解けない魔法

だから嫌だって言ったんだ。
じくじく痛む足は慣れないヒールと細身のストラップでボロボロだし、用意されたドレスは浴びせられたシャンパンでびしょびしょだし、綺麗なお姉さんに施してもらったメイクは涙でもう跡形もない。
こいつに今、抱き抱えられているのだって癪に障るのに、ひっきりなしに漏れる嗚咽で言葉は音にならなかった。
──あんたと住む世界が違うのよ!
引っ掛けられたシャンパンと共に飛んだ罵声は、本当にごもっともで。精一杯繕ったオヒメサマは、本物のそれの前では手も足も出なかった。わかってたつもりだった。それでもこの男のために、自分が少しでも出来ることがあるなら。そう思っていたのに。
「……ごめん」
「何が?」
結局自分に出来たのは、煌びやかなパーティを台無しにすることだけだった。止まらない嗚咽の合間になんとか謝罪をねじ込む。
「おれ、」
続けようとした唇は男の長い人差し指一本で封じられてしまった。暗闇でもわかる琥珀色の瞳が、柔らかく細まって笑みを作る。
「タイガきゅんとってもかっこよかったよ、惚れ直しちゃった」
──だったら、俺がそんな壁ぶっこわしてやる!
「……あんなのっ売り言葉に買い言葉だろ」
瞬きすれば、溜まった雫がぱたぱたと頬を濡らした。それを拭って目の前の男は続ける。
「ううん、タイガきゅんが、自分でそう言ってくれたことが嬉しかったんだよん」
俺っちの方こそ、間に合わなくってごめんね。
謝ってるはずなのに、むずむずと口元を緩めて締りのない顔をしている男がなんだかおかしくて、むかついた。
「…おめぇ何笑ってんだよ!」
「だぁってぇ*突然あんなデレ見せられたらにやけるに決まってんじゃ*ん!タイガぎゅんはわかってないなぁ…まぁそこがいいんだけどさ」
「わけわかんねぇ……」
あの時言った言葉に嘘偽りなんかない。
もちろん今日のパーティは、痛いほどこの男との間に理不尽なほど深い深い壁があることを自分に思い知らしめた。だけどそれは壊せない壁じゃない。少しずつ、自分たちのペースで崩していけばいい。そうすればきっと、隣に堂々と並んで歩ける日が来るはずだ。
もう、涙は止んでいた。泣き腫らした顔を男の胸元にくっつけて呟く。
「もういい、早く着替えたい」
「はいはいかしこまりました、お姫様」
額に降りた唇は、宥めるように優しく、祈るように熱かった。