fgo短編集




 「遅くまでご苦労様」
 「…あ、はい。ありがとうございます!」

 ふんわりと暖かな笑みを向け、さながら王子様のような…というよりか本物の騎士王である彼『アーサー・ペントラゴン』のプロトタイプはそのまま小さくお辞儀をし私の横をすり抜けていった。そのまま先程と同じように通りすがりの職員に声をかけていた。
 同じ笑みで、同じセリフ。
 その様子を見てそっと目をそらし、慌てて自室に戻った。
 
 ここカルデアは、マスターである藤丸さんの明るく前向きな性格に影響しているのかサーヴァント達はフレンドリーな人が多い。霊体化している人もあまりおらず、食堂も藤丸さん中心に沢山のサーヴァント達が楽しそうに食事をしている光景がよく見られた。
 私は職員としてこのカルデアで働いているが、マスターでもない私にですら労いの言葉をかけてくれる人もいる。その中の代表と言ってもいい程よく声をかけてくれるのが、先程のプロトアーサーだ。彼はもちろん私にだけではなく、すれ違う職員一人一人に言葉をかけてくれる。とても紳士的で優しく、またあの容姿もあって女性職員からはもはやアイドル的存在だ。…というか、円卓の騎士と呼ばれる彼らはもはやアイドルグループ的な扱いになっていなくもない気がする。
 世界を救わなければならない緊張した場面で、こんな浮ついた考え方をしていていいものだろうかと思うこともあるが、こんな状況だからこそどんな形であれ心の支えとなりえるものがあるのであれば、それは本当に幸運なことなのだろう。

 深く息を吐きだし、私は自室に入るなりそのまま扉を背に、力なくずるずると床に座り込んだ。

 そう、こんな状況でこんな風に少しでも気を紛らわせられることができるのは幸福なんだ。
 本当に、それだけで。

 何度も何度も言い聞かせてきたのに、心の中はぐるぐるした想いが渦巻いて止まらない。
 なんなら涙すら出てきそうだが、それはぐっと堪える。
 馬鹿げた話で誰かに相談なんてできるはずもなく、ずっと心の奥底にしまい込んでいる気持ち。

 私は、きっと彼が好きなんだ。

 認めてはいけないとわかっているからこそ、断言してはいけない。
 でも、どうしても考えてしまうのはやはり彼が優しすぎるせいだろうか。

 「…あ、駄目だなこれは」

 このまま考え続ければ泣いてしまうかもしれない。
 せっかくの久しぶりの休暇なんだからもうこのまま寝てしまおう。

 ……余計なことは全部なかったことにできればいいのに、だなんて。
 無駄だとわかっていても願ってしまうのだ。


**********


 「名前」
 「え…」

 いつもより早く目が覚め、二度寝するにはなんだかもったいない気がしたのでそのまま起きた。軽く身支度を整え食堂で何か飲もうかと部屋を出たとき、偶然にも通りかかったプロトアーサーに出くわした。

 「おはよう、名前」
 「あ、おっおはようございます…プロトアーサー」

 彼はいつものように爽やかな笑みを浮かべ、軽やかに挨拶をしてくれた。
 これだけで、単純な私の心はじんわりと温まり頬に微かに熱が集まっている気がした。
 そのまま通り過ぎるのかと思えば、プロトアーサーはその場で動こうとしない。
 …なにか用事があるのだろうか?私に?いや、そんなわけない。
 しかし、なかなか動こうとしない彼に困惑しながらもそっと顔を見上げるとばっちりと目が合ってしまった。美しく光る翡翠の瞳に一瞬見とれてしまうが、直ぐに恥ずかしくなり慌ててそらしてしまった。何かこちらから声をかけるべきかともう一度おそるおそる視線だけ動かせば、優しく微笑んでいる王子様がそこにいた。
 その様子に思わず「ひぇ…」と気の抜けた声が漏れるが聞こえていなかったと信じたい。
 時間で言うなら1分も立っていなかっただろうが、私にとってはなんだかとても長い時間だったように感じた。
 私が変な声を出してしまったすぐ後に、彼は「よかったら」と声をかけてきた。

 「食堂に向かうところかな、一緒に行ってもいいかい?」
 「うぇ…?……え?!」
 「あ、ごめん。違うんだったら大丈夫…」
 「あ、はい!そう、です!食堂、うん。行きましょう!!」

 食い気味に言った私はさぞかし気持ち悪かっただろうに、プロトアーサーはふっと王子様スマイルで私に手を差し出してきた。
 
 「…え?」
 「では、せっかくだしエスコートをしよう」
 「!?」
 「…いやかな?」

 急に突拍子もないことを言われ、そろそろ私の頭はキャパオーバー寸前だが、少し寂しそうな表情で眉を下げる彼の誘いを断れるはずもなく、私は思いっきり首をふった。そしてそのまま震える手を差し出されている手にそっと重ねた。
 少しひんやりとした感触が伝わる。そう言えば最近は鎧などは脱いで楽な格好でいる姿も見かけるが、今日は鎧は脱いでいるのに手袋防具はつけている。でも、そのほうがありがたかったかもしれない。素手に触れるだなんて、緊張のなにものでもないし正直今手汗の心配しかない。…大丈夫だろうか。

 ぽつりぽつりとプロトアーサーの言葉に相槌を打ちつつ、早く食堂に着けばいいのにとか、もっとこの時間が長く続けばいいのにとか、どうしようもない気持ちでドキドキしている間に、短くも長いエスコートは終わった。
 食堂前で、そっと離れていく手がなんだか凄く寂しかった。

 駄目だとわかっているけど、こんなことがあれば単純な私は想いがどんどん溢れてしまう。

 「じゃあまた」

 そう言って離れていく背中に手を伸ばしかけ慌てて下す。
 あまり人がいなくてよかった。
 …もう少しだけ、少しだけ見るだけならまだ、いいよね?

 なんて、駄目だとわかっているくせに調子に乗るからいけないんだ。

 「…あ」

 思わず零れた言葉と同時に息が止まった。
 彼の背を追いかけた先にはマスターの藤丸さんと、それはそれは楽しそうに笑っている彼の姿だった。
 他のサーヴァントももちろんいるが、そんなことはどうでもよくて。
 今まで見たことのない顔で笑う彼が藤丸さんの髪に触れている。その手は手袋なんかつけているはずもなかった。

 あぁ、どうして。わかっていたのに。
 私がただただ調子に乗っていただけなのに、悲しいと思うのは可笑しい。こんなところで泣くのは間違っている。わかっているのに、のどまで出かかった嗚咽を抑えられそうにない。
 幸せだと思ってしまったその時間を巻き戻すかのように、並んで歩いた道を駆け戻る。
 よかった、朝早くて。通路には誰もいない。

 堪えていたものが溢れ出すがそれよりも早く自室に滑り込んだ。

 「……馬鹿、だな」

 これくらい、予想できただろうに。
 私には到底入りこめないものがあることくらいわかっていたのに。

 「本当に…!」

 馬鹿だ、馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ…!!!
 喉が引きつり、心臓が苦しい。不便だな、泣きたくないのに涙が止まらない。

 ああ、素敵な素敵な王子様。ただの村人にすらなれない私なんて、貴方と共にいたいという過ぎた想いなんて決して叶わないとわかっています。だからお願い、これ以上好きにさせないで。その誰にでも向けている暖かな笑みも、優しい言葉も、わかっているのに狂おしいほど愛おしいと思ってしまう。
 それならばもう、いっその事。
 酷く、強く傷つけて。優しさなんていらない。
 どうか、どうか。この想いを壊してしまえる程の痛みを下さい。

 「もう二度と、過ちを犯さないように」

 まるでおとぎ話に出てくるような王子様に、脇役が夢見ることなんて。
 ああ、なんてくだらない物語なんだろう。
 そう思うのに、まだ涙は止まらなかった。
 

  |  
1/3ページ


/top/taxt


© 2018 PalletPat