その日は朝からしとしとと雨が降っていた。
放課後、傘も持たずに帰ろうとしていた夏目は、雨脚の強まりに足を止める。
頭が重く、体の節々が痛む。どうやら熱まで出てきたようだった。
「……参ったな」
歩き続けようとしたところで、ふわりと甘い香りが漂った。
顔を上げると、すぐ近くに「ほととぎす堂」の軒先があった。
「夏目くん……?」
暖簾をくぐった李灯が、驚いた顔で駆け寄ってきた。
「すごく顔色悪いよ……! 濡れてるし、寒かったでしょう」
「……ちょっと、疲れただけで」
そう言いかけた途端、視界が揺れて、ぐらりと体が傾く。
「夏目くん!」
咄嗟に腕を伸ばした李灯が、その体を支える。
彼女の肩越しに、雨の匂いとほんのりした甘い香りが混じって伝わる。
「……ごめん」
「謝らなくていいの。ちょっと奥で休んで」
案内されたのは、店の裏にある畳の間だった。
李灯は急いでお茶を淹れ、濡れたタオルを手渡す。
「体調崩したら、無理しちゃだめだよ。……ひとりで耐えるの、辛いでしょ」
その言葉に夏目は胸が詰まる。
ずっと、人に心配をかけたくなくて、弱さを隠してきた。
でも――。
「……なんで、わかるんだろう」
思わず零れた声に、李灯はにこっと微笑む。
「わかるよ。夏目くん、いつも無理してる顔してるから」
その優しい声に、夏目の瞼は重くなり、意識がふっと遠のいた。
小さな寝息を聞きながら、李灯はそっとタオルを絞り直す。
「……少しくらいは、頼ってくれてもいいのに」
雨音に溶けるその呟きは、眠る夏目には届かない。
ただニャンコ先生だけが、丸くなってそれを聞いていた。
「ふむ……これは、案外悪くない展開かもしれんぞ」