無題
夏目は放課後の帰り道、ふと立ち止まった。
商店街に漂う甘い香りに引かれ、視線を向けると、小さな和菓子屋の暖簾が揺れている。
「ほととぎす堂」――そう書かれた看板に、思わず目を細めた。
「……昨日の」
思い出すのは、神社で出会った女の子。杜鵑 李灯。
あのときのお供え物も、きっとここで作られたものだろう。
「よし、寄ってみようじゃないか!」
脇からひょいと顔を出したのはニャンコ先生。
ぷりぷりとした体で夏目の足にまとわりつき、尾を揺らす。
「何か甘いものを買え、夏目。お主の財布でな」
「……先生が食べたいだけだろ」
ため息をつきつつ引き戸を開けると、涼やかな鈴の音が響いた。
「いらっしゃいませ」
振り向いた李灯が、ぱっと笑顔を浮かべる。
「……夏目くん!」
「こんにちは。ここ、李灯さんのお店だったんだ」
夏目が少し照れながら言うと、李灯は嬉しそうに頷く。
「そうなの。昨日は神社で助けてもらったから……改めて、ありがとう」
そう言って微笑む彼女の声に、夏目の胸がわずかに熱くなる。
けれどすぐに視線をそらし、店内の棚を見やる。
「えっと……おすすめは?」
「今日は葛饅頭が人気だよ。ひんやりしていて、夏目くんも好きだと思う」
「ふむ、二つ頼むぞ!」
横から割り込んできたニャンコ先生が、どさっと店の真ん中に座り込む。
「えっ、猫ちゃん……!」
李灯が目を丸くすると、夏目は慌てて言った。
「すみません、この子……いや、この先生が」
「ワタシは客だ! リビ、ひとつ余計に包め!」
「リビ……?」
李灯はきょとんとしたあと、ふふっと笑った。
「先生にまで名前を呼んでもらえるなんて、ちょっと嬉しいな」
紙箱に丁寧に菓子を詰めながら、李灯はにっこりと微笑む。
「夏目くん、また神社に行くの?」
「……うん。あそこは静かで落ち着くから」
短い会話。けれど、不思議と心地よい沈黙が流れる。
「よし、これでワタシと夏目は“常連”だな!」
葛饅頭を抱え込んだ先生がご満悦に言う。
その様子に李灯と夏目は顔を見合わせ、同時にくすっと笑った。
――それはほんの些細な時間。
でも確かに、二人の距離を少しだけ近づけていた。