冬のアルベド


※現パロ
※暗い


かなり雪が積もっている。(かじか)む寒さに身を震わせ、早く家へ入ろうとアパートの階段を駆け上がった。長い廊下は薄暗い電気に照らされている。一目で解った。男が、部屋の扉の前に座り込んでいる。

「おまっ……!」

駆け寄ると、男……尾形百之助は、閉じていた眼を開いた。眠っていたのか、こんな寒さの中で!肌は雪と見紛う程に白くなっている。掴んだ手は氷のように冷たい。

「馬鹿か、おい!ちゃんと起きろ!全く、ほら、部屋に……」

息の詰まるほど抱き締められ、続きを話す事は叶わなかった。冷えた耳と、己の頬が触れ合う。体温が移り行くのを感じて、どうすることもできない。しばらくして、手探りで鞄から鍵を出す。背を優しく叩いてゆったりとした動きで離してやれば、尾形は素直に従った。ガチャリ。鍵が開いて、彼を中に連れ込む。外より幾分ましな室内。早速ハロゲンヒーターを付け、尾形をその前に座らせてやる。
他にも、暖房をつけたり、ホットミルクを作って渡した。ブランケットにくるまれた彼はまるで達磨のようである。

「なあ、尾形。また逃げてきたのか」
「……」

無言だ。まあ、積極的に話したくは無いだろう。いつも無理矢理聞き出したりもしない。
昔から、幼い尾形は何かあるたびにこの家に転がり込んでいた。中、高、懲りもせず。高校卒業後、彼はぱったりと来なくなり、数年が経過した。もう会わないかと思っていたのに。久しぶりに会って目に付いたのは何処で作ったかわからない顎の傷。

「危ない事だけはしないで欲しいと、前から言っていたのにな……」

そう目を伏せたら、尾形は立ち上がり、またもや抱き着いてきた。一体如何(どう)した。何が、あったんだ。そう考えはすれど、口に出すことはしない。その代わり頭をゆっくり撫でてやれば、彼の肩が微かに震えた。ああ、この男。決して泣いたりはしない、しないのだが、泣くことの代替行為なのだ、これは。可哀想な男だ。

「お前が部屋に居ないと解った時、お前が来るまで待つしかねえ、と思った」

それ以外どうすることもできなかったと。ふ、と尾形の爪が見えた。紅く染まっていた。そこで、全てを理解した。ついに倫理すら味方では無くなったのだ。
なんて可哀想な男だろう。他人から奪われ続けて、ついに自ら手放してしまうとは。
時が来たら、裁きが下り、この男は去る。それ迄は、俺だけは尾形の傍にいてやろう。そう語ると、尾形はまた俺の身体を抱きしめ、肩を震わせた。


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