罪と罰
血にまみれ生気の抜けた虚ろな瞳を此方に向ける少女の面影に、不器用ながらもひたむきに捜査に取り組む部下の横顔が重なった。
『蛇原朱巳 17歳 女』
佐々羅透李から手渡されたカルテには顔写真共に患者の家族構成や、どう言った内容で心療内科を受診したか、通院状況が事細かに記されている。
気を失ったように眠る彼女の肌に刻まれた五芒星はこの空間の異質さを際立たせる。何故、透李が自分にこのカルテを見せているのか。分からないままに目を通し終えれば、冬香はあの日の微笑みを見せて、言葉を続けた。
「彼女は…生きることに絶望し、死を求めています。どうか朱巳さんを…救ってあげてください。班長。」
そう言った冬香が手渡したのは、…忘れることも出来ない、一年前に持ち主を喪ったニューナンブM60だった。
「…どうして、って顔、してますね。」
言葉を失った自分の顔をじっと観察していた冬香は、小さく笑みを見せる。
「これは、班長の犯した罪の証です。…そして私が貴方と共に背負った罪の証でもある。…彼女は救いを求めています。」
そっと両手で差し出してくる拳銃を、自分はただ受け取るしかなかった。
冬香の言葉が、じわじわと心を蝕むように広がっていく。唇が戦慄き、言葉にならない声が漏れる。
「班長、贖罪を。」
冬香が、そう静かに告げると、自分はいつの間にか拳銃を両手に持ち、安全装置を外していた。贖罪という言葉が、脳内で反響する。
──乾いた銃声が、鼓膜を裂いた。
目の前の冬香は、一切目を逸らすこと無く、自分の行動を見守っている。まるで、自分がそうすることが必然であったかのように。
ベッドに横たわる少女の胸から溢れ出る深紅は、生命を溢すように滴り、白いシーツを汚していく。
人殺し。その言葉が、耳の奥で響いた。その声が、蛇原朱巳のものか…あの日自分が殺した部下のものなのかは、分からなかった。
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蛇原辰巳が妹の訃報を聞いたのは、その日の午後だった。
手渡されたのは現場の詳細が記された書類だった。目を通す気にもなれず、ただぼんやりと紙面を眺めるだけだ。こんな紙切れ一枚では何一つ現実味が湧かない。
数日前まで当たり前に側にいた存在が、昨日まで同じ食卓を囲んでいた人間が、もういない。
「どうして、」
言葉にしてしまえば、ただただ喉から溢れそうになる嗚咽を堪えた。書類を握りしめれば、くしゃりと乾いた音が耳に響く。どうして?何故?そんな言葉だけが頭をぐるぐると回り続ける。
親友を庇い孤独に戦う妹のように、自分を庇い命を落とした父のように、強くなると誓った筈なのに、…また大切なものが掌からすり抜けていってしまった。無力感に胸を裂かれながら、辰巳は深く項垂れる。
「辰巳、」
自分の名を呼ぶ声が聞こえる。ふと顔を上げれば班長──リリア・ヴァンルージュが、静かに立っていた。言いようのない悔しさが、涙が頬を伝う。リリアは言葉を発する事無く、背中をそっと撫でてくれた。
胸中に渦巻くは犯人への憎悪、自分への怒り。
強く拳を握りしめれば、皮膚が裂けて血が滲んだ。その痛みは、現実をより強く自分に突きつけると共に、酷く冷静に理性を呼び戻す。
「犯人に、罪を償わせる。…必ず、この手で。」
低く紡がれた言葉は、確かな決意と殺意を孕んでいた。