恋と呼ぶには遅すぎる

「茅ヶ崎先輩!」
時計はちょうど真上を指した、正午。お昼時にざわめくオフィスに、その声はよく響いた。ぱたぱたと駆け寄ってくる足音は軽く、いかにも新入社員らしい溌剌とした笑顔は期待で満ち溢れていた。
「何か用?」
さっさと外に出ようと取り上げたクラッチバッグを抱え直す。
分かりきっていても尋ねてしまうのは、その後に飛び出すお誘いの内容を最高に断りたかったからである。
「あのっ…よかったらお昼ご飯、ご一緒しませんか」
ほらね。
ぴかぴかのスーツに包まれた身体は、まだ未成熟で初々しく。だけど先日教育を任された新入社員の中では大柄な方に分類される。力任せに迫られたことはないが、その図体で近付かれると身構えるというもの。何せ、頭ひとつ分差があるのだ。寮で一緒に生活しているやつらと大差ないけれど、親しみがあるかと言えばそうではない。
「だめ、ですか…?」
そんなことを思っている間に、リアクションのない私に焦れたらしい。しゅんと俯いてしおらしい顔で私を伺ってみせた。
大勢の人の前なら断れないだろう、そう踏んだのか。全く鈍感なくせに学習能力だけは高いんだから。
覚悟して薄く紅を引いた口をきゅっと笑みの形にする。
「いいよ、どこ行こうか?」
これが最近、茅ヶ崎至を悩ませる原因になりつつあった。



【恋と呼ぶには遅すぎる】



久しぶりに明るい時間に帰れる。そう信じていたのに、最後の最後で追加された書類のせいで帰宅したのは結局いつもと同じ時間だった。まだ夕飯は残っているだろうか。かろうじて引っ掛けていたヒールを行儀悪く玄関で脱ぎ捨て、汗で蒸れたストッキングに眉を寄せながら談話室を目指す。
「ただいまー」
「おかえり、至」
「あ?茅ヶ崎か、遅かったな」
随分慣れ親しんだこの寮で、多くの団員が過ごす談話室。とっくに日も暮れ、夕飯の時間も過ぎた今、残っていたのは成人している東と左京だけだった。
「ちょっと長引いた」
「そう、お疲れ様」
微笑む東は相変わらず年齢不詳の美しさを放っている。そろそろ美貌の秘訣、教わるべきかななんて考えつつ手元を覗けばお猪口がふたつ並んでいた。
「ふたりで晩酌?いいな、混ぜてよ」
言いながらソファに通勤用のバッグを放り投げる。そのまま腰も沈めてしまおうとして、止められた。
「先に着替えてこい」
スーツが皺になる。そう言った左京の方が眉間に皺が寄っているが、この寮、いや劇団全体を仕切る彼に逆らえるはずも無く。しぶしぶ返事をして荷物をまとめたら部屋へと向かう。
談話室から少し遠く離れた自室は、劇団の中でも少ない女性団員の特権で一人部屋だ。ずりずり、そんな言葉が似合う態度で重たい通勤用バッグを引きずって、なんとか扉を開けば自慢の城への帰還である。
「あーーーもう疲れた、動きたくない…」
地を這うような低い嘆きも、今だけは許して欲しい。明日になればまた綺麗な外面を被って、あっという間に仕事のできるキャリアウーマンに変身だ。小さな頃夢見たヒーローや魔法少女にはなれなかったけど、これも似たようなもんだよなぁ。世知辛い大人の事情はなんとも夢がない。
ふと目に入った、ちかちかと光るスマートフォンの画面で、会社を出る前に消費した体力が回復したことを知る。イベント真っ最中だというのに今日は体力消費で精一杯だった。
「うわ、抜かれてる…クソッ」
確認したランキングは覚えているものよりいくつか下がっていて、無駄なため息が増えるだけであった。なんともついてない一日だ。
「はぁぁ……」
欲望のままベッドにダイブしようとして、左京に言われたことを思い出す。……あれ以上眉間に皺を寄せられるのは見たくないな。だけどベッドが私を呼んでいる。仕方ない、こうなれば奥の手だ。一歩一歩ベッドに近付く度に、ジャケットを脱ぎ、スカートを放り投げ、ストッキングを蹴っ飛ばして、カットソーを脱ぎ捨てる。夢の島という名のベッドにたどり着く頃には、下着姿の茅ヶ崎至が一丁。ついでに髪もほぐしてぐしゃぐしゃである。メイクは後で落とす。たぶん。
「ねむい、おなかへった、でもねむい……」
もごもご自慢の夢の島もとい万年床に潜り込んで息をつく。このまま寝てしまえば楽なのに、空腹のピークを通り過ぎた胃が補給を訴えてしくしく泣くせいでおちおち眠れもしない。きっとこのまま寝てしまえば、明け方空腹に目覚めてしまうことは確かだった。
あー、さっき夕飯残ってるか確認すんの忘れた。
睡魔で朦朧とした頭が、睡眠欲と食欲を勝手に天秤にかけて睡眠欲に軍パイが上がろうとしていた時。
「至さーん、開けていっすか?」
響いたのはノックの音だった。それと聞きなれた団員の声。綴か。
「どうぞ*」
かろうじて絞り出した声で返事をする。それを合図に扉が開き、照明すら付けていなかった部屋に光がうっすらと射し込んだ。
あぁもう、また散らかして。スーツくらいハンガーにかけろよ。とかなんとか、母親のように小言を漏らす様子で、綴がこちらに近付いてくるのがわかった。
ようやくベッドの淵までたどり着いた綴が言う。
「生きてます?」
「………………生きてる」
いやそれ死んでるっしょ。被った布団越しに聞こえた言葉にむっとして唸る。苦笑は多めに見てやるけど、勝手に殺すな。
「なんか食べれそうっすか?夕飯残してあるんすけど」
「………カレー?」
反射的に問いながら、そういえば今日は玄関に入ってもカレーの匂いはしなかったなと思い出す。
「いや、今日は俺が当番だったんで、」
「もってきて」
「あんたねぇ……」
「見ての通り、私はもう動けませーん」
すっぽり布団を被って、自分からは動かないアピール。すると綴は、音もなく立ち上がってひとつため息をついた。
「わかりましたよ、持ってくりゃいいんでしょ」
「わかればよし」
その大きなため息は見逃してやろう。
軽口を叩いて部屋を出ていく背中を見送って、ロード画面で止まったままのスマートフォンを取り出す。綴が戻ってくる前にイベントクエストだけ周回しとくか。
慣れた調子で操作を進め、ポイント稼ぎに勤しむ。ランキングを抜かされたとはいえ、追い上げ出来ないほど差をつけられた訳ではない。週末の休みに集中してやろう。お気に入りのキャラで固めたユニットで、難易度中あたりのクエストに連続して挑む。この当たりなら思考が死んでいても、ミスすることは滅多にない。繋がったコンボに機嫌も良くなってきた頃。
ピコン。
『こんばんは、夜遅くにすみません!茅ヶ崎先輩お疲れ様です!』
軽快な音を立てて、ゲーム画面に滑り込むLIMEの通知。送り主は昼間の後輩である。こういうのは無視無視。既読も付けずに明日の朝、ごめん昨日寝ちゃってた*とか送ればいい。そう思ってゲームに戻ろうとしたものの。
ピコン。
『今お時間大丈夫ですか?』
ピコンピコン。
『今日の作業でくわしくお聞きできなかったところ、少し伺いたいです。』
ピコンピコンピコン。
『よければ通話の方が嬉しいんですが…』
ピ、
「だーーー!?もううるさいな!」
止まらない通知は、いくつものメッセージを次々に運んできて画面を圧迫する。おかげで操作ミスの連発、画面はとっくの昔にゲームオーバーを示していた。
「あぁもう最悪」
見たくもないメッセージは、未読のまま。気分転換にもう一度同じクエストを回るものの、すっかり切れてしまった集中力のせいで思ったようにポイントは伸びなかった。
ゲームアプリを閉じて、溜まった通知をぼんやりと眺める。
春になって新入社員が入ってきた。自分もオフの日は干物オタクをやってはいるが、スイッチが入ればこれでも一流の商社ウーマンだ。働きぶりを買ってくれた上司が、その中の数名を後輩として私の下に付け、私は教育係をすることになった。
そこまではよかった。
どうにも、その後輩のひとりに随分と気に入られてしまったらしい。
ここの所外回りは必ず付いてくるし、毎日のようにランチに誘われるし、LIMEはひっきりなし。一緒に働いている同僚は、私が人付き合いの悪いやつだと知っているけれど、新入社員である後輩はそんなこと露も知らない。だからだろうか、遠慮のないアピールに正直仕事よりも疲れていた。
「至さん、飯もってきたんすけど」
思考がずぶずぶと沈み始めたタイミングで、再び綴の声がした。本当に部屋まで運んできてくれたようだ。
「マジか。さんきゅー」
入っていいよ。
私の返事を待って開かれたドアからソースのいい匂いがして、一気に空腹を感じてベッドから起き上がる。と同時に綴が部屋の照明を付けて、ぎょっとした顔で叫んだ。
「ちょ、至さん!服!」
「は?……………あ、」
言われて見れば、下着だけ身につけたほぼ全裸の身体が目に入る。スーツを脱ぎ捨てたあと下着のままベッドに潜り込んだことをすっかり忘れていた。
「なんか着ろ!」
「わぶっ」
投げつけられた部屋着用のスカジャンが見事顔面に命中する。有難くそれを頂戴して羽織り、ベッドを降りようとして、チャックを上までしっかりと閉めた。決して綴の気迫が恐ろしかったからではない。
「ったくあんたは…入室許可出すならちゃんとしてくださいよ」
「ごめんって、まぁ別に減るもんじゃないしいいでしょ」
「はぁぁ………」
ため息をつかれた。
だって本当のことだ。別に綴に見られて困る身体でもないし、減るものでもない。顔はいいかもしれないけど、体型が素晴らしいかと言われればまぁ人並みだし。綴はこう…実家の兄貴みたいに身内って感じだから、恥ずかしがる理由もない。残念ながら。
「ねぇそれよりご飯。今日は焼きそば?」
綴は追及を諦めたのか、またひとつため息をついて持っていたお盆をローテーブルに置いた。
「そっすよ、お口に合えばいいっすけど」
「綴が作るのはなんでも美味しいから大丈夫」
いただきまーす。ちゃんと手を合わせて箸をとる。未だ湯気を立てる焼きそばをひとすくい。んんん美味しい。疲れた身体に栄養が行き渡るこの感じ、何度経験しても至福の時だ。
焼きそばを食べている私の後ろで、性分か律儀に部屋を片付けている綴が何か気がついたように振り返った。手にはベッドに放置していたスマートフォンが握られている。
「至さん、なんかLIME通知来てるっすよ?ほら」
「……あー、それはいいの」
「そうなんすか?なんかめっちゃ来てますけど」
「急ぎじゃないからいい」
「そっすか」
スマートフォンを手渡して、興味なさげに綴がまた作業に戻る。
あいつ、まだ送ってきてたのか。クソ、いい加減ブロックしてやろうか。残業してたとはいえ、こんな深夜に連続でメッセージ送り付けるのもどうかと思うわ。
せっかく綴のご飯で機嫌が回復していたというのに、一気にまた引き戻されてしまった。気を取り直してひとすくい、口に運ぼうとして。ピコン、と間抜けな通知音に再び遮られる。落ちる一瞬の沈黙。そしてさらに続く通知音。ピコンピコン。
「至さん、あの、」
「うるさいわかってる」
あぁもうどうして!怒りに任せてキーボードを数回フリック。宛先はもちろん件の後輩で、内容はもう寝るから明日聞く。簡潔かつ期待を持たせない返答が肝心だ。見たくない通知に邪魔されるよりかマシだと思い、そのまま電源を落として通勤鞄にナイスシュートを決めた。
「……なんかあったんすか」
流石に綴もただならぬ気配を感じとったらしい。いつ食べたかもわからないポテトチップスの袋を持ったまま、恐る恐る聞いてきた。
「あー…、」
話してしまえば少しは楽になるか、なんて一瞬思ってしまったけど、年下の男の子、ましてや身内みたいな子にこんな話してどうする。そんな気持ちの方が勝って、口を噤む。正直、こんなこと一度や二度じゃないし。結局曖昧な笑みを浮かべることで誤魔化した。
「ちょっとね」
「……そっすか」
変な間の後、綴はそう返事をしてまた掃除に戻った。部屋には私が焼きそばを啜る音と、綴がごみを集める音だけがしばらく続いた。
「至さん」
最後のひとくちを口に入れた時、綴がふいに名前を呼んだ。その口調が少し真剣さを含んでいたせいで思わず綴の方を振り返ったけれど、綴は相変わらず器用に部屋のごみを分類していてこっちを見てもいなかった。ちゅるん、ソースの絡んだ麺が口の中に吸い込まれていく。それをちゃんと飲み込んでから、問う。
「なに」
綴の手の中で、ペットボトルの空気が抜けてぺしゃんこになった。
「……いや、なんでもないっす」
返ってきたのは、さっきの私と似たり寄ったりの答えだったけど。
「あっそ」
テキトーに返事をして空っぽになった皿をずい、とテーブルの脇に追いやりうつ伏せる。腹が満たされたら後は睡魔に身を任せるだけ。心地よい疲労感は簡単に睡魔の淵へ意識を誘った。あっけなく陥落した私は、白旗の代わりに寝息を立てながら沈んでいく。
「寝るなら風呂入ってからにしてくださいよ」
綴が遠くで何か言ってる気がするけど、もう半分もわからない。ずるずる溶けていく理性が歯磨きしなきゃ、メイクも落としてないぞとか騒ぎ立てるのに、うるさい寝かせろと叩き返して目を瞑る。いや、正確にはほとんど閉じていた。
そういや、ごちそうさまって言ったっけ。
夢に片足突っ込んだ意識がそう思ったのを最後に、私は意識を手放した。
ピコンピコン、もう鳴ってないはずの通知音だけが、やけに頭の隅から離れなかった。



*****



それから数日経った、夕食の席のことだった。
仕事もようやく区切りが付き、久しぶりに春組揃っての食卓。いつも通りカレーをこしらえた監督が席についた途端、いつもと違う神妙な面持ちで話を切り出した。
「至さん、最近何か隠してるでしょ」
羨ましいくらい大きな瞳がじっと真向かいの私を見据える。なんだか嫌な予感がして、素知らぬ顔をした私は、カレーを一口スプーンですくって頬張った。ううん、うまい。スパイスの効いた監督さんこだわりのカレー、今日は一段とコクが深いな。これがたまにだったらいいんだけど、今回はなんと5日連続のカレーである。
「何も隠してないよ」
口にした瞬間、監督の隣に座っていた綴の視線が、ちらとこちらに向いた。それを無視してまたひとくちカレーを掬う。嘘はついていない。監督に迷惑かけるようなことでは、隠し事なんかしていない。
隣に座るシトロンが諭す口調で言う。
「イタル、嘘はよくないネ」
「そうですよ、至さん」
一向に口を割ろうとしない私の態度に、咲也までが困ったような表情を浮かべていた。ちょっと、それは堪えるな…だけど、思い当ることと言えば、例のしつこい後輩の件ぐらいで、あれは仕事の話だし監督たちには関係ないことだ。
そう思ってだんまりを決め込んでた私に、監督が続けた。
「至さんには言ってなかったんだけど、最近寮によく訪ねてくるひとがいるの」
「へぇ」
さも興味ありません、という風に適当に返事をすると、監督から思いもよらぬ言葉が飛び出した。
「その人、至さんの会社の後輩って名乗って、至さんにちょっとでもいいから会わせてくれないかって言っててね。もう何度か来てるんだけど、けっこう押しが強くて」
「……は?」
ぽと、と掬ったばかりのカレーが、スプーンから落下する。いま、なんて。
「まぁ、その時に限って至さんいなかったし、なんとかお引き取り願ったんだけど」
何か心当たりある?
背筋に薄ら寒いものが一気に駆け上がった。心当たりなんてひとつしかない。あの後輩、まさか劇団まで突き止めてやがったなんて!ついさっき監督や団員には関係ないと切り捨てた案件が、とっくの昔に迷惑をかけていたと知り、その事実に頭がついていかない。粟立った肌を震える手でさすったけれど、もう誤魔化しようがなかった。
「……その様子だと、やっぱり心当たりあるみたいだね」
はぁ、とため息をついた監督だったが、黙っていた理由については追及しなかった。されなかったことに安堵していると、今度は様子を窺っていた咲也が言いにくそうに口を開いた。
「僕たちも普通のファンのひとなら、こんな風に言わないんですけど……えっと、その、あのひとちょっと変で、なんというか、」
「気持ち悪い」
「真澄、お前が言うな」
「きっと放っておいたら、スカートになるネ!」
「ストーカーな」
どうやら随分心配をかけてしまったらしい。矢継ぎ早に伝えられた印象は、どれもあまり良いとは言えないものだった。最近会社で話しかけられないなと思っていたら、まさか別方面からアプローチを試みていたとは。きっと下手に仕事が出来て信頼が厚いから、私のことを知っているやつが劇団のことをバラしたんだろう。その熱量を別のことに使ってほしいものだ。
とにかく、と前置きした監督がまっすぐ私を見て言った。
「ストーカーかどうかはさておき、しばらく至さんはひとりで行動するのを避けた方がいいんじゃないかな」
「そうダヨ、なるべく誰かと一緒がいいと思うネ!」
当事者を置いて勝手に話を進めていく監督たちは、私にひとり護衛を付けるべきだとか言い出した。寮と会社の行き来はどうしてもひとりになってしまうから、その間が一番心配だとも。とりあえず話を聞いていた私は、どんどんいたたまれなくなって口を挟んだ。
「……気持ちは嬉しいけど、それは難しいんじゃない?」
「どうして?」
「いや、だって迷惑でしょ」
話を聞く限り、誰かが毎日私の送り迎えをすることになる。寮から会社まで近いわけでもないし、稽古や学校や仕事やらで忙しい団員の貴重な時間をこれ以上削るわけにはいかない。正直、この件について話さなかったのも、まだ事が大きくなかったこともあるが、一番は団員に迷惑をかけたくなかったからだ。だから断ろうと思った。まだ今の段階ならひとりでもあしらうことが出来ない訳じゃない。劇団を知られたのは痛かったけど。
だけど監督は私の意思を、断固として受け入れなかった。
「迷惑かどうかは、至さんじゃなくて私たちが決めます。いくら会社の後輩とはいえ、ここまで来ると何かあってからじゃ遅いでしょ?至さん、たまには頼ってください」
常日頃、決断力があるとは思っていたが、こんなところで発揮しなくても…と項垂れる私を隣のシトロンが慰めてくれる。今すぐ部屋に帰って布団かぶって不貞寝したい。なんなら一生引きこもってたい。
「じゃあさっそくだけど、至さんを送り迎え出来るひとを探さないと!」
話を放棄した私に変わって仕切り始めた監督。それに便乗した咲也とシトロンが条件を上げ始めた。
「えーっとまず、至さんの会社に通えるひとで…」
「職場が近くだといいですよね!」
「高校生は若すぎるヨ!ナイトにするならもう少し大人がいいネ!」
「それなら、大学生以上ってことかな…ううん、私も手助けしたいところだけど同性だと万が一の時役に立てないかもだし」
「ですよね、やっぱり男のひとの方が」
「あとはちょっと退学がいいとさらにグッドネー!」
「えっと…体格?かな?」
「真剣に考える監督も可愛い…」
「ちょっと真澄くん」
内容が雑多になり始めた頃、それまで黙っていた綴が口を開いた。
「えっと、ちょっといいすか。今までの話をまとめると、」
大学生以上の男性で、至さんの会社に近い職場か学校で、体格がいいひと…ってことっすよね。
きっちりまとめられた内容に、うんうんと頷く一同。だけど綴はそんな一同を見渡して、ううんと唸って見せた。
「あの……そんなひといるんすか?」
途端にうっ、と詰まった空気の中、真澄だけが涼しい顔をしてカレーを頬張っていた。沈黙した食卓に真澄の咀嚼音だけが落ちる。くそ真澄め、他人事だと思って。しかし冷静になった面子に、これ幸いと私も綴に続いて反撃する。
「ほら綴の言う通り、そんなひとこの劇団にいないじゃん。だから、」
「いや、いる」
でもその言葉は最後まで言わせて貰えなかった。一瞬ほうけていた監督が、突如瞳に強い光を灯して頷く。監督がちらと隣に目配せした瞬間、咲也やシトロンまで力強い頷きを返した。
「…! いるネ!」
「いますね!」
「ちょ、ちょっと待って、」
なんとなく察した私は、次に続くであろう言葉を慌てて止めようとする。が、抵抗虚しく一同の視線は、監督の隣で未だ首を傾げていた綴に注がれた。
「綴くんがぴったりじゃない!」
「えええええっ」
かくして、監督に逆らえるはずもない綴は、後輩の一件が片付くまで、私の護衛もとい恋人(仮)に就任することとなったのだった。