風邪

「たらいま〜」
お子様がぐっすり眠る時間になって、ようやくの帰宅を果たした僕ちゃんはそりゃもう疲れていた。案の定真っ暗な寮内は、普段の賑やかさとは打って変わって気味が悪いぐらい静まりかえっている。
十王院の方の仕事が繁忙期とはいえ、もう随分寮生の顔を見ていない気がする。なんだか寂しいな〜なんて、恥ずかしいから絶対に言わないけれど。
行儀悪く玄関で靴を脱ぎ捨てて、リビングに向かう。
「えぇっと、電気電気……うぉおお!?」
ぱちり、点いた照明で明るくなった照明に飛び込んできたのは、真っ白な足が、二本。広いソファからにょっきり生えている。
ばくばく鳴る心臓はしばらく収まりそうにない。誰も起きていないと思っていたせいで、想像以上にびっくりしてしまった。
「ちょっと〜もう驚かせないでよねん」
なんとなく予想は付いていたが、恐る恐る回り込んで確認すれば、二本の足の持ち主は完全に寝落ちているタイガきゅんだった。
あぁもうこんなところで無防備に寝ちゃって。明らかになった惨状に頭を抱えて、思わずしゃがみ込む。
寝相でずり落ちたキャミソールの肩紐から、ちらと覗く胸元はふっくらと盛り上がっているし、ショートパンツから覗く足はすらりと伸びて綺麗だ。目線を落とせばめくれたキャミソールの裾から可愛らしいおへそも見え隠れしている。
正直な話、めちゃくちゃ興奮した。しました。
普段強気な真ん丸なお目目が閉じられているせいで、三割増しくらいで幼い顔が最高にそそる。うっ、俺っち何も見てません。ていうか俺っち何度もこの格好は目に毒だからやめてっていったよねぇ!?
「はぁぁ……」
やけに涼しいと思えば、クーラーもつけっぱなしだ。タンクトップにショートパンツの部屋着姿ではきっと風邪をひいてしまう。くぅくぅ聞こえる寝息がなんとも幸せそうで毒気を抜かれてしまう。だけど、ここは心を鬼にして起こさなければ。
「タイガきゅーん、風邪ひいちゃうよん。起きて〜」
揺するために触れた肌は、かなり冷えていてまたひとつため息をつきたくなる。
「っ、ん…ぅ……」
「ぐっ…」
いや分かってるよん、寝息!今のは寝息だよね!ふぅ〜もう僕ちゃんもこう見えて純情な高校生だからねん、ちょっぴり期待したけどまだ大丈夫です〜!気を取り直してもう一回。
「ねぇねぇタイガきゅーーん」
「……ふ、ぁ、」
「ぐぐぐ…」
ね、寝息……とは?ごめんごめん、あまりの刺激に俺っち哲学に入っちゃうとこだったにゃ〜!
ごくり、息を飲んで眠ったままのタイガきゅんを見つめる。つやつやの唇が、誘うように呼吸に合わせて薄っすら開いて。
「バカカケル」
ちゅう。
静かなリビングに響いたのは、確かなリップ音。それは紛れもなく、俺っちと、タイガきゅんの唇から漏れていて。触れるだけのキスは、段々と熱をともなって深くなる。久しぶりの感触にキモチイイが止まらなくて、もっともっとと追いかけてしまう。
「はぁっ、んぅ…」
絡みついてくる小さな舌を存分に味わって、十分に堪能した後そっと唇を離した。
ぼうっと余韻に浸るタイガきゅんは不満気に口を尖らせているけれど、僕ちゃんはそれどころじゃない。
「たたたたタイガきゅん起きてたの!?いつから!?」
「おめぇが起こしたんだろ」
それはそうなんだけどさ、そうなんだけど!まさかタイガきゅんの寝息が、喘ぎ声に聞こえて欲情してたなんてバレたらドン引きされて終わりだ。これは気が付いてないと見ていいのか?聞かれない限り、そのままにしておこう。そう決めた俺っちは、他の話題へと切り替えた。
「ていうか、ダメでしょ夜更かししちゃ〜タイガきゅんは女の子なんだからお肌に悪いよん」
だけど返って来た答えは、別の意味で衝撃を受けることになる。
「……最近おめぇ遅いから」
「え、」
ぽかんと開けた口から、深夜だというのに大声が飛び出した。
「待っててくれたの!?」
「うるせー!!!」
なんてこった、もしかして明日って台風じゃない!?大丈夫!?
突然のデレに対処できなくて頭がパニックを起こしてパンク寸前だ。優秀と名高い専務でも、好きな女の子の前では悲しいかな一人の男の子。こんなに可愛いこと言われたらたまったもんじゃない。
きゅんきゅん鳴る胸が愛しさで溺れそうだ。思わず勢いのまま、もう一度口付ける。
一生懸命応えてくれるタイガきゅんは、むずむず膝頭を擦り合わせて快感に浸っている。無垢なこの子にこれを教えたのは自分なんだと思えば、得体の知れない優越感で心が満たされた。
そうして息を整える暇もなく、何度も何度も唇を重ねて体温が同じになった頃。
「風邪……ひいたかも」
看病、しろ。
真っ赤になった頬で、タイガきゅんがそっぽを向いたままぽつり呟く。
ウンンンンンンンンン完敗!あっさり白旗を挙げた俺っちは、小さなわがままお姫様をたっぷり構ってあげるために部屋までエスコートしましたとさ。おしまい。