はじめて、稽古をサボった日
「……すき、」不意に漏れてしまった言葉は、間違いなく自分の口から発せられた。
夕暮れ、茜色に染まる稽古場で。夕飯までの練習のため、他の団員を待っている時だった。
すみーとふたり稽古場の隅っこで座り込んだ、触れるか触れないかの距離。もどかしくて切なくて、胸がぎゅっと痛んだ瞬間、これが恋だと気が付いた。
気付いたら、ぐわーっと競り上がる気持ちは言葉となって零れ落ちて、ふたりの間に沈黙を作った。なにか言わなきゃ、何か言わなきゃ、そう思えば思う程頭の中は混乱して上手く言葉が紡げない。
「かず、あの、」
先手を切ったのはすみーの方だった。
瞬時に思う。なにも、聞きたくない!
すみーはこういうことには興味がないから、多分友情のことだと思っていつも通り俺もすきだって返してくれるのかもしれないけど。オレが今欲しい言葉はそんなんじゃなくて。流されたりなんかしたら、自覚したばかりのこの恋心はいったいどこに行ってしまうのだろう。
でも、もし、万が一、すみーが今のオレの言葉を告白だと受け取ったとしても、いい返事をくれるとは思えない。だって、オレ、テンテンとかセッツァーみたいにさんかく探し、上手くないし。すみーをいちばん喜ばせてあげることなんて出来ない。自信がない。
そう考えたらもうなんだか止まらなくて、恥ずかしくて。
「かず…!?」
気が付いたら稽古場を飛び出して、廊下を抜け、体当たりで玄関をこじ開けて、夕暮れの街の中を走っていた。
出ていく瞬間、誰かにぶつかりそうになったけど、そんなのお構いなしだ。とにかくあの場に、すみーの前にいたくなくて、逃げ出した。
結局、外見や言葉遣いが変わったって、いくじなしのミヨシカズナリのまんまだ。
このまま、どっかに消えちゃいたい。ぎゅっと瞑った目から、自然と涙が溢れ出した。
その時。
「かずー!!!まって!!!」
後ろの方から聞こえてきたのは、聞き覚えのありすぎるほどよくなじんだ声だった。
「すみー!?ちょ、なんで追ってきたん!?」
「かずがにげるからでしょー!とまってー!!!」
「いやだ!!!」
全速力で走りながら、後ろを追ってくるすみーと大声で会話する。すれ違うひとが何事かとガン見してくるけど、これもお構いなしだ。だって一瞬でも気を抜いたら捕まってしまう。夏組、いやMANKAIカンパニー1の運動神経を舐めてはいけない。
「かず!!!なんでにげるの!!!」
「すみーこそ!!帰って!!!稽古!!!」
「やだーーー!!!!!」
奇妙な追いかけっこを続けるうちに、みるみる寮は遠ざかり。商店街や駅前をも通り過ぎて、川沿いの土手の方まで来てしまった。流石に段々息も切れて、足も縺れてくる。こんなに走ったのは何年振りだろう。きつくて苦しくてギリギリと胸が痛い。どんどんと後ろから迫ってくる声に恐怖を感じながらも、ひたすらに前を向いて走って走って走って。
「つかまえた!!!」
「ぅ、わああああ!?」
「わぁ〜!!!」
こけた。
長時間の追いかけっこに疲れた体じゃ、ふたり分の体重を支えることは出来ず。ものの見事に土手の草むらにダイブしてしまったオレたちは、そりゃもう面白いくらいにごろんごろんと転がり落ちて。ようやく土手の下で落ち着いた頃には、全身土まみれの草まみれになっていた。
「あいたたた…かず、だいじょうぶ?」
「すみーこそ、……って、めっちゃ草ついてるよん!」
「あらら、どこどこ〜?」
「ここ、ここ〜……っぷ、あっははははは!!!」
「あはははは〜!!!」
お互いの泥だらけの顔が、おかしくておかしくて。あれだけ必死に逃げ回っていたくせに、すみーの顔を見たらなんだかどうでも良くなってしまった。
しばらくふたりで笑いあって、そのままごろんと横になる。気が付けばあたりは真っ暗で、夜空には綺麗な星がちかちかと瞬いていた。
今なら、ちゃんと言える気がした。
「……すみー、すきだよ」
思ったままの気持ちが、言葉となって零れ落ちた。だけどさっきとは違って、無意識なんかじゃなかった。ちゃんと気持ちのこもった、好き。
どんな返事が来ても、受け止められる。不思議と、緊張はしなかった。
「おれもかずがすき〜」
「………そっか、」
たぶん、すみーが言う『すき』はオレのすきとは違うけれど。今はまだ、それでもいい気がした。
「かず、帰ろう」
「だね〜、稽古サボったから怒られるかも!マジやばたん!」
「いっしょだからこわくない、こわくない〜」
先に立ち上がったすみーが手を差し伸べてくれる。そのやさしさに、ほんのすこし、ほんのすこしだけ胸が痛んだ。
はじめて、稽古をサボった日
(それは秘密の恋が芽生えた日)