アイスブレイク



 寒すぎる。

 今日のアリーナはワールズエッジ。初動の激戦を避けるためクリマタイザーへ降下したはいいが、ほとんどの部隊はラバシティやフラグメントに向かったらしい。先程まで激しかったキルログもすっかり静かになってしまって、ラウンド2にも関わらず残存部隊は5だ。
「次のリングの場所が分かった」
 エピセンターに移り、ブラッドハウンドに読み取ってもらった情報がマップに表示される。有難いことにフラグメント方面から来る部隊に対してこちらは地の利があるようだ。三人で話し合った結果、しばらくここに留まることにした。
 ホットスポットをゆっくり漁れたのが幸いして、武器も装備も揃っている。むやみに動き回って位置バレするリスクは避けたい……が、オクタンはそうもいかないようだ。
 雪の上を走り回る男を中央塔から見下ろす。手つかずのサプライボックスを片っ端から開けているらしい。何か探し物でもあるのかと思いきや、ただ「じっとしていてもつまらない」から動いているとのことだった。
「ボディシールドを発見、レベル4だ!」
 通信が入ったので見てみれば、少し離れた崖の上で彼が手を振っている。
 金アーマーか……いま着ている紫と迷うところだが、今回はシールドバッテリ―を十分に確保できたのでこのままでもいいかな。隣にいるブラッドハウンドを見ると、私の反応を窺うようにしているのがなんとなく分かった。
「ブラッドハウンド、着る?」  
「ああ、いただこう」
 降りて行く背中を見送って、すかさずフラグメントへスコープを向ける。ふたたび銃声が響き始めていた。チャージライフルとセンチネルの音が聞こえるあたり、まだ部隊同士の距離は縮まっていないようだ。うまく行けば弱った部隊を狩ることができるかもしれない。
「さむ……」
 スコープの倍率を切り替える手がかじかむ。先ほどまでは移動で体が暖まっていたが、高台でじっとしているとどうにも冷えてしまって困った。グローブを付けていない指先はすっかりと冷え切っている。テルミットグレネードで暖でも取ろうか……いやまさかそんな、いやいやいや……。寒さで思考回路がおかしくなって来ているのかもしれないな、と試合中にもかかわらず集中力に欠けたことばかり考えてしまう。
 ふとジップラインの音が聞こえてブラッドハウンドが戻って来たのかと視線を戻すと、機械足を鳴らしながら現れたのはオクタンだった。
「グレしこたま持ってきたぜ! 走って来る奴らに投げつけたら面白いことに……って何だよ、そんな顔して」
「いや……寒くないのかなって」
 不思議そうに首を傾げるオクタンの腕には大量のグレネードが抱えられている。さっきここに大量のシールドセルを置いて行ったのは、これをバッグに詰めるためだったのか……。
 そんなことより問題は彼の服だ。義足部分を肌にカウントするならばほぼ全裸なのでは、と思うほど彼は露出面積が多い。そんなに腕や腹を剝き出しにして正気か……と絶句しながら、ひとつくしゃみをしてしまった私に彼は察したらしい。
「何だよ。もっと着込んでくりゃよかったのに」
「オクタンがそれ言う? ねえ、そんなのでお腹壊したりしないの?」
「別に。全然寒くねーし」
「噓でしょ……」
 表情は見えないながらも、強がって言っているわけではないと分かって困惑した。いくらさっきまで走っていたとは言え、そんな恰好では暖まるものも暖まらないだろう。……まさかマスクのおかげなのか? 彼やブラッドハウンドのように私も顔を覆ったほうがいいのか……と半ば本気で考えそうになったところで、二度目のくしゃみが出てしまう。寒さで鼻が痛くなってきた。このままじゃ鼻水が出て凍るのも時間の問題かもしれない。
「テルミットでも投げるか?」
「……。やらないよ」
 その思考回路が寒さ由来でないのだから恐ろしい。そんなことを思っていると、ふいに手を取られて少し、いや結構動揺した。
「うわ、マジで冷てえ」
「えっ、あったかい! なんで?!」
 私の手に触れたオクタンはその冷たさに驚いているが、こちらはグローブから出た指先の暖かさに驚いた。思わず武器を納めて、両手で彼の手を握ってしまう。
「ポカポカじゃん……え、お腹は?」
「うおッ!?」
 末端である指先でこれなら、お腹はどうなのだろう。筋肉は熱を作りやすいと聞いたことがある。
「お腹はそんなでもないか……」
 期待を込めて割れた腹に触れるが、そこは冷えてこそいないが特筆するほど暖かくもなく、おまけに腹筋が硬くて触り心地も悪い。大きく期待外れだった、と気落ちしながら彼の指を握り直す。
「やっぱりこっちだね。はあ……」
「いや、急に人の腹……」
「オクタンだって私の手触ったじゃん」
「それもそうか。……そうか?」
 だらりと垂れていた反対側の手も取って、それぞれ自らの左右の頬を包むように当てる。……荒れた指先とグローブの布地が少しゴワゴワするが、これはいい。冷えた頬に彼のぬくもりが広がる。
「……この俺で暖を取るなんてアンタくらいだぜ」
「めちゃくちゃいいね……歩く湯たんぽじゃん。なんでこんなにあったかいの? 走ったからかな……走る湯たんぽ……ふふ」
「湯たんぽはやめろって。あー……もともと体温が高いからかもな」
「へえ」
 興奮剤を使っていると体温もあがる作用でもあるのかな。などと一瞬考えては抜け出ていくようなことを思いつつ、ふと目の前で動く喉仏を見つけてひらめいた。大きな血管が通っている首、きっとここも暖かいのではないか。頬に置いていた手をそっと離して、彼の喉元へ顔を埋める。
「ええと、何してんだ」
「あったかそうだったから」
「あ、そう……暖かいか?」
「最高……」
「アンタなあ……」
 ぎゅうっと密着するように彼の背中へ腕を回す。鎖骨が当たらない角度を探して、彼の首に頬をすり寄せた。どくどくと速いリズムで脈打つその心地よさと暖かさに、つい目を瞑って聞き入ってしまった。
「……俺だって男なんだぜ」
 オクタンの手が、背中にそっと触れる。かけられた言葉の意味が分からなくて、顔を上げて彼を見るとあまりに近いものだから驚いた。
 あれ、どうして私、オクタンとくっついているんだっけ?
 ゴーグル越しの瞳がこちらを見ていて、そこから、目が離せないまま。――不意にジップラインを昇る音で現実に引き戻されて、どちらともなく体を離した。
「フラグメントでの戦闘が終わったようだ……、……邪魔をしたか?」
「な、何が?!」
 不自然な距離感の私たちは、ブラッドハウンドの目にどんな風に映ったのだろう。何やら勘違いをされている気がして弁明の言葉を探す。とは言え、弁明も何も私がただオクタンに抱きついていただけで。……私が、オクタンに、抱きついていた?
「……!」
 気温も体温も低いはずなのに、やけに熱を帯びた頬を今度は自分の手で覆うようにする。抱きしめた体の男らしさ、私たち二人の心臓の音、耳元で囁かれた低い声。まるで夢でも見たかのようでリアリティは無いのに、まざまざと思い出されるそれに胸が高鳴って仕方がない。
 おかしい。彼はただの仲間で、男友達であるはずなのに。寒さにあてられて抱きついた上、変に意識をしてしまうなんて……。
「とにかく、敵部隊が近づいている。警戒を怠らないように」
「……おう」
「はい……」
 ……ブラッドハウンドがいなかったら、一体どうなっていたのだろう。あらためて武器を構えながら隣にいるオクタンを見やれば、先ほどと同様、ゴーグル越しの目がこちらを向いていて心臓が跳ねた心地がした。
 ブラッドハウンドが反対側を監視しているのを今一度確認するように視線を動かしてから、オクタンがそっと顔を近づけてくる。
「あのさ」
「な、なに?」
「誰彼構わずああ言う事してるわけじゃ、ねえよな?」
 誰彼構わず、ああ言う事。先程の奇行を指しているのだと気づいて、首を何度も横に振る。あんなセクハラじみたこと、誰にでもやっていたらとっくに出場停止処分か何かを食らっていることだろう。
「俺だけ?」
「そ、そうだね……オクタンにしか、してないね……」
「……んじゃ、期待していいってことだよな?」
 期待、とは。今回ばかりは何を言われているのかすぐには分からなくて。一拍置いてその意味を理解した途端、寒さなんて吹き飛ぶくらいに体が熱くなった。 

(2022年10月28日 Privatter掲載)
(2025年9月19日 加筆修正)