とある日の話 - 傑との話

とある日の話。



小さな店先の軒下に何をするでもなく紀之加はぼんやりと雨の中道ゆく人を見つめながら立ち尽くしていた。行き交う人の波は絶え間なく動いて、時の流れに急かされる人々の生き方に、紀之加はなんとなく息が詰まるような気さえしていた。


「何してるの紀之加ちゃん」


不意に頭上から声が降る。それに振り返るような素振りもなく変わらず人の波をながめる紀之加には声の主を顔を見ずともわかっていた。
ただ、人の波をぼんやり見つめていたその顔には微かに不機嫌さが滲み、声の主もまたそれを知りつつも気にしない素振りで言葉を続けた。


「見ての通りです。」

「えっと…何かな?」

「人間観察。」

「ほんと、変わった子だね…誰に似たんだか」


誰に似たんだろうか。その言葉に思い浮かべた男の顔を振り払う。
高身長の男との身長差は大きく、声が聞き取りづらいからと、声の主の男は紀之加の横に座り込む。紀之加の冷めたような返事に、私のことは嫌いかなとわざとらしく眉を下げる。事実、紀之加はこの男が嫌いだ。


「傑からはイヤな匂いがする。好きじゃない。」

「はは、嫌われたもんだね。あんなに懐いてくれてたのに。」

「変わったのは傑だよ」

「…そうだね。いや、そうかな?」

「変わった。傑が変わらず僕に優しいのは、僕がたまたまかっち側だったから。そうじゃなかったら、傑にとって僕はゴミと同じだ。」

「…酷いことを言うね。ゴミだなんて」


否定、しないじゃないか。
紀之加はかすかに眉間に皺を寄せた。


「悟は…」

「その話はよそうか。私はただ、たまたま紀之加ちゃんと話がしたかっただけだからね。それと、最近二人の女の子の面倒見ていてね…」

「そう」

「君も大概ひどい状態だったけど、あの子たちもなかなかでね。それでなんとなく、君が恋しくなっちゃっただけさ」

「特級呪術師は人を拾う趣味でもあるの?」

「ははっ、それは確かに。まあでも、人を養うだけの金はあるからね…面倒を見ると言う点ではわからないけど。助けたいと思えたら助けることは可能さ。」

「傑に拾われてよかったね。悟は最悪だ」

「どうかな…私もあまり向いてはいないさ…」

「でも、僕に"生活"の仕方を教えてくれたのは硝子と傑だ」

目を伏せ、生きることすらままならなかったあの頃を思い出す。殺風景な部屋で札束を与えられただけだった僕を気遣ってくれたのは傑と硝子だった。二人がいなかったら僕は与えられたあの部屋で息絶えていたに違いない。


「紀之加ちゃんは感情論で他人を評価しないんだね」

「…どうかな。僕は傑が好きじゃないよ。」

「硝子は?」

「好きかな」

「悟はもちろん好きなんだよね?」

「うん。」

「じゃあ、もし…紀之加ちゃんを拾ったのが私だったら紀之加ちゃんが今悟に向いている全ては私に向いてたのかな」

「…傑は、僕が欲しいの?」


睨まれる訳でも、幻滅されているわけでもない、ただただ胸の奥を見透かすような紀之加の視線に傑はいい気持ちはしない。昔から感情でものを見ないその瞳を傑は少しだけ苦手に思っていた。子供の純真な瞳とは違う内側を見透かすような瞳に見つめられると、自分の中に潜む何かをどれだけ隠せてるのかと、背筋を冷やしてしまうのだ。


「…そう、なのかな?」

「でも、傑は僕を拾わなかったと思うよ。硝子もそう。」

「なんでそう思うんだい?事実私は二人の女の子を面倒を見ているだろう。」

「悟と傑は違うから。」

「違う?」

「傑と硝子はきっと僕を危険視して何か起こす前に処分することを選んだと思う。」

「…」

「悟も別に僕のこと育てようなんて思ってなかったし、ただの気まぐれに救われただけ。というより悟の目的に付き合わされただけ。」

「本当にそう思う?」

「どういう意味?」


傑は含みのある笑みを浮かべて、返事を誤魔化す。紀之加は不快そうに眉を顰めて深く息を吐いた。
変わらず笑みを浮かべる傑になんとなく居心地の悪さを感じ、半歩横にズレた。


「教えてあげようか?」

「いい、知りたくない」

「あの時の悟には」

「いいってば!!」

「驚いたな、そんな大きな声出せるんだ」


言葉を遮った紀之加の声に目を丸くする。何をムキになっているのか紀之加自身が1番理解していない様子だった。
わざと靄に隠して忘れようとしたものを暴かれるようなそんな感覚だった。紀之加はよくわからない気持ち悪さに傑を睨んだ。


「そう言うことね。」

「…なにが」

「何も?意外な面も見れたし楽しい時間になったよ。ありがとう。」

「ドウイタシマシテ。」

「…あんまり、悟のこといじめないであげてね。」


何か言いたそうに笑い、立ち上がった傑は背を向け手を振りながら人混みの中に消えていった。
取り残された紀之加は興が削がれたとばかりに不満げな顔でその場から歩き出す。監視をつけようかと野良犬に目をやったところで、あの男の情報が逐一入ってくるのは良い気分ではないとやめることにした。




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