を見つめれば見つめる程、段々とオレも乗せられてきて、ちょっとやってみたいなとか思い始めて。
「もちろん、肌を出すというのは良くないという声もあります。私もグループ発足直後ならお断りしていました。でも、今三月さんのギャップを見せることは、プラスに働くと思うんです!」
「……わかった、やってみる」
ここまで言われて、頷かない選択肢なんかなかった。そして何より、自分が必要とされていること、グループに貢献できるということが嬉しかった。何事もチャレンジだしな、そうやってとんとん拍子に決まった撮影の日。
「おはようございまーす!和泉三月です、今日はよろしくお願いします!」
初グラビアに相応しいほどいい天気の元、オレはやる気充分で撮影に挑んだ。気持ちはリングに向かうボクシング選手だ。ここは都内のプール付きスタジオだけど。
少し早めに着いたおかげで、着替えもヘアメイクも準備万端だ。企画が決まった時からこれまで以上に念入りにケアしたおかげで、肌の調子もいい感じだし、きっといい撮影になる。そんな変な確信があった。
「おっ三月ちゃん、おはよう」
オレに気付いたカメラマン、吉田さんがこちらを振り返った。お昼番組のロケでオレを見つけた張本人、界隈ではかなり有名なひとらしいのだが、打ち合わせを思い返してみても気のいいおっさんという印象しかない。デビューがこのひとでよかったな、と改めて思う。
「この日を本当に楽しみにしていたよ、今日はよろしく」
「はいっ、よろしくお願いします!」
慌てて頭を下げる。それを手で制すところにやはりひとの良さを感じた。
「じゃあ今日の撮影の流れは分かってるよね?」
「大丈夫です」
今回の企画は漫画雑誌のお仕事には変わりないのだが、初のグラビアでありながら表紙という大抜擢をしてもらえた上に、なんと巻頭にも数ページ載せてもらえることになったのだ。表紙はスタジオ屋外のプールで、巻頭数ページは室内で。テーマは【和泉三月の新しい魅力に迫る】だ。
まずは日差しが強くなる前に、表紙の撮影から。こっちは今までのオレのイメージに近い健康的な感じで撮る予定だし、着るのも初心者にとってあまり抵抗感のない一般的なビキニだ。ますますこの吉田さんには頭が上がらない。
「オッケー、それじゃあさっそく始めようか」
渡されたサンダルを履いて、屋外のプールに出る。先に出ていたスタッフたちがパラソルの下に案内してくれて、羽織っていたパーカーを脱いで手渡す。季節は秋、肌寒いかと思いきや、天候に恵まれたおかげで暑い程の日差しが降り注いでいた。
「試しに何枚か撮ってみて、慣れてきたらポージング指示するね。プールサイド歩いてていいよ」
「わかりました!」
てくてくと濡れていないプールサイドをのんびりと歩く。ちょっと立ち止まる度にカメラのシャッター音がして、少しずつ身体が強張っていく。
仕事柄見られることも、撮られることも慣れているはずなのに、こんなに自分をさらけ出すのが初めてだからか? なんだかそわそわしてしまって、落ち着きのない心臓がうるさかった。
「よし、この辺でいいかな。三月ちゃん、ちょっとこっち向いてくれる?」
いよいよ本番だ。
「えっと、こう……ですかね?」
「あ、いいね。それ」
三月ちゃんの可愛く見える角度はっけーん。伸びやかな吉田さんの声がプールサイドに響く。言われるがまま、あれこれとポーズを変えて。しゃがんでみたり、振り返ってみたり、髪をかき上げてみたり。そのどれもが、事務所で見た雑誌の女の子たちと被っていく。
オレもあんな風に、なっちゃうんだ。
カシャ、カシャ、カシャ。一枚撮られる度に、まるで何か大事なものが剥ぎ取られていくような感覚。
オレ、本当に需要ある? マネージャーはああ言ってたけど、俺が脱いだだけで集客効果があるなんてわかんないし……覚悟していたはずなのに、果たしてこれでよかったのかどうか、どんどん自信がなくなっていく。コンディションも天候もスタッフにも恵まれたのに、オレのばかばかばか。集中しなきゃって考えるほど、思考はずぶずぶと沈んでいって、当然それはベテランである吉田さんにも見透かされていた。
「……三月ちゃん」
ふいに止んだシャッター音の合間、淡々と指示を出していた吉田さんがワントーン低い声で口を開いだ。怒られる! 咄嗟に出てきたのは、もちろん謝罪の言葉だった。
「ぁ、す、すみません……! 上手く出来なくて」
でも身構えるオレに降ってきたのは、怒りでも叱責でもなくて。
「なんで僕が三月ちゃんを指名したのか分かる?」
「え?」
また再開するシャッター音。
「どう?」
混乱の中、質問の答えを考える。頭をよぎるのは、マネージャーが見せてくれたコメントたち。遠慮のない直接的な表現を思い出して、カッと頬が熱くなった。グラビアモデルにとってやっぱり重視されるのは身体的な理由だろうし。
「胸が大きいから……?」
「二十三点」
「ひっく!」
あまりの酷評に思わず笑う。
「お、やっと笑った」
「……あ、」
ちょっとだけ意識が嫌なもやもやしたものから逸れて、緊張が解れていく。
「次立ったまま、手は腰に。うんうん良い感じ。じゃあヒントね」
メイクさんがすっと入ってきて、乱れた前髪を直してくれる。
「三月ちゃん、お仕事してる時、何考えてる? 特に雑誌とかの写真撮影の時さ」
「えーっと、ファンのこと……ですかね」
「そうそう、それだよ」
意図が掴めなくて、はぁ……と曖昧な返事を返すオレ。そんなオレを見てへらりと笑う吉田さん。
「グラビアやる子って、自分のスタイルや容姿に自信がある子が多いんだよ。そういう子も撮ってて楽しいんだけど、カメラの向こう側に誰かを意識できる子はもっと楽しい」
三月ちゃんはわかってるみたいだね。言外にそう言われている気がして、少しむず痒くなった。小学生の頃、クラスメイトの前で先生に褒められた時のような。
「手はそのままで、顔こっちに。じゃあ基礎は出来てる三月ちゃんに、もう一歩踏み込んでアドバイス」
言われた通りにポーズを取りながら、一生懸命吉田さんの言葉に耳を傾ける。
「レンズの向こうはファンだけじゃなくて、一番この仕事を見てほしい大事なひとがいる。そう思って」
「大事なひと……」
パッと思い浮かんだのは、物心ついた時からずっと一緒に過ごしてきた一織の顔だった。グラビアの仕事が決まった時、一番渋い表情をしていたのに、今朝は快く送り出してくれたのだ。
今日帰ったら真っ先に撮影が楽しかったことを報告したいし、写真が出来上がったら真っ先に見せたい。グラビアでもなんでも、一織に胸を張れる仕事を残したい。
ぐっとカメラのレンズの遠くとおく向こうを見据える。
「うん、いい顔してるよ」
それからは、最後まで震えることはなかった。
*****
「と、まあ、そんな感じで初のグラビアだったんだぜ〜!」
「へえ〜みっきーすごい。見せて〜」
ダイニングテーブルの方できゃいきゃいと純粋にはしゃぐ声が聞こえて、俺はいっそう共用ソファに沈み込んだ。ああ神様、無垢とはなんと罪深いことなのでしょう。
あれからというもの、ミツのグラビアの仕事はうなぎ上りに増えていった。そして反比例していく俺の心労。
いや、マジで考えてみてもほしい。家族同然にも過ごしていた、なんなら全く女として意識したことなかった仲間みたいなポジションのやつが、突然あんな大層立派なもんを持っていると気が付いたら。気にならないわけないでしょうが!
さらに言うと、周りのひとのミツに対する扱いも変わった。今までは元気っ子イメージで、体張るバラエティにも出ていたため、女の子女の子扱いをするのはごくごく一部の人間だけだった。だがしかし、例のグラビアが飛ぶように売れたあとから、ミツの『そういう』路線の露出が増えていき……比例するように下心込みで近付いてくるやつが増えている。くそ、わかりやすくて腹が立つ。
もちろん、自分にも。
「んで、こっちが来週でるやつ!」
「Oh! ミツーキ、セクシーな水着も似合います!」
「だろだろ〜?」
頭の中でうだうだうだうだ考えていても、耳だけはテーブルで繰り広げられる会話を逃さない。来週発売ということは、アレかアレだな。記憶を頼りに目星をつける。あれからというもの、殺風景だった俺の部屋には、ミツ専用雑誌棚ができる始末だ。
「これとかどうよ!」
「え、みっきーこれはヤバいって」
また新しい雑誌でも取り出したのか、テーブルの方がにわかに騒がしくなる。ヤバいって何か、何がどうヤバいんだ! 頼むもうちょっとお兄さんにも詳しく! 思わず寝たふりを解いて、身を乗り出しそうになって、いやいやいや説明しなくてもいいんだけど、と思い直す。
てかなんでお前らそんな純粋な目で見れるんだよ、それでも健全な男子か!? 自然に会話に紛れているタマとナギの精神が信じられない。俺ならそのヤバいらしい水着を妄想しただけで五発はヌけ……いつまでもここにいたら、俺がおかしくなりそうだ。隙を見てしれっと抜け出すか。
などと考えたのがいけなかったのかもしれない。
「そういえば、さっきバンリがヤマトのサンプル持ってきていましたね? あれもグラビアではありませんでしたか?」
「……あぁ! おっさんなんか撮ったって言ってたな」
おいおいおいおいおいお兄さんの話!?
瞬時に思考回路を駆け巡る、ミツのグラビアのせいですっっっっっっかり忘れていた自分のちょっと恥ずかしいグラビアのアレソレ。撮ったの数週間前とかだから記憶の彼方に飛んで行ってたんだけど! 今この流れで持ち出すか。あの〜身内に見られるのはやっぱり恥ずかしいから見ないでほしいというか、できれば見つけずにそっとしておいてほしいというか……。
「ヤマさんの〜? そこにあんよ」
タマー!
ひとが寝てると思って、こいつら……! しかしここで出ていけば、好奇心丸出しの三人に捕まって辱めを受けるのは目に見えているので、俺はさらにソファの上で縮こまった。別に逃げているわけではない。
「どれどれ〜?」
「おぉ〜!」
「ヤマさんすげー!」
途端に上がる歓声にほっとしたようなしないような。おそらく来月発売の女性向けファッション誌の表紙サンプルを見ているらしい。きゃっきゃっと盛り上がっているテーブルの上で、俺のグラビアとミツのそれが並んでいると思うと頭がくらくらした。
「ま、オレの方が筋肉あるけどな」
一通り騒ぎ終わったあと、勝ち誇ったような声色で言うタマ。あのな、現役男子高校生に勝てるわけ……。
「確かになぁ、タマは身長もあるし、やっぱかっこいいよな」
ぐ。喉が詰まった。
「へへん、だろ? みっきー」
「ミツーキ! ワタシも負けてないです!」
「はいはい」
楽し気な会話が一気に耳に入らなくなる。代わりに響くのは、ミツのかっこいい、かっこいい……さっき散々騒いでいた時には一回たりとも俺をかっこいいとは褒めなかったミツが、お世辞でもタマを、かっこいいと。
「おっと、ここーなの時間でーす! ほら早く!」
「えぇ!? オレらも見んの〜?」
時計を見て、慌てて立ち上がったナギに連れられて、ぞろぞろとリビングを出ていく御一行様。を横目に、むなしくぽつりと呟く俺。
「……筋トレ、増やそうかな」
*****
仕事も順調。グラビアも順調。今のところ敵なしの和泉三月。とは自分で言うのもなんだけど、ちょっと怖いくらい物事が上手く行っている。
グラビアを始めた当初は、ファンの反応や知り合いの反応が気になるところではあったけど、概ね好意的に受け入れられているみたいだった。
ミニライブに来てくれるファンも明らかに客層が変わり始めているし、マネージャーが毎度雑誌の売り上げを嬉しそうに教えてくれるのも自信に繋がっている。なによりオレも嬉しい!
「和泉三月……っと」
仕事の片手間に自分の名前で検索画面を叩く。瞬く間にヒットするコメントはいわゆるSNSと呼ばれるもので、時折ちょっと下品なものもあるけど、リアルタイムでファンの感想が見れるから重宝してる。
あとは、身体を見られる仕事をしてるっていう意識は、オレの美容への意欲を燃やし、最近ますます肌の調子がいいんだ。
「本当に、いいこと尽くしだな」
静かな廊下に能天気なオレの声が響く。さっきまでバラエティ番組の収録をしていたから、余計に静寂が身に染みた。
ただ、そんな順風満帆なオレにも、ひとつ気にかかることがあって。
それは……大和さんの態度だ。
まず最近部屋に入れてくれない。掃除や洗濯ものの回収であっても、絶対に他のやつは入るなと言って聞かない。オレ以外のメンバーもだ。まさか猫でも飼ってるんじゃ? なんて噂が現在進行形でまことしやかに囁されている。
次に明らかにオレを避けてるっつーか、距離を置いてるっつーか。知らぬ間に大和さんの気に障ることをしたのかと、恐る恐る尋ねに言ったら、
「ミツはずるい」
と言われてしまった。何がなんだかよくわからないけど、オレは悪くないらしい。だったらいいかと、とりあえずは様子を見ている。
「いーずみちゃんっ」
「わっ!」
突然背中から衝撃が襲ってきたかと思ったら、さっきまで軽口を叩いていたタレントさんだった。狭いテレビ局の中だ、楽屋近かったっけな。なんとなく挨拶周りの時を思い出そうとして、やけにテンションの高い声に遮られた。
「和泉ちゃんさぁ、この後ヒマ?」
そっと肩に回る腕に、むずむずと背筋が痒くなる。グラビアの仕事を始めて、変な絡み方をするひとが増えた。
「あー、仕事なんですよ」
事実なのでそのままを伝えるも、今日の相手はしつこかった。
「何時くらいに終わる? 僕迎えに行くよ、六本木でさ、可愛い子集めて飲もうって話で、あちこちに声かけてるんだよね。ミカちゃんもアユちゃんも来るよ」
うわ、露骨だな!? 呆れる暇もなく、手がさわさわと不穏な動きをし始める。ついこの前まで、場回しの上手い先輩として尊敬していたのに台無しだ!
「だから行けませんって、離してください」
「そこをなんとか〜最初で最後だから! ね?」
「……ッ!」
肩に回った手がするすると下がって、腰をなんとも言えない手付きで撫でまわし、オレが反射で踵に力を入れた瞬間。
「ミツ?」
ふいに角を曲がってきた大和さんと目が合った。固まるタレントさん。一気に怖い表情になる大和さん。そして行き場のないオレの渾身の踵。
「和泉ちゃん、また今度!」
最初に切り抜けたのはタレントさんだった。目にも止まらぬ速さで逃げていく。腰元をまさぐっていた不埒な手は離れ、それにほっと息をついて初めて、知らずに緊張していたことに気付いた。
「ありがと大和さん、助かったよ」
「……おう」
見上げた大和さんの横顔は、今だ怖いままで。余計な心配をかけてしまったと後悔した。
「ミツ、この後は?」
「インタビューが、一本……?」
「終わったら一緒帰るから、控室で待ってなさい」
「……うん」
ぽん、と慰めるように頭に置かれた掌に、あ、久しぶりだと思う。前はよくスキンシップを取っていたのに、最近大和さんがオレのこと避けるから。なんだ、いつも通りに戻ったのか。と思う間もなく、パッと手が慌てて離れていった。まるでさっきのやましい気持ちがあるタレントさんみたいに。
オレ、大和さんのこと怖がったりしねーんだけどな? なんだか納得のいかないまま、ひとまず促されるまま控室に戻った。
随分と疲れたな。ふぅ、と息をついたすぐ後に、インタビュワーさんが到着し、オレはバタバタと仕事へと意識が逸れた。
だから、それを思い付いたのは偶然だった。
「そう言えば、大和さん、前にオレが表紙の雑誌買ってくれてた……よな?」
インタビューも終わって、大和さん待ちの間。ふと目についたのは、よかったらどうぞと渡された例の雑誌の最新号。残念ながらオレは表紙じゃないけど、巻頭に一ページ写真を載っけてもらっている。せっかくいい出来の自信作だし、さっき庇ってもらったお礼にでも持っていこう。バッグに入れたタイミングで、ノックが鳴る。
「ミツ、終わった?」
「うん! わざわざありがと、帰ろう」
まだちょっと不機嫌な大和さん。よっぽどさっきの出来事が腹に据えかねてるらしい。メンバー想いのいいリーダーになったなぁなんて思っていたオレは、大和さんの胸の内など全くと言っていいほど想像していなかった。ただ少し気まずい雰囲気のまま、タクシーの中を過ごした。言葉も少なく、小鳥遊寮に着いて玄関をくぐり、自分の部屋へ続く廊下へ踏み出した時、オレはたまらなくなって大和さんに声をかけた。
「あっあのさ!」
びくりと緑の頭がこちらを振り返る。よかった、こっち見てくれた。まずはそれに安堵して、オレはバッグの中からごそごそと雑誌を取り出した。
「あの、これ、前買ってくれてたやつの、新しいやつ……けっこう上手く撮ってもらったからさ、えーと、その、なんだ、よかったら、」
「ミツさ、いい加減その路線やめたら?」
え、と漏れたのは音だったのか、息だったのか。急にさっきまでどんな顔をしていたのか分からなくなった。表紙に映った、明るい水着を着た女の子だけが笑っている。
「なんで?」
「なんでって」
すい、と大和さんの目が泳ぐ。その態度に、カチンと来た。だいたいずっと理不尽に接触を避けられていたこともあるし、今日こそ全部洗いざらい吐かせてやる! そんな気持ちで大和さんに詰め寄った。
「ちゃんと理由言わねーとわっかんねーだろ」
「……よ」
ぽそぽそ言われても何も分からない。
「聞こえねーよ」
つい語気が荒くなって、荒くなったことを後悔した。
「だからッ、お前のグラビアがどんだけズリネタにされてんのか、わかってんのかよ!」
「ズッ……!?」
一気に顔に血が上って、全身が沸騰したように熱くなる。その言葉が分からないほどオレも子供じゃない。脳裏を駆け巡るのは、一番最初、マネージャーが見せてくれたいかがわしいサイトに書き込まれた言葉だ。
分かってはいた。だけど、実際直接ぶつけられるのは訳が違う。脳をガツンと殴られたような衝撃に、咄嗟に出てきたのは強がりだった。
「い、いや、オレを、ずっズリネタにするやつなんていねーよ!」
「ここにいるっつってんだろ!」
「は、」
ガタンッ!
廊下の先で、扉が勢いよく閉まった。言い争っていたのも忘れ、視線が音がした方へ吸い寄せられる。そこには顔面を赤くして、今度は青くして、また赤くした一織が立っていた。
「一織っ」
「イチ、今のっ……」
弁解する余地もなく、息をたっぷり吸い込んだ一織が叫んだ。
「ちょっと二階堂さん! よくも姉さんにそんな、は、ハレンチなことが言えましたね!?」
「ちょっと待てイチ、誤解だ! そういうつもりじゃ!」
「じゃあ二階堂さんは姉さんにはそういう魅力がないと言いたいんですか!?」
「ちょ、」
「あるから困ってんだろ!? イチも知ってるだろ、雑誌月間売り上げナンバーワン! 流石ミツだよ!」
「落ち着けって、」
「そうですよ、流石私の姉さんです! だったら姉さんのこといやらしい目で見ていいわけあるんですか!? ないですよ!」
「ふ、ふたりとも」
「気になるもんはしょうがないだろ! 一番戸惑ってんのは俺だっての! グラビアやり始めた途端、変な男にばっか絡まれて! ミツはそんな下心に晒されていい人間じゃないだろ!」
「二階堂さんだって同じじゃないですか!」
「そんなこと分かってんだって!」
一織の数倍肺に息を吸って、吐き出す。
「いい加減にしろ―――――――――――ッ!」
こんなに叫んだのは何年ぶりかと思うほどに大声をだした。ような気がする。ようやく止まったマシンガン応酬に、ひとまずほっとして。次に廊下で息切れをする不審な二人に印籠を突きつける。
「しばらくふたりとも、オレに近付かないでくれ……」
*****
「はぁ……」
前から楽しみにしていたはずのとある仕事の日。オレは全くもって楽しめるような気持ちではなかった。
先日大和さんと一織に接触禁止令を出してからはや数日が経っていた。自分から言い出したとはいえ、やりすぎたかな。という気もしないではないが、ふたりのやりとりを思い出す度に、まだぎゅっと胸が苦しくなるので正解だったと思い直す。……ということを何度も繰り返しているのだ。
大和さんオレをずっズリネタ、にしてるって言ってたよな……? そういう対象に見られてるってことでいーんだよな。マジかぁ……。
真剣な瞳で叫んでいる大和さんを思う度に、全身がむず痒くなり、居心地が悪くなってしまう。なんとも形容しがたいコレは、いったいどこから湧いてくるのか。
「落ち着かないなぁ」
「あれ? また緊張してる?」
ひょっこりメイク室に現れたのは、以前大変お世話になったカメラマンの吉田さん。慌てて立ち上がり挨拶をする。
「あ、吉田さん! ご無沙汰してます!」
「こちらこそ久しぶり。また撮らせてもらえるなんて嬉しいよ」
今日の撮影は、吉田さんに再び撮ってもらうグラビアだ。話をもらった時から楽しみにしていた仕事だった。前回の撮影がとても参考になったから、今回もいっぱい勉強していいものを撮ってもらおう。そう思うのに。思っていたのに。
準備はばっちり、いますぐにでも撮影できても、心だけがちょっと追いついていない感じ。
それでも時間は進むもので。ちぐはぐなオレは、水着一枚でカメラの前に立っていた。何枚か撮っては、ポーズを入れ替えさせた吉田さんが、突然くすりと笑った。
「三月ちゃんなんか変わった?」
今日面白い顔になってるよ。
「えっ」
思わずぺたぺたと自分の顔を触って確認してしまう。恐る恐る吉田さんの方を向くと。
「引っかかった。図星?」
と悪戯が成功した子どものような顔をしていた。
「騙されました……」
「そりゃグラビアって裸に近いものを撮影するわけだから、丸裸、つまりなんとなくその人の素性がわかる時もあるし、俺はそれがおもしろくてやってるんだけど、エスパーではないからね」
言いながら、吉田さんは器用にカメラを操って、オレに指示を飛ばす。言われるまま、その場にしゃがんでレンズを覗く。傾げた小首のせいで、さらさらと髪が肩を撫でた。
不思議と言葉がすっと口から滑り落ちた。
「グラビアに反対されたんです」
ぎゅっと肩に力が入って、ポーズが崩れる。
「オレ、けっこう気に入ってる仕事だったから、びっくりして。でも楽しいと思えてたのは、オレが嫌なことを見ないふりしてただけだったって気づいて」
見ないふりというよりも、諦めていたのかもしれなかった。肌を見せる仕事をする以上、下心のある目で見られるのも、あることないこと好き勝手に書かれることも。それを含めて仕事だと考えることにしたんだ。
だから、大和さんにその諦めていた部分を唐突に突きつけられてびっくりした……んだと思う。
でも、大和さんの心配や怒りが、嬉しいとも感じてしまった。
「ふぅん。そのひと、三月ちゃんのこと大事に思ってるんだね。んで、三月ちゃんもそのひとのこと大事だから認めてほしかったんだ」
すっかりポーズを取ることすら忘れて、ついにオレはあっと声を上げてしまった。
そうだ、オレ大和さんに認めてほしかったんだ。
新しい自分の武器を与えてもらって、自分なりに闘って、しっかりと結果を出せているのを分かってほしかった。
認めてほしいのは、大和さんが大事なのは、同じグループのメンバーだから? 怒ってくれたひとだから? それはまだ答えの分からない問いだけど、この撮影が終わったら答えを探しに行けばいい。
「もう大丈夫そうだね。覚えてる? 最初の撮影で言ったこと」
はい、答える声に迷いはあまりなかった。
「カメラの向こうの人は誰?」
ぐっと見据えたレンズのずっとずっと向こう側。オレのために必死になって怒ってくれる、大和さんの顔が見えた。
*****
一通り個人での仕事が終わって、ようやく見慣れた我が家もとい小鳥遊寮に辿り着いた。片手にはいつぞやの日のように、雑誌とビールが入ったコンビニの袋を引っ提げている。
「ただいま〜」
がらんどうの廊下に俺の声だけが響く。あれ、まだ誰も帰ってないのか? いつもならリビングから誰かしらの声が聞こえるし、タイミングが合えば玄関まで出迎えてくれるのに。やけに静かな小鳥遊寮に、なんだか胸騒ぎがしつつ自分の部屋へと急ぐ。
今日は久しぶりにミツのグラビア写真の掲載された雑誌の発売日だったのだ。そりゃもうワクワクしながら全速力で帰ってきた。
ミツへの接触禁止はかれこれ二週間になる。が、その間も俺は相変わらずミツの雑誌を集めることは欠かしていないし、常にインターネットで情報も収集している。さて今回のミツはどんなミツだろうか、勢い余って大きく扉を開くとそこには招かれざる先客がいた。
「あ、おかえり。大和さん」
バタン。
「……は?」
予想外の展開に脳の処理が追いついていない。いやいやいや待って、なんで俺の部屋にミツが? 禁止令解けたのか? もしかして見間違いか? ていうか、ベッドの上に何か良くないものが散乱していたような……。眩暈のしそうな光景を想像して、扉の前で頭を抱える俺。しかし無情にも再び扉は開き、中からミツが出てきた。
「大和さん、入らねーの?」
「い、いや入るけど……」
「そっか、あ、お邪魔してます」
「アッハイ」
なんでそんな普通なんですか〜! これは禁止令の解除かとぐぐっと上がる期待を二週間前の痴態を思い出して抑え込む。あと禁止令は解除しなくてもいいです。これ以上近付いたらまずい。お兄さんのお兄さんが反応してしまう。いいメンバーとリーダーでいるにはこれくらいの距離がちょうどいいのかもしれないから。
「あっ」
ようやく部屋の中に足を踏み入れた俺は、自分の部屋のはずなのに、なぜかぎこちない足取りでベッドへ向かって――絶句した。
「これ、よく集めたな」
俺の秘蔵のミツコレクションが、そりゃもうこれ見よがしに広げられていたのだ。すべての始まりだった例の表紙や、巻頭特集を務めたもの、ピンナップに至るまで、ミツのグラビアのすべてがそこにあった。
「ミツ……えっと、なんで、お兄さん突然すぎてわかんない。ちゃんと説明して?」
流石の俺も動揺を隠せない。そんな俺を見て、ミツは急に真面目な顔をしてこちらに向き直った。
「大和さんの接触禁止令を解除するよ」
「お、おう。ありがとうございます……?」
「それに当たって、いくつか確認したいことがあって来た」
「はい……」
いったい全体何を言われるんだろうと、心臓が嫌な方向にばくばくと鳴り響く。コレクション捨てろ? 仕事に口出すな? 心当たりがありすぎて予想すらできない。
「大和さんはオレでヌける?」
「ぶッ!」
いきなりそっちかよ! 意識し始めてる相手の前で、夜のお供である本人のグラビアを広げられ、そこにこの質問。泣きっ面に蜂とはまさにこのことじゃないだろうか。
「ちゃんと答える!」
「ぬ、ヌけます……」
何か俺の大事なものが失われていくような。哀愁に浸るお兄さんにお構いなく、ミツは続ける。
「でも、オレが消費されることには怒るんだよな?」
「もちろん、ミツの気持ちが伴わないなら、グラビアなんかやらなくていいし怒っていいと思う」
「やっぱ、そうだよなぁ……」
よし。
ミツは今のやりとりで何かを決意したらしい。ぐっと前を見据えて、俺の目の奥、そのもっと中心まで捉えるような、それでいてやさしい視線で俺を見た。
「大和さんがオレのこと大事に思ってくれて嬉しかった。だからオレも大和さんのこと大事にしたいなって思うんだけど、どうしたらいいかな?」
その視線にぎゅっと心が掴まれて、俺は一気に脱力した。
「えっ何」
はあああああよかった! よかった! 心配していたことは、何ひとつ触れられておらず、そこに安心する。
「もっとヤバいこと言われるのかと思って、びくびくしてたんだよ」
禁止令は解くけど一生口きくなとか言われたらどうしようかと。
大げさだなあ、と一仕事終えたような顔のミツを、ベッドに腰かけるよう誘う。広げられたグラビアは視界に映らないところに一時避難させて。しっかりとミツと向き合った。
「わがまま言っていいの」
「……うん」
頷いたのを見届けて、俺は口を開く。
「とりあえず俺がいいって言うまでグラビアの仕事お休みして、最近のミツの周りははしゃぎすぎ。もっと注意して、何かあったらすぐに相談すること」
「はいはい、わかった」
最初は神妙に頷いていたミツが、後半にかけてくすくす笑いを交えてひとつひとつ身勝手なわがままを了承してくれる。
「それと、」
優しいミツにかこつけて、もうひとつ。俺は特大のわがままを言い放った。
「これからミツに俺のこと好きになってもらえるよう、お兄さん頑張ってもいい?」
途端、それまで笑い交じりに聞いていたミツの頬がカァッと真っ赤に染まり、今度は俺が驚く番だった。
「なに、信じてなかったの? 傷つくな〜」
珍しい表情をもっと見ていたくて、追い打ちをかけるとミツは面白いほどあわあわと弁解をしてくれた。
「や、大和さんオレでヌける、じゃん? けど、あの、ほら男の人ってそういう欲と、恋愛って別っていうし、その、大和さんオレのこと、そういう意味で好きなのか自信なかったっていうか……?」
「あ、えっとまぁ、そういう、ことになるな……?」
ついさっきまでかっこよかったミツはどこへやら、一転恥ずかしそうにあれこれ並べるミツの可愛いことと言ったら。本当、ミツはそういうところだよ。
返事は? と急かせば、その可愛い真っ赤な顔のまま。
「じゃあ、……期待してる」
なんて答えるから、改めて自分が、意識している好きな子と自室でふたりっきりという、今どきの高校生みたいなシチュエーションであることを実感する。
もはや、うるさいほど高鳴る心臓が愛おしくもあった。
――三月ちゃん、最近グラビアやんなくなったな
――太ったとか
――事務所の意向だってよ
――マジ?
――元から乗り気じゃなかったんだろ
――くっそ〜好みの身体だったから復帰期待!
「だってよ」
久しぶりに覗いたサイトは、相変わらず本人の意向を無視して好き勝手言い放題だ。
「だめです、お兄さん絶対許しません」
「はいはい」
とまあ、これを可愛く思えてしまうのだから、オレもたいがいなのかもしれない。