Shadowfall 2022



 闇夜のオリンパスとやらは、思ってたより悪くないと感じた。
 あのジップラインも、盆栽プラザも、エステートも。見覚えがあるはずの場所すべてがおぞましいほど薄気味悪い空気に包まれていて。元の世界のオリンパスもこれくらい面白みがあれば多少は飽きずいられたかもな、なんて不毛なことを考えてしまう。

 ――いや、悪くないと感じたのはこいつが一緒だからだろう。
 スコープを覗き込む俺の横顔を、獣のように荒い呼吸音を立てる彼女が見ていた。
 いつだったか聞かれたことがあった。“影”になった気分はどうなのか、と。バッドトリップだと例えたら不思議そうな顔をしていたな。彼女も今そんな気分を味わっているのだろうと思うと、なぜだか無性に抱きしめてやりたくなった。
「……!」
「ダメなのかよ。アンタは影になってもお堅いね」
 肩に腕を回そうにも拒絶するように抜け出してしまう。“影”の俊敏性はそこでも活かされるのだな、とやけに笑えた。

 彼女は俺を庇って死んだ。1年前、俺が彼女にそうしたように。
 今年のシャドウロワイヤル。奇しくも、あの時と同じく2人だけの部隊だった。今度こそは共に生きて帰ると約束したのに。守りきれなかった己の不甲斐なさに項垂れるが、下を向いていたって何も変わらない。前を見なければ銃は撃てないし、一番参っているのは初めて“影”になった彼女だろう。
 心細いのか、“影”としての役割を全うしているだけなのか、彼女は俺にぴったりくっついて離れない。忠犬よろしく着いて来る彼女に、不覚にもときめいてしまっているのだ。せめて抱きしめるくらいは許して欲しいと思っても、バチは当たらないんじゃないか?
「本当、いつになりゃ素直になってくれるんだか」
 “影”になってもなお理性が働いているらしい彼女は、俺の言葉に首を振るくせに距離を取ろうとはしない。とんだ生殺しだと思った。

 最初に俺を『好き』だと言ったのはアンタなのに。
 俺からのアプローチをのらりくらりと躱し続けて、あれから1年経っちまった。「オクタンと肩を並べられるくらい強くなったら、もう一度伝えさせて」などと断られる度に俺がどんだけ歯がゆく感じたが。
「なあ、いっちょ前にこの俺様を庇うなんてことしたんだ。もうとっくにその条件は満たしてるんじゃないか?」
 そう言って生ぬるい頬を撫でてやれば表情のない顔がひくりと震えた気がした。
 俺のためにヒトで無くなった彼女。それすらも愛しく感じてしまうから、恋愛なんて脳のバグだとはよく言ったもんだと感心する。
「はやくアンタの声が聞きてえよ」
 唸り声を上げる彼女の髪に口づけて、この試合が終わったら、なんてらしくないことを考えていた。

(2022年10月6日 Privatter掲載)
(2025年9月19日 加筆修正)