あなたが気づくことはないね
マレウス・ドラコニアは慣れない手つきでスマートフォンを操作し…小さく溜息をついた。
──また、今日も彼奴からの反応はなかったな。
現場への移動中や仕事を終えたあとの一人の時間。手持ち無沙汰になったとき、マレウスはよくマジカメの投稿に目を通していた。自分の投稿につけられたファンからのリプライには目を通す。マレウスを応援するファンは多く、どれも好意的なメッセージばかりだ。
『これからも応援してます!』
『頑張ってください!!』
好感を持たれるのは悪いことではない。よく自分の投稿に反応を返す、見慣れたアカウントもある。
…マレウスの悩みの種はそこにあった。
数ヶ月前から「S」のアカウントからの反応が途絶えた。
「S」は自分の熱狂的なファンだった。自分が投稿した写真には必ずと言っていいほどこのアカウントがリプライを残していた。イベントがある際は、マレウスを応援するコメントとともに「見に行きます!」といった内容が添えられている。「S」は、マレウスのやることなすことに目を輝かせ、称賛の言葉を贈ってくれていた。
…いつだったかの握手会で、ある男性のファンが身につけていたアクセサリーを褒めたことがある。銀色の髪に、オーロラ色の瞳。 …男性であるということを抜きにしても人目を惹く彼は、その白い頬を薔薇色に染めて嬉しそうに微笑んだ。
次の「S」投稿には「ありがとうございます!宝物にします!」といったような内容が添えられていた。
──そうか、あの男が「S」だったか。
そのコメントを見て、「S」に興味を持っていたが……そんな矢先、「S」からリプライが途絶えてしまった。
ただ単に、自分に飽きたのか。……「S」のリプライが途絶えたことが、心に小さな穴を開けたかのように物足りないのだ。
.
.
.
その日は、写真集の発売イベントとそれに合わせた握手会が予定されていた。
打ち合わせた質問への回答、撮影時のエピソードを話した後、握手会が始まる。握手会ではひとりずつの会話時間が設けられる。マレウスは、自分の目の前に来たファンに一言二言話しかけ、握手をするのが常だった。
そして、次の握手の番。マレウスの前にはあの銀色の髪の青年が立っていた。
「…いつも、応援してます。」
マレウスは、驚きのあまり目を見開く。まさか、再会できるとは思わなかった。
「S」は、にこりと微笑んで手を差し出し、握手を求める。
──その笑みにマレウスは違和感を覚えた。
「S」は、自分を見る度に瞳を輝かせ、恍惚とした表情を浮かべていた。熱のこもった瞳をいつも自分に向けていた。
その目が、今日はどこか悲しげだ。自分と握手をしているのは本当に「S」なのか。
「……どうかしたのか。」
マレウスは、思わず尋ねる。すると、「S」は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに微笑んでみせた。
「いえ…お会いできて、嬉しいです。」
その笑顔は、どことなくぎこちない。どちらともなく手を離すと、次のファンの番になった。
イベントも無事に終わり、控え室で着替えるマレウスにマネージャーが声をかける。
マレウスはスマートフォンを取り出しSNSを開くと、「S」のアカウントを確認する。
そこには淡々と機械的な文字が並んでいた。
「このアカウントは存在しません」