inzm短編集
★★★★★★
君と桜と団子と
お茶屋の長いすに座り、ふわりふわりと舞っていく桜を見ていた。
暫くするとカタリっと音がした。そちらの方を見れば綺麗な三食団子が二本乗っている皿が置いてある。
「え、あの…」
「注文していない」と言おうと顔を上げればひとりの娘が私を見ていた。
「どうぞ、お食べ下さい。いつも来て下さってるお礼です」
娘はにっこりと微笑むと私に一礼し、中へと戻っていった。拙者は団子を見つめ、微かに頬に熱が行くのを感じた。いつも来ているのは、其方に会いたいからでござる。なんて、言えるわけが無い。まさか、大した話題ではないとはいえこんな風に話しかけられるとは思ってもみなかった。
そのまま置かれた団子から目をそらし、顔を上げもう一度桜を見る。
なんとなく、この団子を食べてしまうのはもったいないと感じた。当たり前だが食べ終わってしまうと、この場所にはいられなくなる。少し離れたところから聞こえてくる娘の声と、柔らかく吹く風の音に耳を傾けながらそっと目を閉じた。風はいい感じに熱を冷ましてくれる。冷めた茶を少しずつ飲み小さく息を吐く。なるべく長くこの時間を楽しむように。
「あ、あの…」
「?」
後ろを振り向くと、不安そうな表情をした娘……名前殿がいた。
のんびりしすぎていたのか、はたまた気づかぬうちに何かしてしまったのかはわからない。本日2度目の予測不可能な出来事に微かに速くなる鼓動を抑えつつ、名前殿を見つめた。
「どうしたでござるか?」
「もしかして、団子お嫌いでしたか…?」
「え?」
「その…ずっと手をつけないものなので……」
それを聞いて拙者は慌てて首を振った。
「そんなことないでござるよ。寧ろ好きでござる」
拙者の言葉に名前殿ほっとい息をついた。そして、何故かふっと笑った。
拙者、何かおかしな事を言ったのだろうか?
「あ、すみません。何だか必死だったように見えて…つい」
「…そんな風に見えたでござるか?」
「はい。何だかとても」
そう言うと名前殿は桜を見た。
風が微かに吹き、互いの髪を揺らす。太陽の光が花びらと名前殿を照らしていた。
彼女のその姿がとても美しく、拙者は思わず「美しい…」と呟いた。
「…え?」
「ん?」
「あ、…桜!とても綺麗ですよね。今日はいつもよりも満開に見えますし…」
わたわたとし始める名前殿を見てまさか口に出ていただろうかと、慌てて口を閉じる。しかしちらりと名前殿の顔を見ればうっすらと朱色に染まっているのを見て思わず笑ってしまった。さっきとは逆だ。
この際だから言ってしまおうかとも思ったが、まだそんな勇気はない。だけど…。
そのまま拙者は名前殿を見つめた。
「美しいでござる」
わたわたしていたのがピタッと止まり、名前殿は更に顔を真っ赤にして俯くと、小さく「そ、うですね…」と呟いた。
「すみませーん」
「あ、はい只今!」
別の客から呼ばれ、名前殿は慌ててそちらに走って行てしまった。
…もう少しだけ話していたかった。しかし彼女の貴重な姿を見られたから良しとしよう。また明日もここに来て、今度は団子も一緒に頼むことにしよう。
拙者は桜を見ながら団子を一つ頬張った。
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君と桜と団子と
お茶屋の長いすに座り、ふわりふわりと舞っていく桜を見ていた。
暫くするとカタリっと音がした。そちらの方を見れば綺麗な三食団子が二本乗っている皿が置いてある。
「え、あの…」
「注文していない」と言おうと顔を上げればひとりの娘が私を見ていた。
「どうぞ、お食べ下さい。いつも来て下さってるお礼です」
娘はにっこりと微笑むと私に一礼し、中へと戻っていった。拙者は団子を見つめ、微かに頬に熱が行くのを感じた。いつも来ているのは、其方に会いたいからでござる。なんて、言えるわけが無い。まさか、大した話題ではないとはいえこんな風に話しかけられるとは思ってもみなかった。
そのまま置かれた団子から目をそらし、顔を上げもう一度桜を見る。
なんとなく、この団子を食べてしまうのはもったいないと感じた。当たり前だが食べ終わってしまうと、この場所にはいられなくなる。少し離れたところから聞こえてくる娘の声と、柔らかく吹く風の音に耳を傾けながらそっと目を閉じた。風はいい感じに熱を冷ましてくれる。冷めた茶を少しずつ飲み小さく息を吐く。なるべく長くこの時間を楽しむように。
「あ、あの…」
「?」
後ろを振り向くと、不安そうな表情をした娘……名前殿がいた。
のんびりしすぎていたのか、はたまた気づかぬうちに何かしてしまったのかはわからない。本日2度目の予測不可能な出来事に微かに速くなる鼓動を抑えつつ、名前殿を見つめた。
「どうしたでござるか?」
「もしかして、団子お嫌いでしたか…?」
「え?」
「その…ずっと手をつけないものなので……」
それを聞いて拙者は慌てて首を振った。
「そんなことないでござるよ。寧ろ好きでござる」
拙者の言葉に名前殿ほっとい息をついた。そして、何故かふっと笑った。
拙者、何かおかしな事を言ったのだろうか?
「あ、すみません。何だか必死だったように見えて…つい」
「…そんな風に見えたでござるか?」
「はい。何だかとても」
そう言うと名前殿は桜を見た。
風が微かに吹き、互いの髪を揺らす。太陽の光が花びらと名前殿を照らしていた。
彼女のその姿がとても美しく、拙者は思わず「美しい…」と呟いた。
「…え?」
「ん?」
「あ、…桜!とても綺麗ですよね。今日はいつもよりも満開に見えますし…」
わたわたとし始める名前殿を見てまさか口に出ていただろうかと、慌てて口を閉じる。しかしちらりと名前殿の顔を見ればうっすらと朱色に染まっているのを見て思わず笑ってしまった。さっきとは逆だ。
この際だから言ってしまおうかとも思ったが、まだそんな勇気はない。だけど…。
そのまま拙者は名前殿を見つめた。
「美しいでござる」
わたわたしていたのがピタッと止まり、名前殿は更に顔を真っ赤にして俯くと、小さく「そ、うですね…」と呟いた。
「すみませーん」
「あ、はい只今!」
別の客から呼ばれ、名前殿は慌ててそちらに走って行てしまった。
…もう少しだけ話していたかった。しかし彼女の貴重な姿を見られたから良しとしよう。また明日もここに来て、今度は団子も一緒に頼むことにしよう。
拙者は桜を見ながら団子を一つ頬張った。
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