おかえり、私のヒーロー

あなたは私の涙を拭ってはくれないのね。
(だってあなたは世界を救いに行ってしまったから)



重い足取りでソファへ向かう。瞼をきつく閉じても彼の後ろ姿が脳裏から離れない。過去にテレビの電源を入れる際にここまで緊張した事があったであろうか。彼にあれだけ豪語しておきながらリモコンに触れる事すらできないでいる私がそこにいた。


しっかりしなさい。
あなたは平和の象徴に寄り添う女。


私は荒ぶる呼吸を出来るだけ落ち着かせ、テレビの電源を入れた。




画面に映し出されたのはいつものパンプアップされた筋骨隆々のオールマイトの姿ではなく、私の知る俊典さんの姿だった。ボロボロに血を吐きながら敵と対峙する彼を見やれば、私の中でプツンと何かが切れたかのように涙が止まらなくなってしまった。



"オールマイトぼこられてね?"
"まあ今回もオールマイトがなんとかしてくれるっしょ!"


世間は好き勝手な言葉を口にする。
オールマイトは一体何人もの思いを背に戦っているのだろうか。ネットには#がんばれオールマイト というハッシュタグまでできていた。
皆が望む、平和の象徴の折れない姿。
皆が泣き叫ぶ。
オールマイトよ、勝ってくれ!と。

そして思い知らされる。私もその大勢の中の一人と変わらないという事を。
私も同じく祈る事しかできない。
あの時、もっと熱い口付けを交わしておけばよかった、もっと強く抱き締めておけばよかった。嫌な思考が脳内を駆け巡る。



「もう、やめてよ、、お願いよ、、」



彼の前では決して口にできない言葉がこぼれる。血を吐き四肢は震えても彼は諦めない。青い瞳に力がこもる。



「次は、きみだ。」



彼の静かな声が全ての終わりを告げていた。
もうこれで彼は前線に立ち続けなくともよいのだ。そう感じると不謹慎にも心が落ち着いた。



「もしもし」



生放送が終了しコマーシャルになった後1本の電話がかかってきた。しゃがれた疲弊しきった声で。でも愛しくて聞きたくて仕方なかった声。
先程まで生放送で彼の声は聞こえていたはずなのに、本人からの電話でこんなにも彼を近くに感じる。




「おわったよ」
「お疲れ様。電話してくれたのね」
「君の声を、1秒でも早く聞きたかった」



驚く事に俊典さんは涙しているようだった。私も震える声で答える。



「私は生きてる、生きているよ」
「そうね。あなたは生きてる。生きてるわ、私が証明する。これからも生きるのよ、私と一緒に」



2人で泣きながら言葉を交わした。私は知っていた。彼がうちに湧く恐怖から自らを欺く為に笑う事を。本当は普通の人間と変わらず死の恐怖を感じる事を。
噛み締めるように生きてる、生きてると繰り返した。私達にはそれが必要だった。



「私はあなたが勝つと分かってたわ」
「君は強いな」
「ええ。だから早く帰ってきなさい」
「ありがとう」



日本中、いや、世界中が注目した大きな戦い。生きる伝説となったオールマイト。役目を果たしようやく、ようやく私のもとから飛び立たない彼になる。私だけのヒーローになる。



「ほんと、いつも無茶ばかりするんだから」



彼が帰ってきたのはその日の夕方。玄関の前で扉が開くのを待つ。私はソワソワしていた。妙に緊張する。



ガチャリ。



毎度の如くベランダからではなく、玄関から彼が帰ってくるという事。私が寝ている深夜以外そんな事は無かったのに。普通の事なのに非日常的に思えてしまうから不思議。



「遅いわ」
「きみなら大丈夫だと、信じていた」
「私がどんな思いで待ってたと思ってるのよ」
「きみは私が選んだ女性だからさ」
「、、、ばか」


私は出来るだけの笑顔で彼を迎えたつもりだった。しかし溢れる涙は止まることを知らずに流れ続ける。
俊典さんは長い指先で私の涙を拭う。



「笑いながら泣いてるのかい?」
「うるさいわね、誰のせいだと思ってるの」
「HAHA、ごめん。」



夕陽が空を赤く染める。差し込む光に私の涙が反射していた。
今日は、
オールマイトが引退した日。
今日は、
俊典さんが私に帰ってきた日。



「おかえり、私のヒーロー」
「ただいま」



待ちわびていた熱い熱いキスがふってくる。ああ、生きてる、そう感じた。






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