食べることは、人生の喜びだ。
 忙しいとついつい疎かにしてしまいがちだけれど、一食一食楽しんで美味しいものを味わうことは、自分を、人生を積み重ねていくことだと思う。どうせ生きている以上、食べることなしでは生きていけないのだから、楽しまなければ損も損。大損というものだ。
 だから私――ゴリ子は、美食ハンターとして人生に美味しい物を積み重ねていきたい。まだ見ぬ未知の美味しい食材を見つけて、この舌で味わって、他の人たちにもこの喜びを伝えたい。
 そう思って世界中の珍味を求める旅の道中、このグリード・アイランドに訪れたのだが……。

「時給205Jはいくらなんでも安すぎるでしょッ!!」

 空になったビールジョッキをドンッとテーブルに叩きつけ、私は不平不満に唇を尖らせる。

「皿洗いは誰でもできる仕事アル。時給が安くて当然ヨ」
「だから私に料理もやらせてって言ってんじゃないのよ〜〜」
「お客さんに出す料理、バイトに作らせられないアル。それにワタシの料理、とても美味しい」
「そ、そりゃそうだけどさぁ……」

 確かにこの店の料理は文句なしに美味しい。その証拠にテーブルの上にはジョッキ以外にも大皿が山のように積み重ねられていたが、正面の席も隣の席も、斜向かいの席も空っぽだった。すなわちこれらの料理を全て平らげたのは私で、今現在お腹いっぱい大満足である。
 が、料理が美味しいのと、労働条件が劣悪なのはまた別の問題だ。
 私が腹立ちそのままにごちそうさま! と厨房に向かって声をかけると、シェフのおじさんは仕事の手を一旦止めて「はい、追加で6320Jアル」と言った。

「な、なんでそんな高いの?! 巨大パスタは30分以内に食べたら無料なんだよね!?」
「パスタチャレンジは最初の一回だけアル。ゴリ子みたいに一人で3皿、おまけにビールもぐいぐい飲むような大食漢の常連が来たら商売あがったりヨ」
「き、聞いてない! 詐欺だあ〜!」
「お金も持たずに毎日食べといて何言うアル。返すどころか、ツケが増えてくばかりネ」
「だ、だから、それは時給が異常に低いからだって! あ〜もう、やってらんない! おかわりッ!」

 私が最初にこのレストランを訪れたのは、カードNo.1217、この島の三大珍味のひとつと言われる『ガルガイダー』入手の為である。条件は店名物の大盛りパスタを制限時間内に食べきること。美味しい物をたくさん食べられて、食べきるとお代は無料で、おまけに珍味を手に入れられるなんて私にとっては一石三鳥。夢のような儲け話だ。
 しかし上手い話には必ず裏があるもので、心ゆくまで食い倒れた私に突き付けられたのはしっかり数字の書かれたお勘定だった。タダになるのはパスタのみ。しかもグリード・アイランドではカード化された紙幣しか有効ではないというのだ。
 
 シェフのおじさん――とんがった耳と、口から覗く短い牙、ゆらゆらゆれる尻尾が猫を思わせる、おじさんのくせに妙に愛嬌のあるおじさんは、やれやれと肩を竦めて琥珀色の液体を私の前に置いた。その上にはちょうど2割の割合で、真綿色のきめ細やかな泡がぷっくりと乗っかっている。

「500J、追加アル」
「はいはい働けばいいんでしょ働けば」
「返済して自由の身になりたいなら、せめて酒はやめるといいと思うけどネ」
「無理〜これがないとやってらんないの私。だいだいねぇ、おじさんのご飯が美味しすぎるのが悪いんだよ。お酒が進んで仕方がないっつうの!」

 このまま一生返済できなくて、ここで暮らすことになったらどうしよう。今ですら文無し家無しの私は住み込み状態だから、そんなに変わりゃしないかもしれないけど。
 でも、長く続けていくうちにバイトから正社員に昇格して、料理を担当させてもらえるかもしれない。美食ハンターは食べることだけが仕事ではないのだ。料理をするのも好きだし、人に作った料理を食べてもらうのも大好き。
 だけどおじさんの料理も食べたいから、月、水、金はおじさん、火、木、土は私が担当しよう。日曜日はモーニングだけ店を開けて、午後からは二人で新しいメニューの研究。うん、悪くない。むしろ、無茶苦茶いい。

 なーんて、そんな風にくだらない妄想をしてしまったのは、私が酔っているからか、おじさんに胃袋とハートをわし掴みされてしまったからか。
 ぐい、と一度煽っただけで、ジョッキの中身は半分になる。口の周りについた泡を拭って、私はおじさーん、と厨房に戻ってしまった彼に向かって呼びかけた。

「ねえねえ、私と一緒に店やろうよ〜。夫婦でレストラン経営って素敵じゃない?」
「夫婦? 何だそりゃ?」
「そのとぼけ方、私には通用しないからね。ここが実在する島だってこと、知ってんだからね」

 あーあ、結構本気だったのに。
 ふてくされてジョッキの残りを飲み干すと、おじさんは元から細い目を更に細めて笑った。

「ハハ、素面で言えたら聞いてやってもいいアル」

ホントにホンネ


作者:まみゅう