01.旅の仲間

   2学年の新学期が始まるホグワーツに向かう列車の中で、少年─ジェームズ・ポッターは困っていた。

   目の前には、精巧につくられた人形のように美しく、天使のように可愛らしい、そっくりな見た目の女の子と男の子が眠っている。
彼らの肌は陶磁器のように滑らかで、そして触れたら消えてしまいそうな透明感があった。ほんのりと薔薇色に染めた頬、形のいい控えめな鼻、そして程よくぷっくりとした血色の良い唇。閉じられている目の睫毛は長く、その完璧なまでの顔の造形美に思わず魅入ってしまうが、しかしこの美しさはその目──妖しい魅力を持った桃花眼を開かせた時に完成するのだと少年は知っていた。男の子の方は緩やかなウェーブがかかった柔らかそうなアッシュブラウンの髪を、ギリギリの長さでまとめている。零れ出たおくれ毛が、すきま風に揺れていた。一方女の子の方は絹のようになめらかな長い、やはり緩やかにウェーブのかかった髪を二つに分け、赤色のリボンを耳の辺りで結んでいる。
   幼い頃からの知り合いである、双子のお守りを頼まれたのだった。彼等は今年からホグワーツに入学する、ぴかぴかの一年生だ。こんな風に眠っていると可愛いのになぁ、と和やかな気持ちで見守っていると、空気の読めない誰かが勢い良く音を立ててコンパートメントのドアを開いた。
「ここにいたのか、相棒!」
  そう叫んだ少年の顔は、双子のそれとは雰囲気が違うがこれまた整っていて、丁度今浮かべている悪戯っぽい笑みからも、女の子に人気なのだろうなというのが一目でわかる。
「シーっ!!」
  ジェームズは口に指を当てて、静かにするよう促したが、時すでに遅し。神秘的に濁った深緑色の、よっつの瞳がこちらを見つめていた。
   寝起きで潤んだその目たちは光の反射でオレンジ色を帯びていて、なんとも形容し難い美しさがあった。
「おはよう、おふたりさん」
   よく寝たね、と微笑みかけると、ふたりは神さまの最高傑作のような造形美の顔を不機嫌そうに歪めて口を開く。
「おはようジェームズ、まだ着かないのね」
  「…その人誰??」
「…お前、何してんの??」
   目の前に広がる光景を、双子と同じく理解できていない相棒も怪訝な顔でそうつぶやく。
「ホグワーツには、あと数十分で着くよ」
「悪かったねシリウス、こういう状況なんで君を探しに行けなかった」
   それぞれの問いに答えると、ジェームズは続けて紹介した。
「アレクサンダー、ガーネット、この無駄に小綺麗な顔をした男はシリウス・ブラックだ。名前くらいは聞いたことあるだろう??」
   "無駄に小綺麗なってなんだよ"と言う突っ込みに、"その通りだろシリウス"と適当に返事をする。
「あぁ、あなた、ブラック家のあのはぐれ者ね。」
    さっきまでぼうっとしていたガーネットが、"思い出したわ"と平然とした顔であまりにも失礼で辛辣な言葉を吐くので、シリウスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嫌悪感を露わにする。
「はぁ?? 誰だおまえ」
   予想していなかった言葉に呆気に取られていたジェームズも、気を取り直すとガーネットを窘めた。
「…ギンティ、誰がそんなこと言ったんだい??」
「シリウス・ブラックはブラック家のはぐれ者って、有名だよ。血を裏切ってグリフィンドールに入ったんだろ」
   ガーネットへの言葉に、アレクサンダーが棘のある言葉で返事をする。
「アレクサンダー、僕だってグリフィンドールだ」
「あんたもはぐれ者だからな」
「アレク、ジェームズは違うわ!」
「そう思ってるのはお前だけだよ」
「そう思ってるのがあなただけよ!」
   双子は、売り言葉に買い言葉で喧嘩を始める。
「なんだ、お前もグリフィンドールに入るのか??」
「いいえ、あなたも私もスリザリンよ」
「そう思うならなぜ庇う??」
「ジェームズはいい人だからよ。謝りなさい!!」
「…ふたりとも!喧嘩はやめてくれよ。新学期が始まれば、グリフィンドールはいい寮だってわかるさ。」
   ジェームズが、ふたりの世界で喧嘩を始めてしまった双子を窘める。
「ジェームズ、あなたのこと、悪く言うつもりはなかったのよ…ごめんなさい」
    興奮で少し上気した顔でガーネットがそう言うと、アレクサンダーは相変わらずどうでも良さそうに窓枠へ頬杖をついた。
「謝るべき相手は僕じゃないだろう??」
   困った笑みを浮かべて、ジェームズはふたりにシリウスへの謝罪を促したが、"要らない"とシリウスが口を挟んだ。
「温室育ちの何も知らない馬鹿共からの謝罪なんて、何の慰めにもならねぇからな。その人を見下したような失礼な態度と何の感情も持ってないような不快な顔でわかった。お前ら、スカーレット家のやつらだろ」
「「………………!」」
   ガーネットの目は一瞬揺らいだが、すぐに湖面のように静かな表情を取り戻すとこう言った。
「…悪かったわよ、あなたのこと裏切り者みたいに言って。」
「……………」
   シリウスはまだ、警戒した顔でガーネットを見つめる。
「話してみてわかったわ。
───あなたって、ブラック家の血に抗えない出来損ないなのね。」
「………なんだと??」
    空気が凍りつく。
ガーネットは何の感情も映らない顔で容赦なく言葉を続けた。
「あなたのその態度よ、ブラック家に逆らいきれない証拠だわ。スカーレット家を恨み続けてるのでしょう、律儀に。きっとオリオン様とヴァルブルガ様の御教育の賜物だわ。おふたりがこのことを知ったら、涙を浮かべて感動するでしょうね。"あぁ、私たちの可愛いシリウス、お前は間違いなくブラック家の「ギンティ」」
   明らかに今までと違う雰囲気をまとい、恍惚とした表情で話し始めたガーネットを、こちらの世界へ引き戻すように制止したのはアレクサンダーだった。
「やめろよそれ」
   戒めるように低い声でそう言うアレクサンダーを目で捉えたガーネットは、不満げに顎をくいっと上げると黙り込んだ。
  「…散々なこと言ったし、今さらあんたに何言っても聞いてもらえないのはわかってるけど、悪かったよ。何も知らないのに否定することばっか言って。」
──ジェームズも、ごめん。
   後半になるに連れて小声になったが、確かに、アレクサンダーは謝罪した。
   そしてガーネットの手を取って立ち上がると、「俺たち、頭を冷やしてくる」とだけ言って、コンパートメントを出ていってしまった。

   ふたりの間には、長い沈黙が続いていた。
逃げるようにコンパートメントを去ったアレクサンダーとガーネットはしばらく廊下を歩き続けたが、適当なところで立ち止まると窓枠に背中を預けた。ふたりは黙って虚空を見つめる。
 「…いたい。」
   さっきからずっと握りっぱなしの手のことを言われているのだと理解したアレクサンダーは、無言で離した。ガーネットは離されて手持ち無沙汰なった腕を胸の前で組む。
   そして、気不味い沈黙が再開した。

   列車が駅に到着すると、ふたりは話すことなく一緒に降りた。アレクサンダーが自分とガーネットのいちばん大きい荷物を持つと、ガーネットは自分とアレクサンダーの、余った小さい荷物を持った。そして少し距離を置いて、人混みの中を歩き出す。
 「…心配だよ、俺は。」
   誰に聞かせる訳でもなくつぶやいたアレクサンダーのその言葉は、再会の喜びや新学期への期待と不安でひしめくホグズミード駅の雑踏に消えた。

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