夢を、見る。
見覚えのある景色、普段と同じような日常の景色。
そこにいつもはいない、人がいる。
そいつと楽しそうに会話をしている俺がなんか羨ましい。
暗転。
身体を揺さぶられる。背中が痛い、床にでも寝転んでいるのだろうか。視界は霞みがかったようにはっきりとしない。ただうすら淡い人影が、俺の名前をずっと呼んでいるのだけは理解した。
「ーー」
たしかに誰かの名前を呼んだのに、音にした瞬間記憶から溶けていくようで、どんな名前だったのか覚えていない。
人影が安堵したように俺の名前を呼ぶ。名前を呼び返したはずなのに、それがどんな名前かもわからない。
そんな夢。
目が覚めても、なんとなく心地が悪い。心に穴が空いたような気分だ。
俺はいったい誰の名前を呼んでいた?
声は聞こえたはずなのに、自分で発した音すらも、その言葉は俺の記憶からはすっかりの抜け落ちている。
誰かが俺を呼んでいるであろう音だけが、頭の中で繰り返される。音になっているのに、理解できない、言葉として脳が理解しない。
また、夢を見る。
俺は必死に返事をするけど、手を伸ばすけど俺がここにいるのを気づいてはくれない。
ただひたすらに前を向いて、誰かの名前を呼んでいる。
誰の名前を呼んでいる、誰を探している、こっちを向けって!
『−!!俺はここにいる、ここに!』
俺は叫ぶ、誰を呼んでいるかもわからないのに、まるでそいつが俺を探していると確信しているかのように。
何度も、何度も、気づいてほしくて俺は叫んだのに、叫んだ、のに、声は出ていなかった。
苦しい、声が出ない、気付いてくれない、痛い、悲しい、淋しい、怖い、寒い。
何度声を出そうと口を開いても、声という音は出ない。
どうしても声を出したくて、力を入れたらむせ返った所為か血が出る。
ごぽり
そこで、ようやく気付いてくれたそいつがこちらへ走ってくるのが見えた、か細くこぼれた俺の声がそいつの名前を紡いだ。
「隼人」
そこで、目が覚めた。
「…っ!」
夢、そう夢だ。
何なんだ今の夢は。
悲しくて悲しくて、苦しい。
最期に紡いだ言葉がハッキリと思い出される。
「…は、いと…?」
そう、確かに“隼人”と最後に言葉をこぼしたのだ。
夢の中のあいつは、俺を探していたのだろうか。それよりもあの場所はいったいどこだったのだろうか。
思い出そうにも、思い出せない。
断片的に記憶されたこの夢は、いったい俺に何を思い出させようとしたのか。
“隼人”という名の男
その響きは胸にストンと静かに落ちていく。
俺はあいつを知っている。知っているはずだと、本能が訴える。
だけど、今までに淡い緑の髪の男なんて会ったこともない、会ったこともなかったはずだ。
あいつは、どんな声で、どんな顔で、俺の名前を呼んでいたのだろう。
気にかかりはするものの、所詮ただの夢だと割り切っているのかすぐにでも気にならなくなるような気がした。
今日は部活で、こっくりさんをやる予定になっている。その後さっさと帰ってじいちゃんの見舞いだ。
早めに起きて準備をする。
今朝の夢のことはすぐに記憶から消えていた。
朝飯を食べて、時間になったから家を出る。
いつも通りに授業を受けていつも通りに部活に行く、先生に絡まれて勝負に勝って病院へ行く。
多少違うけど大体同じ一日。
病院についてじいちゃんの病室へと足を運ぶその時に、ついスマホを見ながら歩いていてすれ違い様肩が当たってしまって謝る。すんません。いえ。短い会話をする。その時胸がざわついてハッと振り返った視線の先で目が離せない淡い緑色の髪が揺れている。
振り返って欲しい、顔が見たい声が聞きたい。
そう念じたけど叶わなかった。
「ま、いっか…」
終
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