涙はやさしく拭い給え

「…………」
「ぐすっ、ずび……ずっ……」
「…………あーもう、いい加減泣き止めよ。気が散るんだけど」

私が彼の部屋を訪れてからどれほど経っただろうか。泣きながら部屋を訪れた女の子を放ってゲームに集中していた佳樹くんも、さすがにこの陰鬱とした空気に耐え切れなくなったのか声を上げた。彼のベッドの脇に体育座りで座り込んで鼻をすする私を佳樹くんは呆れたように睨みつけている。なにさ、そんなに睨まなくたっていいじゃないか。
私がなぜ泣いているのかというと、好きな人にフラれたからだ。ずっと片想いで見つめていたあの人に今日思い切って告白して、見事玉砕の返事を頂いたからだ。私の二年間の恋は呆気なく散った。そして泣きながら幼馴染みの佳樹くんに電話をかけ、勢いのままに今からそっちに行くと一方的に告げて電話を切り、あふれる涙をぼたぼたと垂れ流しながら彼の部屋の扉を叩いたというのがあらすじだ。

「佳樹くん、私はねぇ、フラれて落ち込んでるの。ちょっとぐらい優しくしてよね」
「……うざ」
「またすぐそういうこと言う! 優しくしてってばー!」
「とりあえず鼻水くらい拭いたら」

床を滑らせるように投げ渡されたティッシュ箱が私のつま先にコツンと当たった。柔らかなティッシュを数枚抜き取り顔面に押し付ける。涙と鼻水を拭ってみてもやっぱり悲しくて、拭った先から滝のように涙が出てきた。

「てか、好きなやついたんだ」
「うっ……う……、ずび。うん。いた」
「……同じ学校のやつ?」
「…………うん」

佳樹くんがこんな話題に食いついてくるなんて珍しいな、なんて頭の片隅にふと浮かぶ。もしかすると彼なりに慰めるつもりでいるのだろうか。鼻をかむ私に向かって再度口を開きかけた佳樹くんの言葉を丁度遮るかのようなタイミングで、彼の携帯電話がヴヴ、と短いバイブ音を鳴らした。チラリと見えてしまった画面上の通知にはなんということか、今私が最も目に入れたくないあの人の名前が表示されていた。瞬間、止まりかけていた涙がボロボロとまたあふれ出す。

「ちょ、何泣いてんの」
「だって、だって。……それ」

その人なの。と指をさした通知画面に「槙人」の二文字とメッセージ。佳樹くんはなぜかピシャリと固まり、驚きで声も出ないとばかりにゆっくりと視線を斜め下へ落としていった。

「……好きなやつって槙人のことかよ」

コクリと頷くと、佳樹くんが軽く息を吐いた。彼が気まずく思うのも無理はない。槙人くんと佳樹くんは友達同士だということを私は知っているし、そんな友人達の間に恋愛のゴタゴタしたアレコレがあったとなれば板挟みされる佳樹くんはたまったものではないだろう。

「槙人くんさ、他校に付き合ってる子がいるんだって」
「……」
「だからごめんって……。はは、私全然知らなかったよ……」
「…………」
「……何か言ってよ」

そのとき、目を逸らしたままの佳樹くんの手元で携帯電話が振動した。バイブ音の長さからしてメッセージの通知とは違う、電話の着信なのだろうと推測がつく。黙って画面を見つめ続ける佳樹くんに対して「いいよ、でなよ」と言って後ろを向けば、「ごめん」と言い残して佳樹くんは部屋を出ていった。

そう、そうだね。これが君のやさしさだ。