CDショップでの時間は、相変わらず穏やかで楽しいのに。
「李灯!これ絶対好きだと思う!」
「ほんと?じゃあ聴いてみようかな」
そんな何気ない会話のひとつひとつが、
少しずつ――重くなっていく。
(……こんなに、楽しいのに)
帰り道、一人になると胸が苦しくなる。
理由は、分かってる。
「……好きになっちゃったな」
ぽつりと、夜に溶ける声。
でも――
(ダメだよね)
相手は夢に向かって走ってる、大学生。
自分はただの社会人。
“支える側”でいたいのに、
それ以上を望んでしまう自分が、少し怖い。
⸻
一方で――
「……はぁ」
珍しくため息をつくアレンに、仲間が笑う。
「どしたんだよ、珍しいじゃん」
「いや、なんでもねぇって」
そう言いながらも、視線はどこか遠い。
(……李灯)
頭に浮かぶのは、あの穏やかな笑顔。
一緒にいると楽しくて、落ち着いて、
でも時々、どうしようもなく苦しくなる。
「……年上、なんだよな」
ぼそっと呟く。
社会人で、落ち着いてて、ちゃんとしてて。
(俺なんかが、隣にいていいのか……?)
ステージではあんなに強くいられるのに、
彼女の前では、少しだけ臆病になる。
⸻
数日後。
いつものCDショップ。
「……あ、アレンくん」
「李灯!」
顔を合わせた瞬間、
お互い少しだけ――ぎこちない。
「今日、遅かったね」
「うん、仕事ちょっと長引いて」
「そっか、おつかれ」
「ありがとう」
会話は普通なのに、
どこか距離を測っているような感覚。
「……あのさ、李灯」
「ん?」
アレンが、少しだけ真剣な顔をする。
「今度のライブ、来る?」
「……うん、行くよ」
即答してしまった自分に、少し驚く。
「ほんとか!」
嬉しそうに笑う顔に、胸が締め付けられる。
「じゃあさ、そのあと……」
言いかけて、止まる。
「……いや、なんでもねぇ」
「え?」
「ライブ、ちゃんと見ててくれよな!」
誤魔化すような笑顔。
(……どうしたの?)
聞きたいのに、聞けない。
⸻
ライブ当日。
熱気と音に包まれる会場。
ステージの上で歌う
朱雀野アレンは、
いつもの彼とは別人みたいに、かっこよくて。
(……遠い)
そう思ってしまった瞬間、
「――っ!」
ふいに、視線が合う。
観客の中の、たった一人を見つけるみたいに。
そして――
ほんの一瞬、優しく笑った。
(……今の)
心臓が、大きく跳ねる。
⸻
ライブ後。
人混みの中、少し離れた場所で待っていると、
「李灯!」
息を切らして、アレンが駆けてくる。
「おつかれさま」
「どうだった!?」
「……すごく、かっこよかった」
その一言に、アレンは少しだけ照れる。
「……そっか」
でも、すぐに真剣な顔になる。
「なぁ、李灯」
「ん?」
「さっき言いかけたやつ、いい?」
少しだけ、距離が近づく。
「……うん」
「俺さ」
拳をぎゅっと握る。
「もっと上に行く」
「うん」
「そのために、今は音楽に全部使いたい」
「……うん」
分かってる。
それは、すごく大事なこと。
「だから――」
一瞬、言葉が詰まる。
「中途半端な気持ちで、李灯のこと――」
その先を、言わせたくなくて。
「大丈夫」
思わず、遮ってしまう。
「……え」
「ちゃんと分かってるよ」
笑ってみせる。
「アレンくんの夢、すごく大事だもんね」
胸が痛いのに、うまく笑えてしまう。
「私、応援してるから」
その言葉に、アレンは何も言えなくなる。
「……っ」
ほんとは、違う。
応援だけじゃ、足りない。
でも――
「じゃあ、またね」
そう言って背を向ける。
「……李灯!」
呼び止められても、振り返れない。
⸻
(行かせたくねぇ)
(でも、引き止める資格がねぇ)
立ち尽くすアレン。
⸻
(好きなのに)
(言えない)
同じ気持ちを抱えたまま、
二人の距離は――
ほんの少しだけ、離れてしまった。