確かに、甘い物は好きだ。
特に一口で食べられるものは仕事中も邪魔にならないから重宝している。一口で食べられると言ってもキャンディーやグミはダメ、味に深みがなくて甘さが薄っぺらい。
その点チョコは深みがあって食べ応えがあるし、身体にも良い。
情報源はラジオ。
生活のほとんどを過ごしている作業場の作業台の上には、積み上げられた本や鑑定に必要な道具が手を伸ばせば届く距離に置いてある。傍目から見れば散らかっているように見えるらしいけど、自分ではどこに何があるか分かっているから良し。
作業台という名の究極のマイスペースには、手を伸ばしても届かない奥の方に一台のラジオが置いてある。朝ここへやってきて、まずそのラジオに電源を入れてから作業を始めるわけだ。聞くチャンネルは特に拘りがないのでいつも同じ番組だけども。
チョコの話を聞いたのは、その番組のとあるコーナーだった。
番組は時間帯によってパーソナリティーとコーナーが変わるだけで、番組自体は朝から晩まで一貫して同じ番組だ。面白いのは、取り上げるニュースは大抵どのコーナーでも同じなのに、パーソナリティーによっては報道の着眼点が全く違うところ。いわゆる偏向報道になっている番組もある。
その日は、最近流行っているチョコレートとカカオ産業についてのニュースを取り上げているところが多かった。『流行の最先端・ヨークシンで爆発的にチョコの売り上げが上がっている』から始まった経済ニュースは、例の、偏向報道番組ですらカカオ産業に対するまともな発信をしていたので、私はつい作業の手を止めて聞き入ってしまった。
経済効果以上にカカオポリフェノールの様々な効果が魅力的だった。ラジオを聞きながらすぐにインターネットでチョコを注文し、作業中のお供のほとんどはチョコに代わった。
なので、私はチョコを食べていないと落ち着かないチョコレート・ホリックではない。
単に、鑑定の仕事がかなり神経を使うもので甘いものを食べると集中できる上に身体にいいから。それだけで。
依頼された品を傷つけないよう慎重に丁寧に確認するのは骨が折れる。専用のルーペで細部をチェックするのも、長丁場になると目が疲れるを通り越してじんじん痛む。そのくせ最近は巧妙な贋作も多くて判別に困るときもある。比較的分かりやすい骨董品の類いはまだしも、偽札なんかはめんどくさい。
前にとある国の捜査当局に偽札の鑑定を依頼された事がある。
過去何度も偽札を発見してきた身としては、今までの経験上、本物と偽物の相違点が何となく分かるけど、その依頼は本当に・全く・全然、偽物と本物の区別がつかなかった。
一度集中するとキリが良いところまで行かないと切り上げられない性格の私は、結局、まるまる一週間この依頼にかかりっきりだった。お風呂と睡眠だけは譲れないから一番削りやすい食事を削ることにして、作業台の片隅には常にチョコの入った大きな箱を置き、死なない程度にカロリーを摂っていたのである。
だからチョコレートは好きですか?≠フ問いは
「別に嫌いじゃないけど、めちゃくちゃ好きなわけじゃない。むしろここんとこ、チョコを見ていると仕事を思い出してイライラするから嫌い。でも、やっぱチョコはチョコだから目を瞑って食べれば疲れが癒される気はする」と、なるわけで。
ゼパイルから依頼された土の塊を鑑定しながら問いかけ≠ノ答えると、私の後ろで「あー……」と謎の呻き声を漏らした。私はそれを聞こえないフリでやり過ごし、淡々と鑑定を進めていく。予約なしでの急な飛込み依頼を受けてやったのだ、他にも仕事がある以上、口を動かすなら手を動かしたい。そう思いながら、数冊の書籍の上に置かれているチョコの箱から一粒摘まんで口に放り込んだ。じんわり広がる良い甘さだけど、そろそろここのメーカーも飽きてきたかも。他に美味しいとこないかな〜とか考えている側でゼパイルはまたしても気味の悪い声を上げていた。うるせぇ。さらにそれも無視して、土の塊を軽く小突きながら耳を当てる。音は反響しない。なるほど、中までぎっしり土なのか。空洞部に宝石が入っている類のものなら、そもそも音が違うし。
これはどの観点で鑑定を進めればいいのだろう。ゼパイルが持ってきたものだから、それなりに価値のあるものに違いない。持ってきた本人も「よく分からないが、値打ちものだぜ」と、妙な確信を抱いていた。ゼパイルとの付き合いの中で、アイツの目利きだけは信用しているのだ。
私はチョコレートの箱の下から一冊の分厚い本を抜き取った。過去に同じような物が出ていないか調べるためである。依頼人からの情報がほぼ白紙だと、こういった単純作業からのスタートになる。ずらりと並ぶ項目から一先ずその他≠フページを捲っていると、いつの間にかすぐ後ろまで来ていたゼパイルが興味深そうに手元を覗いていた。
「へぇ、こんな本もあるんだな」
「あるよ。絶版本だから入手は難しいけど」
「ふぅん。いいな、それ」
「軽く300万Jはするけどね」
「はぁ?!」
「そりゃ、古今東西ありとあらゆる値打ち品が載っているしねぇ。アンタが行きたがっているサザンピースオークションのカタログよりはるかに優秀だと思うよ」
そうは言ったものの土の塊に似た品は一向に出てこない。念のため頭から探してみようと思い、一番はじめの骨董品∞陶器・壺・花瓶≠フ文字を見て、はたと気付いた。
「ゼパイル」
「……お、おう」
振り返って奴の顔をジッと見つめれば、案の定うろたえる瞳に疑念は確信へと変わる。
思っていることが顔に出やすい男なのだ。
「アンタこれ、値打ち物だって言ったわよね?」
「あーー、そうだな」
「で、私の見立てが間違っていなければ、これは値打ち物でも何でもなくて、」
思い出すのは、はじめてゼパイルがうちにやってきた昔の事。
一元様お断りの、紹介状があってはじめて新規の客を取ることにしている私が、飛び入りでやってきたゼパイルの鑑定を引き受けた日。
ゼパイルが手に持っていたものは、当時、話題になっていた有名作品の贋作だった。ゼパイルの持っていたそれはしっかり見るまでもなく贋作と分かるものだったけど、纏うオーラが明らかにただの贋作とは違っていたのだ。私は念というものを使えないが、知識だけはある。そして知識に見合う好奇心も。
「アンタここをどうやって知ったの?」
「なーに、俺のちょっとしたコネと目があれば簡単さ」
「目、ねぇ」
よくもまぁ目≠職にしている人間に言えたもんだ。こいつのような馬鹿は時々いるけど、ここまでのバカは初めてかもしれない。その自信は果たして、本物が故なのか……それとも。
「見せて、その壺」
壺への興味と、目の前の男、そして私の目利き≠フ好奇心が勝った結論だった。
「おっ、いいのか?!」
「特別にね。……ただし、見るに値しない物だと判断した場合、次回は正規ルートで依頼すること」
「わかった」
「あ、知ってると思うけどウチは鑑定のみだから。鑑定書はだせるけど、買取りはしてないよ」
「もちろん知ってるさ」
「そ。じゃあそれ貸して」
私は作業台の上にある土の塊に目を向けた。平均的な新生児ほどの大きさで、土の塊というか、砂まみれの岩にも見える。
品定めをするように塊とゼパイルの顔を見比べると、眉を下げたゼパイルは一つ溜息を落として両手をあげて見せた。降参のポーズだ。
「ゴリ子の読みは半分正解、半分ハズレ。俺が作った≠烽フじゃない」
「ああん?」
「値打ち物、って言ったのは本当だ」
「どの辺りが?」
私が知らない遠い国の文化的遺産だろうか、それとも発掘したばかりでニュースにすら上がっていないものとか?
「もったいぶってないで早く教えなさいよ」
「これはチョコだ」
「……は?」
これがチョコ?
いや、これがチョコであるはずがない。手袋越しに何度も触れていたけど溶けた気配はないし、色だってチョコレートのような濃い茶色じゃなくてもっと薄い茶色だ。
「およそ40年前の、チョコレートだ」もう一度、ゼパイルが静かに言った。
私は作業台の上にパラパラと落ちていた砂を、ちょっとだけ指先に押しつけて鼻に近づけた。匂いはない。40年も経つと香りは失われるのかもしれない。それなら、口にする以外でゼパイルの言っている事が嘘か本当か見極める手段はないけど、もし言っていることが本当なら口にするのは危険だ。変な病気になって腹を下すのは勘弁。
私が指についた砂を掃うと、ゼパイルはあからさまに落ち込んでみせた。いや食べると思ったの? 嘘でしょ、絶対食べませんけど。
「じゃあこれがチョコだとして、それを鑑定する必要はないのでさっさと帰って下さい。どうぞ出口はアチラです」
塊をゼパイル目がけてぶん投げてやると寸の所でキャッチした奴は、やれやれと首を振った。
「おいおい、人の話は最後まで聞くもんだぜ」
「話によっては出禁になりますけど大丈夫ですか」
「手厳しいな!」
「当たり前だろ! 忙しいんだよ!」
「それじゃあ、忙しさが吹っ飛ぶことを言おう。このチョコの塊の中には宝石が入っている」
「宝石? さっき音を確認したときはそんな風には聞こえなかったけど」
「そりゃあ、中に空洞のあるタイプじゃないからな」
「早く言えよ」
グーで殴りたい気持ちをぐっと堪える。
「ゴリ子はチョコが好きだから、これを見つけたとき絶対にお前に鑑定してもらおうと思ったんだ」
「それは、私が食べながら宝石を発掘して、出てきた宝石を鑑定しろってこと?」
「いや、俺としては一緒に食いながら発掘するつもりだった」
「お前はアホか!!」
アホだ。本当にアホだ。懐かしの知育菓子を楽しむパッパラパーな大人じゃあるまいし、第一、チョコに埋もれている宝石の質なんてたかが知れている。
「もう一度言わせて、ゼパイルはアホです。チョコが宝石に埋まっているってことは、溶けた状態のチョコの中に宝石を突っ込んだりしたわけでしょ? 熱さ・水分に弱い性質なら完全にアウトじゃない。乾燥に弱いものだってあるのに、こんなにカピカピに萎びたチョコのどこに値打ち物の宝石があるの! 時間の無駄! はい、帰って下さい。もう二度とウチの敷居を跨がないで下さい」
「ま、待てって! 入っているのは天然ダイヤモンド、4CはSランクの最高品質!」
「……」
「いくつ入っているかは知らねぇが、発掘した分の半分を報酬として渡す! どうだ!」
「……私が鑑定して品質がゴミだった場合は」
「あー、まあ、大丈夫だ。俺を信じろ。目だけはいいんだ」
「目だけはね」
ゼパイルはその辺りにあった丸椅子を引っ張って私の隣に座った。小脇に抱えた塊を改めて作業台の上に置く。ウキウキとした表情に腹が立ったから、とりあえず脛を蹴っておいた。
「いってェ!」
「痛くしたから当たり前です」
「甘い物でも食べて落ち着いた方が良いんじゃないか?」
「お前ホント出禁にするよ」
「すみません」
「はい。それじゃあ地道に掘って下さい」
結局ゼパイルの企み通りになってしまった。けど私は知っている。
私の目利き≠試したあの日から、この男には弱いことを。
答えは簡単です
作者:うる子