「オクタン、今日もかっこいいね! あとでツーショ撮って!」
「この試合が終わったらな」
「自ら死亡フラグ立てちゃうところも可愛い……好き……」
「ほら、そろそろワールズエッジに着くぞ」
「頑張ろうね! オクタン!」
「おいおい、このミラージュ様もいることを忘れないでくれよ?」
本日のアリーナはワールズエッジ。備え付けのモニターでは前回のチャンピオン紹介が行われているが、私の目には隣にいるオクタンしか映っていない。
今回のスキンはファストファッション。撫で付けられた青い髪、特徴的なゴーグルとマスク。光沢のある素材の生地がピッタリと彼の体のラインを強調しており、芸術的シルエットを生み出している。特に、露わになった肋骨の暴力的なセクシーさと言ったら……こんなけしからんスキンのオクタンと共に戦わなくてはいけないだなんて、ひょっとしてこれは何者かによる罠……シンジケートの陰謀なのか……。
「ジャンプマスターは当然、この俺だ。しっかり着いてきてくれよ」
「オクタンと一緒ならどこまでも!」
「この部隊でやっていけるか不安になって来たな……」
オクタンの合図で勢いよく船から降下する。予定着地点はフラグメントイースト。同じ方向に向かっている部隊は片手じゃ足りぬほどの数。だけど、オクタンと一緒なら怖いものなんてない!
「ねえオクタン! チャンピオン取ったらデートしてくれる?!」
「何だって?! よく聞こえねえよ!」
終わった。終わったのだ。色々と。
フラグメントの部隊をほぼデュオで壊滅させたオクタンとミラージュの活躍は目まぐるしく、道中までは実に順調であったと思う。リングの縮小で移動を急かされる中、私がスナイパーに抜かれるまでは。
ふたりとも私を見捨てまいと、詰めて来た敵部隊相手に決死で戦ってくれた。リングがすぐ後ろまで迫ってきたとき、安地へ向かうことを提案してくれたミラージュには感謝しか無い。あのまま留まっていたら彼らも円外で焼かれていたことだろう。
失血により薄まる意識の中、走り去る二人の健闘を祈った。その祈りは、残念ながら届かなかったようだが……。
「そう落ち込むなよ。どうだ、今夜うちに飲みにでも来るか? オクタンたちも来るって言ってたぜ」
「そんな気分じゃない……」
「お前がオクタンで釣られないなんて重症だな……まあ、気が変わったらいつでも来いよ。旨い酒と愛しのオクタンがお前を待ってるからな」
帰還したドロップシップで再会したミラージュに慰められた。踏み込みすぎず、ほどよい距離感でいてくれる彼はまるで兄のようで、何だかんだと仲間から慕われている理由がよく分かる。
部隊に迷惑をかけたあとのいたたまれなさ、不甲斐なさ、悔しさ諸々……そこから立ち直るのは容易ではない。こんな時みんなはどうしているのだろうかと気にはなるが、強くて頼もしい同僚たちから参考になる話は聞けないのだろう。
とぼとぼと船内の私室へ向かう途中で、ライフラインと親しげに話すオクタンを見かけた。今夜、ミラージュのバーへ行くのは彼女と一緒のようだ。
「アンタは本当にもう……」
「ははは!」
何やらオクタンが余計なことを言ったらしく、ライフラインに小突かれて笑っている。その光景が何とも微笑ましくてつい頬が緩んでしまった。幼なじみの距離感……尊い! ほんの少しだけ元気になった。
私はオクタンが好きだ。だからといって、彼とお付き合いがしたいわけではない。言わば推し。ふざけて言ったデートのお誘いだって、ただの愛情表現のひとつでしかない。私はそこに見返りを求めない。
ただ彼と、彼の大切な人たちが笑顔でいられることを祈りながら、毎日を過ごしている。
「おう、結局来たのか」
「二人に誘われちゃね」
「お前、俺の誘いは断ったくせに……」
あの後すぐ二人に見つかってしまい、まんまとパラダイスラウンジに連行された。「行かないのかよ。俺がいるのに?」なんて御本尊に言われちゃあ不可避よ。
店主のミラージュは慣れた手付きで"いつもの"メニューを用意していく。このメンツといえばビールとポークチョップだ。私の出身地には『とりあえずビール』と言う文化があると教えてしまって以来、それを気に入った二人はそれを飲み会の常套句にしていた。ビールの肴にミラージュのポークチョップはベストな組み合わせなのだ。
「クソ雑魚でごめん…………」
「まーた始まった」
「コイツこうなると長いんだよな」
酔いも回ってきた頃、頭の中に思い浮かべるのは今日の死に様。隣にはオクタン、目の前にはミラージュ。戦場で見たふたりの表情と重なって心が苦しくなった。それはそれとしてマスクオフのオクタンはワイルドイケメンで困る。ささやかに生やされたおヒゲもキュートだ。じょりじょりさせてほしい。
「ううっ……」
「もう……ほら、飲みな」
ミラージュから水を受け取ったライフラインが私の手にグラスを持たせる。それを一気に飲み干せば、なぜだろうか微かにしょっぱい風味がした。これが……敗北の味……。
「ンなしょげるなよ。次勝てばいいだろ」
「でも〜……」
「ほらほら、約束のツーショット撮ってやるから」
「え?!」
そう言って構えられたオクタンの端末に顔を向ける。涙でアイラインは消えていないだろうか、髪はボサボサになってないだろうか。ああそんなことよりオクタンとのツーショット! さっきまでの沈んだ気持ちはどこへやら、今や貴重な『推しとのツーショット』に意識が全力で注がれている。
彼の「はいチーズ」と言う掛け声とともにシャッター音が鳴る。どうしよう瞬きしちゃってないかな、その写真欲しいな、とソワソワしている間、端末を操作していた彼は写真をすぐさまSNSに投稿したらしく、彼のアカウントの更新通知が私の端末へ届いていた。
「へへ……ありがとう……引き伸ばして部屋の壁紙にするね」
「え……それはやめてくれ……」
写真の中の私は締まりのない顔で笑っていた。多分いまもそんな顔をしているのだろう。隣に座るライフラインが、呆れたような安心したような表情をして微笑んでいた。
部屋、でなく端末の壁紙にしたツーショットは一日中眺めていては電池の減りが早くなってしまったので、印刷して戦装束の胸ポケットにしまっておくことにした。先日の試合で私にフィニッシャーをかけようとしたオクタンが、ポケットから落ちたそれを目撃し固まってしまったのは申し訳ないと思っている。彼をダウンさせたレイスが私を蘇生しながら、どこか気まずそうにしていたな。
「告白はしないの?」
「告白? 何を?」
突拍子もない質問にオウム返しをすれば「本気か?」とでも言うような視線をぶつけてくるレイスと目が合う。
「彼に」
彼女の指す先にはオクタン。ロビーに設けられている私用区画が散らかりすぎていると、ライフラインに叱られているところらしい。姉と弟のようなふたりのやりとりはいつ見ても癒される。
「告白は毎日してるようなものだからなあ」
「そういうのではなくて、その、交際を申し込むとか……彼、本気にしていないでしょう」
「交際?! いやいや、私の『好き』はそういうのじゃないよ!」
私の言葉に首を傾げたレイスが「けれど、」と何か言いかけるが、はたと口を噤むようにして黙ってしまった。
「ごめんなさい、忘れて」
そう残して静かに去っていくミステリアスな後ろ姿をただ眺める。言い淀んだ言葉は何だったんだろうか。とんでもない爆弾を投下されるところだったのかもしれない。妙にホッとした気持ちになって、息をついた時だった。
「じれったいのよね」
「わっ、ローバ」
背後から突然現れた長身の美女に驚く。整った眉を顰めさせた彼女に見下されるのは変にドキドキしてしまい、まっすぐ目が合わせられなかった。
「彼を見つめるアンタの瞳」
「瞳?」
瞳、と言われてつい顔を上げれば、長いまつげに縁取られたアンバーが私を捉える。
「焦がれる女の瞳をしてる。あのレネイがお節介したくなるほどにね」
不意にオクタンの笑い声が聞こえて一瞬、そちらを注視してしまった。視線を戻した先のローバが「ほらね」とでも言いたげに笑うものだから、もう観念する他ない。彼女の瞳に映った私は、確かに焦がれる女の顔をしていた。
私はオクタンが好きだ。だからといって、彼とお付き合いがしたいわけではない。
憧れは届かない存在だからこそ美しいし、決して振り向かないと分かっている相手に無謀な恋をするほど純真無垢ではなかった。
気軽に好きだと伝えることができて、たまに仲間を交えて飲みに行ったりして、それくらいの距離感が一番楽しい。それくらいの距離感なら、傷付くこともないはずだから。
「この頃やけに落ち着いてるね。何かあった?」
「そんな私がいつも騒がしいみたいに……」
否定はできないのが悔しいところである。
ロビーのベンチ横、試合前にドックのメンテナンスをしていたライフラインに声をかけられた。促されるまま隣に座って、私も自分のデバイスの確認を始める。
「シルバが気にしてた」
「何を?」
「最近元気がないんじゃないかって」
元気がない、ということは無かった。オクタンにキャーキャー言うのを控えていただけで。……なるほど、彼の目にはそういう風に見えたのか。無駄な心配をさせて申し訳ない。
「今日シルバと一緒の部隊なんでしょ?」
「そう、みたいだね」
「アイツ寂しそうにしてたから、いっぱい構ってやりな」
ライフラインの言葉にぎょっとして彼女の方を見れば、鼻歌交じりにドックを磨いているところだった。オクタンが寂しがっているだなんて彼女らしくない冗談……いや、本当のことなのかもしれない。ファンが大好きな彼のこと、身近にいた騒がしいのが静かになれば、物足りなさを感じてしまうのは無理もないだろう。
けれど以前のように振る舞える自信なんて、無い。推しだなんだと予防線を張っていた想いをあらためて自覚してしまった今、それが露見してしまうのが怖いのだ。
「同じ部隊になるのも久しぶりだな」
「そうだね。よろしくオクタン。……今日はオリジナルスキンなんだ……かっこいい、ね」
「おう。アンタこれが一番好きだろ? オクタン様と言ったらこの衣装だもんな」
好き。前までなら容易く口に出せていた言葉が出てこなくて、頷くだけに留まってしまう。彼はそんな私の様子を訝しむような仕草を見せるが、もう一人の仲間に呼びかけられて事なきを得た。もう間もなく降下の時間だ。
遠くで爆撃の音が聞こえる。
味方のバナーが回収できなかった。回復もとうに底を尽きている。弾はかろうじてあるが、このラウンドを撃ち合いしてやり過ごせるほどのストックはない。
残ったひとり――オクタンとそれぞれ物資の量を照らし合わせた結果、リングの縮小が終わるまで草陰でやり過ごすことにした。いわゆる『ハイド』だ。ストームポイントは自然豊かで助かる。
「あっちの部隊、やりあってるみたいだな」
「そうだね」
「……行きてえな」
「……そうだね」
いつもだったら枚数不利など気にせず先陣を切りダウンを取って、私がたどり着いた頃には部隊を壊滅させているくらい強気な戦法を取っている彼のこと。ハイドなど、不本意なはずだ。それをしないのはきっと、前回一緒になった試合でのことがあるから。私がいれば足手まといだと、そう思われているのだろう。
……今日だって、味方を失った理由も私のカバー不足にある。推しに――好きな人に迷惑をかけている情けなさに、目の奥がぎゅうっと熱くなった。
試合中に泣くわけにはいかない。顔を上げてやり過ごそうとしたところ、体をぐっと引き寄せられて心底びっくりした。口から出そうになった悲鳴は手のひらによって塞がれている。それはもちろんオクタンの手のひらで、背中には人肌のぬくもり。体が密着しているのだと気がついて、彼のグローブに再び悲鳴が吸収された。
すぐ後ろにいるオクタンが人差し指を口元に当てるジェスチャーをしたのを見て何度も必死に頷けば、ようやく口が開放される。
「足音だ」
「……!」
息を呑んで耳をすませば、すぐ近くのトンネルの中を駆ける足音。2人、いや3人揃っている。この状況で位置バレするわけにはいかない。少しでも物音を立てたが最後、あっという間に壊滅させられることだろう。せめてこの部隊にリコンタイプがいませんようにと願いながら、その動向に集中した。
心音がやけにうるさい。いつ死ぬかも分からぬこんなシチュエーションで、後ろにはオクタンがいて、落ち着けと言うのも無理な話だ。
遠のいた敵部隊の足音に脱力して、ついオクタンにもたれかかってしまったのを咎めるかのように、私の腕を掴んだ彼の手に力が入る。やばい。冷静になるとこの状況は刺激が強すぎる。オクタンの露出したお腹が私の肌にぴったりとくっついて、どちらのものが分からぬ汗で湿っている。エッチだ……じゃない、不快感を与えてしまったらまずい。離れなければ。そう軽く身じろぎするも、彼から離れることは叶わなかった。私を引き寄せたままだった腕が、腹に回されていることに気がつく。
「お、オクタン?」
「……もう少しこのまま、いいか?」
そっと囁かれた声にただ首を縦に振ることしか出来ない。まだ敵部隊を警戒しているのだろうか。何も考えず走り回っているようなイメージの彼だが、その実力は伊達じゃない。さすがの入念さに感心する。
……しかしどうにも様子がおかしい。首元に彼のマスクがグリグリと押し付けられる感覚に、よこしまな気持ちがこみ上げる。これじゃまるでただ抱きしめられているだけのようだ、と考えてしまって汗がどっと吹き出した気がした。
「……はは、心臓の音すげえ」
「ひっ……う、うるさくてごめん……」
掠れた低音が耳をくすぐる。跳ねた心臓が後ろめたくてつい謝罪すれば「アンタじゃなくて、俺のだよ」と返されて、理解が出来なかった。
「ほら」
「え、あっ」
これ以上ないくらい体を密着させられて、背中に感じる熱と鼓動。私と同じくらいの速さで脈打つそれに、呼吸すらままならなくなる。何これ、何これ。どういうこと?
「……俺はさ、好きな女にはちゃんと男として見られたいんだよ。『推し』なんてモンじゃなくて」
「なに、言って」
「まー……その様子じゃ、まだ望みはありそうだな」
悪戯っぽくカラカラ笑ったオクタンは、私から離れると足早に草陰から出て行ってしまう。慌ててそれを追うようにすれば、ジャンプパッドを構えた彼がゴーグル越しの瞳を細めてこちらを見ていた。そんな彼へ言葉の真意を問いただそうとした途端に響く、ショットガンの弾ける音。
残存部隊は3。銃声は近い。仕掛けるには絶好のタイミングで、オクタンと音の方向を確認して、目を見合わせる。
「チャンピオン取ったらデート、だったか?」
「……! この間の……! 聞こえてたの?!」
「はは! 俺様のためにも頑張ってくれよ!」
――この勝利を逃すわけにはいかないらしい。銃を握る手に、力がこもった。
(2022年9月26日 Pixiv掲載)
(2025年9月16日 加筆修正)
