ドラマみたいな土砂降り

ざあざあと地面を叩きつける雨粒が激しい飛沫を上げて水たまりを揺らす。
学校からの帰り道、突然の雨に驚いて近くの公園へと飛び込んだ私は木のベンチが設置されたガゼボの下へと避難し、濡れたスカートの裾を軽く払った。こうなると知っていたら家を出るときちゃんと傘を持ってきたのに。カバンをベンチの端に置き、引っ張りだしたハンドタオルで顔を拭いて頭や肩、濡れた部分も順に拭いていく。あらかた水滴を払い落とし落ち着いたところで、ふぅ、と息を吐きながらベンチに腰掛ける。と、その時、公園の入り口から走ってくる人影に気がついた。
腕で隠れて顔がよく見えないけれど、身を包んだ制服の身なりからしてどうやら同じ学校の男子生徒らしい。きっと彼も雨宿りをするために公園へ飛び込んだのだろう。しかし、お世辞にも広いとは言えないこの六角形の屋根の下で、いつ止むかもわからない雨を知らない人と共に凌ぐというのは少々気まずいものがある。
私はなるべく相手の顔を見ないように視線を落とし、屋根の下へ飛び込んできた男の子の気配に少しだけ身を強張らせた。

「ふー……」

雨の音だけが聞こえる八角形の空間に私以外の吐息が加わった。彼の口から静かに吐き出された息は走り疲れたことからくるものだろうか、それとも雨宿りができたことへの安堵のため息だろうか。いずれにせよ、隣に人がいるということを私に意識させるには充分なものだった。
ブレザーを脱ぎ、バサバサと水滴を払う様子を肌で感じる。同じ学校の人ならもしかすると知り合いの可能性はある。チラ、と横目で彼の顔を確認するとそれが予想外の人物であったことに驚いて、思わず声が出てしまった。

「えっ」
「……あ」
「あっ、あ」

かち合う視線。隣のクラスの寺沢槙人くんがそこにいた。寺沢くんも私の顔に見覚えがあるのか何か納得した様子で私に向かって軽く会釈すると、水滴を払ったブレザーとカバンをベンチの上に置いた。

「……苗字さん、だよね」
「う、うん」

話しかけられた事実に心底驚いた。
しかも名前まで知られているとはなんということか。話しかける勇気が持てず日頃ひっそりと陰から見守っているだけの好きな人がこんなに近くにいるだけで心臓が口から飛び出そうなのに、あまつさえ話しかけられ、名前を呼ばれてしまった。どうしよう、今私はどんな顔になっているだろうか。変じゃないといいけど。

「苗字さんも雨宿り?」
「あ、うん。そっ、そうだよ!」
「そっか」
「て……寺沢くん、あの、えっと……あ! タオル! タオル使う!?」

思わず差し出してしまったハンドタオルは、さっき私が自分で使ったせいでほんのりと湿っている。色んな意味でやってしまったと後悔するより先に、寺沢くんが「ありがとう」と言って私の手からタオルを受け取った。
雨は私達を閉じ込めるように相変わらず降り続いている。

「タオル、洗って返すよ」
「気にしなくても大丈夫だよ!」
「いや、洗って返す」
「じ……じゃあ、おねがいシマス……」

それきり私達の間に会話が生まれることは無く、寺沢くんはポケットから取り出した携帯でゲームをし始め、それを邪魔できるはずもない私もなんとなく携帯画面を見つめたり、地面を跳ねる水飛沫を眺めてみたりと結局、スコールが通り過ぎるまでの時間で私達の仲が進展するなんて少女漫画やドラマみたいなロマンスは起こり得なかった。

「寺沢くん、雨、止んできたよ」
「ん。ほんとだ」

それでもこれは、大きな一歩なのでした。