予定不調和
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文字っ。『俺、今日は彼女に晩飯作ってもらうんだよ』
『また惚気かお前』
『やべ……』
「「お疲れさまです!」」
この廊下の先から話し声が聞こえてきた。セクターごとに警備をしている、支社の出入り口を任された兵士だろう。オレの靴音が聞こえたのか、慌てた声すら筒抜けだ。
オレの姿が見えれば背筋を正して敬礼すると、揃った声でそう言った。
「……不備のないように」
堂々と建物の出入り口から侵入する輩もいないだろうと、釘を刺すだけに留める。後ろでツォンが小さく溜め息をついた。
これからヘリでミッドガルへ戻るつもりだが、搭乗して飛び立ったところで、兵士の会話を思い出した。彼女に晩飯を作ってもらう、か。
恋人の顔が浮かぶ。短く切り揃えられた柔らかい黒色の髪。優しくも、凛と輝く深紅の瞳。笑えば人懐っこくその目尻が下がる。その表情を思い描けば、自然と口元が綻んだ。ガキのころに感じた、想像もしないほどの相手への興味と強い憧れ。彼女の、#リク#の作る食事か。オレも食べてみたい。
彼女の作るものなら信用できる。なにかを企むような人ではないのは、明らかだ。頼めばありつけるだろうか。だがまずは、久方ぶりに食事に誘ってみるか。それすらままならないほど、最近は忙しかった。できることなら、一夜を過ごせるといいが。
今日は週末だ。本来なら一般社員は休みにしている。腕時計を見やると、今はまだ正午を少し過ぎた辺り。今から連絡を取れば、夜には会えないだろうか。明日はいつぶりか、ゆっくりできるだろう。
――突然ですまないが、今日の夜に会えないだろうか。問題ないようなら、18時に迎えにいく。
返信ばかりで、彼女から送られてくることはほとんどないメッセージ。まず最初のイメージの相違はそこからだった。しつこいほどに連絡先を聞き、用もないのに連絡をしてくることがない。余りにも多いとうんざりするが、これは少し味気ない。
――予定はないので大丈夫ですよ。18時ですね。待ってます。
数分経って送られてきたメッセージは華美さのカケラもない。#リク#らしいと思ってしまう。これを打ち込んでいる彼女は、一体どんな表情しているのか。
――何を食べたいか考えておいてくれ。
――わかりました。楽しみにしてます!
それ以降は何かが送られてくることもなく、いつも簡潔に終わる。さて、約束も取り付けられたことだ。何を食べたいと言うのかシミュレーションしながら、頭の中に店をリストアップしていく。そうして本社に戻ってからの仕事を片付けた。
時計を見ればいい頃合いか。そろそろ迎えにいくとしよう。先に連絡しておくか。
――今から向かう。20分ほどで着く。
――いつでもお待ちしてます。お気をつけて。
駐車場へと下りて、自分の車へと向かう。普段は運転手がいるが、数少ない自由な時間だ。#リク#を助手席に座らせるのは悪くない。
弐番街にある彼女の住む社宅アパートへと着いてドアチャイムを鳴らすと、中からパタパタと走ってくる音が聞こえた。ドアの前で立ち止まったのだろう、その足音が消えてすぐにドアが開いた。#リク#が支えているドアを引き受けて、肩で押さえる。
「いらっしゃいませ、です。お仕事、お疲れさまでした」
「ああ、ありがとう。それと、外を確認せずに開けたな?」
「ぁ……」
満面の笑みで迎えたのが、オレじゃなければどうするつもりだったのか。#リク#がしまったと言ったように小さな声を上げた。
まあ久しぶりに会えたんだ、今日ばかりはいいかと#リク#の頬を指の背で撫でた。目を細めて、首を窄めるのが可愛らしい。そのまま顎へと滑らせた指で上を向かせて、細い腰を抱き寄せると唇を重ねた。
「ん……」
驚いたのか#リク#が鼻から声を漏らして、一瞬体を強張らせたが、すぐに力が抜けて目を閉じた。まだ慣れはしていないのだろう、緊張した震えが伝わってくる。
久しぶりの仄かな甘い香り。安らぐと同時に、重ねた柔らかい唇にもっと欲しくなる。だがまず先に、誘った約束を果たさねばなるまい。
ただ重ねただけでも息の仕方が分からなくなっている#リク#を解放すると、水面から顔を出したように彼女が息を吸った。
「玄関、です……」
息を整えながら、見られたらどうするのかと言いたげな#リク#に、そうだなと軽く笑う。ドアもオレの肩で止まっていて、開いたままだ。まあ、俗な雑誌にスキャンダルが載った所で、水面下で収めることも可能だ。
「で、食べたいものは決まっているのか?」
ムッと膨れて口先を尖らせているそれを指先でなぞる。#リク#がハッとして顔を逸らせた。今しがたのキスを思い出したのだろう、耳が赤い。だが、すぐに文字通り頭を振って、切り替えたようだ。
「オムライスが、食べたいです」
にっこりと屈託なく笑って返ってきた答えに面食らってしまう。そうだった。調子が狂うが、決してコース料理に連れて行けと言うような子ではない。理解していたはずだが、それでも想定していない返答に、頭の中に描いていた店のリストが役に立たない。
「オムライス、か……」
思わず、堪えられなかった笑いが漏れてしまう。くすりと笑うつもりが、声を上げて笑ってしまった。
「あ、の……」
笑いが止まらなくなったオレを、#リク#が困惑した顔で見上げている。肉、魚介、パスタやピザ、その他地域の食事も考えていたのだが、まさかオムライスとは。
「分かった」
「他の、でも……」
「いや、すまない。食べたいものが可愛くてな。オムライスを食べに行こうか」
「はい……!」
嬉しそうにはにかむ#リク#を連れて、車の助手席へとエスコートする。ドアを閉めてやり、参番街に確かいい店があったなとオレも車に乗り込んだ。
緊張で縮こまっているのをほぐしてやろうと、服が似合っていることを伝える。先日、一緒買いに行ったものを着てくれていた。気に入ってくれているようで良かった。
#リク#が少しずつ、ポツリポツリと口を開き始めた。仕事のこと、最近読んだ本のこと。素敵だと思ったカフェを見つけたが、1人では入る勇気がなかったこと。ならば今度は一緒に行こうなどと返して、#リク#のことを聞けば言葉で答えが返ってくる。
あんなに喋りたがらなかった子が、始終笑顔で楽しそうにここまで喋るようになるとは。もっとこんな時間を重ねていければいい。空いた時間を埋めるための、#リク#との時間。
それはレストランに着いても変わらなかった。店の雰囲気に萎縮しながらも、メニューを渡されれば睨み合っている。デミグラスソースかホワイトソースかを悩み、デミグラスにやっと決めていた。だから、オレはもう片方のホワイトソースを頼むことにした。
「うわぁ。卵、とろっとろ!」
食事が運ばれてきて、チキンライスの上に載った卵をナイフで割り開けば、卵のカーテンを被ったオムライスに目を輝かせる。デミグラスソースをかけて一掬いを食べたら、もっと笑顔になった。
「美味しいですね!」
「ほら、こっちもどうだ? 悩んでいたんだろう」
「でも、いいんですか?」
「そのために頼んだ。食べたいものを聞いたのは私だ。ほら」
オレもスプーンに一掬いして、口元へと運んでやる。少し悩んだ#リク#が、それでも口を開いて食べた。ふふっと笑って、嬉しそうにしていた。
嬉しくて気づいていないのだろう。いつもなら恥ずかしがるだろうに、自分のもどうかとスプーンを差し出してきた。これならば次回から普段の店は、#リク#にとって特別な日以外はリストから外すことにしよう。
他愛無い話を続けつつ、食後のコーヒーを飲みながらウェイターに支払いを頼む。伝票にチップの額を書き込んでカードとともに渡した。案の定、#リク#が声を上げた。
「ルー、ダメ、ですよ……」
戻って来たウェイターから受け取り、確認してサインをした。
「もう遅い」
財布を出そうとする#リク#をニヤリと笑って制する。
「私が誘ったんだ。気にすることはない」
「ですけど……」
「ならば、頼みがある」
あの兵士の会話内容を、これを出しに使うのは、卑怯だろうか。
「なんでしょう?」
「#リク#の手料理が食べてみたい」
「え? 私の、ですか?」
「ああ。いつでもいい」
「私が作ったもので、いいんですか……?」
目を伏せて不安そうにするのは、普段の自分に自信がないのだろう。それとも、オレを相手にしているからか。社長という肩書きがネックなのであれば、捨てることは無理でも、それを感じさせないように振る舞うくらいのことは努力する。#リク#の隣にいたいと願ったのは、ガキのころのオレ自身なのだから。
「#リク#が作ったものが食べたいんだ」
「わかり、ました……。あまり凝ったものは作れませんけど、頑張ります」
「ありがとう」
まだ自身なさげに、それでも作ると約束してくれた#リク#に頷く。予定を開けられるようにしておかなければ。珍しく楽しみができたことに、不思議な感覚になる。
#リク#もコーヒーを飲み終わって、そろそろ出ようかと促した。
「食事、ごちそうさまでした」
「ああ。他にどこか行きたい場所や、したいことは?」
店を出てそう聞くと、#リク#は考えるよう首を傾げた。そして少し考えたのちに、首を横に振った。ここまで来れば、逆に想定通りだ。彼女を探すうちにオレの中で出来上がっていたはずの模範解答が、正答にならない。少しずつ新しいものへと書き替えられていく。
「それに、ルーはお仕事で疲れてますよね?」
「キミに会えればそんなものは吹き飛ぶ」
「え、あ、……え? じ、じゃあ、あの、ルーは……?」
言葉を渡せば恥ずかしそうに戸惑う姿が可愛くて、本気ではあってもつい遊んでしまう。そうしながらも申し訳なさそうな顔で、#リク#がオレを見上げた。
「私は、まだ#リク#を帰したくない」
そう告げれば目を細めて、頬が微かに赤らんだ。
「時間は大丈夫ですよ。明日も休みですし。どこか、行きたい所があるんですか?」
ああ、これは……。笑顔の#リク#の答えに、オレの意図を理解していないのだと気付く。目を細めたのは、恥ずかしいというよりかは、嬉しくて、か。常々、鈍いとは思っていたが、やはり遠回しではダメか。流石にこのまま部屋に連れ込めば、騙したのと同義だ。
警戒心がないのか、それともそれだけ信頼してくれているのか。まさか、会えなかった期間に、恋人という認識に齟齬が出ているわけではないと思いたい。#リク#が違うのなら彼女に準ずるが、愛おしい相手に触れたいと思うのは、オレだけなのか。
「#リク#、騙したようになりたくはないから先に告げておくが……」
「はい……?」
不思議そうに首を傾げる彼女に続ける。
「私は久しぶりにキミと夜を過ごしたいと思っている。#リク#に触れたいのだが、許してくれるだろうか」
「あ……」
#リク#の顔が、先ほどよりもみるみる赤く染まっていく。耳どころか首のほうまで赤い。固く目を瞑って俯くと、恥ずかしさに震えながら#リク#が小さく頷いた。この反応を見て、先日の際で嫌になったわけではなくてよかったと安堵する。今日は流石に焦らないだろう。
オレの恋人を誘うには、なかなかスマートにいかないものだな。そう考えながら、顔を上げられなくなっている#リク#を連れ帰った。- 10 -*前 次#ページ:
Moon Fragrance