傘の中の晴天

「やっちゃった」

下駄箱より向こう、ドアの先に見える空は雨雲で覆われ、雨粒のシャワーが降り注いでいる。
この時間から雨が降ること自体は朝のニュースで見て知っていた。ただ、カバンの中に入れっぱなしでいたとばかり思いこんでいた折り畳み傘の姿がどこにも見つからないのだ。こんなことなら昨日夜更かしなんかせずちゃんと寝ておくべきだった。ろくにカバンの中身を確認もしないで飛び出した今朝の自分を呪う。
仕方ない、まだ部活で残っている友達がいたら同じ傘に入れてもらえるか聞いてみよう。溜息を吐き、一度教室へ引き返そうと踵を返すと、真後ろに立っていた誰かに思いきりぶつかった。

「おわ! ご、ごめんなさ……」
「ううん、こっちもごめん」

ぶつかり乱れた前髪を片手で押さえて聞き覚えのある声の主を見上げると、そこには真っ黒なまなざし。同じクラスの槙人くんが私を見下ろして立っていた。

「な、なんだ、槙人くんだったのか」
「ん。……そこ、どいてほしいんだけど」
「あ、ごめん」

よく見れば私が立っていたのは丁度槙人くんの下駄箱の前。邪魔だったよねと一歩横にズレて道を開けると、槙人くんは「ありがと」と言って下駄箱から靴を取り出した。彼とは特別仲が良いわけではないけれど、日頃から挨拶を交わしたり、時々他愛もない雑談をするぐらいの距離感を持ったよきクラスメイトである。別に、何も緊張することはない。

「名前ちゃん、もしかして傘持ってきてないの」
「あー……うん、忘れちゃって」
「よかったら傘、一緒に入る?」
「いいの?」
「うん」

えっ、なんだろうこのイベントは。内心驚きつつ彼の様子をうかがうと、傘立てから取り出した紺色の傘を玄関の先で開きながら、槙人くんが「どうしたの」と私のほうへ振り返った。「あ、いや、なんでもない」とハッとして、私も自分の下駄箱から靴を取り出す。まさかクラスメイトの男の子と相合傘のイベントが起きるとは予想だにしなかったな。靴を履いて「お待たせ」と彼の元へ走り寄ると、槙人くんは「ん」と小さく頷いて私のほうへ傘を傾けた。

「へへ……なんか新鮮だねー!」
「うん」

本日雨天、半径数十cmの晴れ模様