fgo短編集




 いつ見に行っても夜遅くまで、なんなら明け方まで小さな窓から明かりが漏れていた。
 閉じられた扉から先は見えるわもなく、物音も聞こえないはずなのに、中にいる彼女が大量の資料をかき集めては適当に投げる音や、一生懸命何かを記録している様子が感じられた。

 開くはずもない扉の前にたたずむ。
 ふっと、人が来る気配を感じれば素早く霊体化し身を隠した。
 これじゃあまるでストーカーのようだなんて考えるが、彼女に声をかける勇気もなければ理由もない。
 そうこうしているうちに、気づけば時刻は5時になっていた。
 すると、いつもならまだ開かないはずの扉がなんの前触れもなく開いた。
 僕は慌てて霊体化すると、近くの曲がり角に逃げ込んだ。
 そっと扉の方を見ると、いつもの職員用の制服に身を包んでいる名前の姿が見えた。
 予定より早くに目が覚めてしまったのだろう。少し眠たそうな目を何度か瞬かせている。

 ……今ならば。

 今ならば、自然に話しかける事ができるだろうか。
 挨拶をするだけなら、何も問題ないはずだ。その為に、毎日毎日、見かけては追いかけ自然を装い挨拶をしていた。流石に彼女だけにするというのは怪しまれてしまうと思い、他の職員にも声をかけていた。実際名前だけではなく、マスター含め全ての職員がこの世界を救う為に全力で戦い続けているのだ。それを労うのは当たり前のことだろう。

 ……その時、いつも何気なく思い出すのは、彼女が恐る恐る差し出してくれた暖かいココアだった。
 マスターは常に僕達とともに前で戦っているし、何人かの職員はその様子をモニター越しで見ているからなのだろう。何度も声をかけてくれていた。
 でも全員がそうというわけではない。なんなら、自分のことでいっぱいいっぱいだろう。


 とても寒い場所での調査を終えたある日、マスターより先にレイシフトして戻った先に用意されていたのは沢山のカップとポットだった。そのひとつひとつに1人のカルデア職員がココアの粉を入れ、わざわざ温めてくれていたのだろう湯気が漂うポットからホットミルクを注いでは混ぜる、を繰り返していた。
 様子を見ていた僕に気づいたのか、職員の女性――名前は慌てた様子でポットを置くと、蒼色のカップを手に取り恐る恐るこちらに差し出した。

 「あ、あの…。お疲れ様、です。寒かったですよね、よかったらどうぞ」

 少しうつむきがちに紡がれた言葉は、そのまま僕の心にじんわりと広がった。
 その時から単純に、あっさりと僕は彼女に惹かれた。
 この想いは伝えるべきではない、自分に何かできるわけでもないのだから。
 でも、せめて今この場で一緒に生きていられる…この瞬間だけは。そばで見ていたいと思ったのだ。


 意識をこちらに戻す。

 名前は自分がいる方向へ歩いてきた。
 この先に用があるとするならば、向かうのは食堂だろう。
 ならば。

 「名前」
 「え…」

 霊体化をとき、偶然を装いつつ通りかかった名前に声をかけた。
 戸惑う彼女にいつものように笑って言葉をかける。
 そのほうが、より自然だと思ったから。

 「おはよう、名前」
 「あ、おっおはようございます…プロトアーサー」

 ほんのり色づいている頬に伸ばしたくなる手を抑え、戸惑いがちだが柔らかい笑みを浮かべこちらを見上げるその姿は、本当にいつまでも見ていたいと思えた。
 ふと、名前にぱっと目をそらされるが、そのまま伺うように再びこちらをそっと見上げる。

 ああ、どうしよう。
 どうしてこんなにも、愛おしいと想ってしまうのか。
 やっぱりそれは、名前だからか。

 しかし、あまり沈黙を長引かせては彼女にも気を使わせてしまうだろう。
 僕はバレないようそっと深呼吸をすると「よかったら」と声をかけた。

 「食堂に向かうところかな、一緒に行ってもいいかい?」

 するりと出てきた言葉。なのになんだかいつも以上に喉が震えている気がした。

 「うぇ…?……え?!」

 驚きの声をあげた名前につい断られたらどうしようと不安がよぎる。
 しかし、言葉はそのまま流れるように出た。

 「あ、ごめん。違うんだったら大丈夫…」
 「あ、はい!そう、です!食堂、うん。行きましょう!!」
 「!」

 勢い良く帰ってきた返事に、ほっと表情が緩んだ。
 嬉しい、すごくすごく嬉しい。
 どうしよう、このまま少し調子に乗ってしまおうか。
 朝早い時間帯で、人もほとんどいない。
 それならば、少しくらい踏み出してもいいだろうか…?

 なんだか抑えきれない想いで僕は手を差し出した。

 「…え?」
 「では、せっかくだしエスコートをしよう」
 「!?」
 「…いやかな?」 

 僕は意地悪だ。
 優しい彼女はきっと断れない。
 僕だけじゃない。他のサーヴァントが同じような問いかけをしたとしても手をとるだろう。
 そう思うと、彼女から視線を下げてしまった。
 くっと食いしばり手を下げようかと思ったその時、小さく温かい手が自分の手に重なった。

 手袋越しでも感じた優しい温もり。
 直接触れたい、でもこれ以上は良くない。
 名前を幸せに出来るのはきっと僕ではない。

 彼女はあまり話さない。それでも必ず僕の言葉に相槌をうってくれた。たったこれだけで嬉しいのだ。
 ずっと握っていたい。
 食堂に着いたとき、そのまま引き寄せることが出来ればまだ一緒にいられたのだろうか。
 それでも、控えめにこちらを伺う名前を見てそっと手をおろした。中に人もいるみたいだし、余計な噂がたって迷惑はかけたくない。

 「…じゃあまた」

 背を向けて歩き出す。
 ぬくもりが消えた手が何故か痛む。


 視線の先にはマスターがいた。
 そのまま逃げるように僕はそちらに行く。
 痛みを誤魔化したかった。
 

 僕はマスターと一緒にいたマシュに挨拶をした。「寝癖がついているよ」とい言えば、マスターは慌てたように髪の毛をいじり始めた。その様子をマシュと近くにいた他のサーヴァントと一緒に見つめる。
 ただぼーっと見つめていた僕に、急にマスターが顔をしかめた。

 「え、マスター…?」
 「ねえ、アーサー。今日ここに誰と来たの?」
 「え」

 ドキリと心臓が鳴った。
 彼女とは食堂に入る直前で別れた。別に一緒に入るタイミングが被るくらいならよくある事だからここまで共に来た事は分からないだろうと思っていたのだけれど。

 「……アーサー」
 「な、なんだい?」
 「私…、言ったよね?」

 怖い。
 なんの話をしているのか分からないからなおさら怖い。
 マスターの迫力にマシュはオロオロとしているが、少なくとも僕より状況を飲み込めているようで、こちらを見る目線は若干冷ややかだ。他のサーヴァントは状況が掴めていないようでキョトンとしている。

 「"泣かせるな"って」
 「!」
 「…今まで、多少つきまとっているくらいは支障がなさそうだったから見逃してたけど、一度でも泣かせたら本気で怒るって」
 「ま、マスター結構はっきり言うんだね。というか泣かせたってどういう」
 「言ったよね?」
 「……」

 思わず後ずさる。
 結構すごいことを言われていたが、それよりも気になったのは。 

 「泣かせたって…」
 「…いいの?」
 「…え」
 「一人にして」
 「…!」

 僕はその場を翻し来た道を戻る。
 振り向いた先にすでに彼女の姿はなくなっていて、扉の近くに落ちていた小さな雫が偶然のものなのか分からないけどそれを見た途端胸が締め付けられた。

 どうして泣いているのか、本当に泣いているのか。
 これで、なんともない彼女に会ったらそれはそれで。
 手のひらが痛い。ああ、もしかしたら、彼女に直接触れれば治るかもしれない。そうだ、会いに行く理由はそれでいい。
 意味がわからないと彼女は困惑するかもしれないけど。

 …名前の部屋の前に着いた。
 ノックをしようとして手が固まる。
 マスターは私の想いを気づいているからこそ後押ししてくれたのだろうけど、だからといって彼女と僕の"差"が無くなるわけではない。
 いたずらに彼女を惑わせて余計何かに苦しめられてしまうのなら、

 「…っ…」
 「!」

 閉まりきったはずの扉から本当に微かに聞こえた食いしばるような嗚咽。
 それが聞こえた途端、僕は扉に触れた。
 ロックがかかっているはずの扉は何故かそのまま開く。その先からそっと倒れてきた彼女を僕は受け止めた。

 「……え…?」

 開いた扉に困惑する名前。
 そしてゆっくりこちらを見上げたその瞳には涙が溢れていた。そのままその目が大きく見開いた。

 「なんで」

 確かに口元はそう動いてたのに声は聞こえてこない。
 こぼれ落ちる涙が彼女の頬を伝い、受け止めていた僕の手に落ちると同時に何も言えないままそっと抱きしめた。

 きっとマスターには見えていたのだろう。
 力強く握りしめる手を、苦しそうに揺れる瞳を。

 「……僕は、きみに何ができるだろうか」
 「…え」
 「……君が泣いている理由が知りたい」
 「…!」

 そう言うと、名前は慌てたように顔を下げてしまった。そのままゆるりと首を横にふった。そっと僕の腕をとりその場から離れようとしていることに気づき、抱きしめる力を強める。すると困ったように眉を下げ、名前はちらりとこちらを見上げた。

 「名前」
 「……えっと…」
 「…僕のせい?」
 「え、そんな…ことないですよ。これは……、じつはさっき転んでしまって、思ったよりも痛かったので」
 「本当に?」
 「はい」

 名前は笑って言う。
 絶対に合わせようとしない目。

 「そう…」

 腕の力を弱める。ほっとしたような微かに彼女から吐かれる息に何故か苛立ちを感じてしまう。
 そのまま僕は名前の腕を引っ張るとそのまま抱き上げた。

 「…え?!」
 「怪我をしたんだろう?手当をしないと」
 「え、え……?まって…」

 僕はそのまま開きっぱなしの彼女の部屋に入った。

 僕達が入ると扉はきっちり閉まる。

 僕はしっかりとそれを確認し、徐々に顔が赤くなっていく名前に向かって微笑んだ。



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