俺達の攻防戦



 ノースリーブで剥き出しの二の腕。ショートパンツから覗く脚。結った髪のせいであらわになったうなじ。
 どれもフェチとして男心を擽るらしいとは知っていたが、そんなモンで興奮すんのは精通したてのガキか女と縁のないチェリーボーイだけだと思ってた。俺が性的魅力を感じるのはデカい胸と形の良い尻。顔がそこまで好みじゃなくてもそれさえあればオッケーだ。最低だと思うか? 男なんてみんなそんなものさ。
 想像力を掻き立てられるものに惹かれるのは分かる。でも俺は想像のその先を知ってるから、その程度じゃ満足できるわけがない。女体はアレコレ空想するよりも、実際に味わう方が楽しいに決まってる。……と思ってた。


「もー、まだ飲むの? オクタン、顔真っ赤だよ。めちゃくちゃ酔ってんじゃん」
「俺様がこの程度で酔うわけねーだろ」
「酔ってる奴ほどそう言うらしいよ」
 いっそ酔えてしまった方が楽だと思った。いや、酔ってしまったら何をしでかすか分からないからやっぱり酔いたくない。そんなくだらない思考がぐるぐるめぐっているあたり、少しはアルコールが回っているのだと感じた。
 少しペースを落としたほうがいいのは分かってる。でも平静を装うためにもこれは手放せない。詰んでいる。きっとこの部屋に足を踏み入れた時点で詰んでいたのかもしれない。
「おつまみ全然食べてないね。これ貰うよ」
 彼女が手にしたのはスティック状のチョコスナック。隣にあるソーセージじゃなくてよかったと思いつつ、ついそれを目で追ってしまって後悔する。
「あれ、溶けてる……部屋暑い?」
「あー……少し、暑いかもな」
 溶けたチョコがべったりとついた唇を、拭うように舐め取る赤い舌。小さな舌先が潤んだ唇を撫でていく様子に良からぬ妄想をしてしまう。

 どうしよう。友達がエロすぎる。

 
 試合後に打ち上げをしようと言い出したのは彼女だ。部隊メンバーの一人だったヴァルキリーはローバとの先約があるとのことで、参加者は俺と彼女だけになってしまった。
 せっかくだからパラダイスラウンジでも行くか、と提案すれば彼女から「新しい家に引っ越したばかりなんだけど、お披露目がてらどう?」と誘われ。宅飲みとパラダイスラウンジを天秤にかけて後者に傾きかけた時、引っ越し祝いでもらって余らせている、と見せられたのは俺が好きな銘柄のビールの写真だった。パラダイスラウンジでは扱ってなくて、ミラージュにも取り扱うよう何度も願っては却下されているソレ。断る理由なんて無かった。
 道中で一緒に大量のつまみを買い込んで、彼女の家に向かって。そこそこいい集合住宅に引っ越したと言っていたが、それも納得の立地と佇まい。セキュリティ面の手厚さだって、有名人レジェンドが住むには持って来いと言ったところだろう。
「シャワー浴びてくるから先にやってていいよ。ビールは冷蔵庫ね。テレビ見る?」
「見る」
 あろうことか客を置いてシャワールームへ行ってしまった背中を見送って、その無用心さに少しヒヤリとする。相手が俺だからいいものの、ヘンタイや盗み癖がある奴だったらどうするんだ? とは言え信頼されているのは悪い気がしなかった。
 引っ越したてでまだ物も少ないのか掃除が行き届いているのかは分からないが、広さのわりには殺風景な部屋だ。引っ越し祝いとやらで何かデカいものでも送ってやるか。あとでシェに聞いてみるかな……などと考えながら冷蔵庫から件のビールを拝借してルームツアーをしている間に、シャワーを終えた彼女が目の前に現れたのだ。
「お待たせ〜。あ、新しいドラマやってるじゃん」
「……」
 テレビに釘付けの彼女だったが、俺の目は彼女に釘付けだった。何も変な意味じゃない。いや、変な意味なのか? でも風呂上がりの女友達が、ノースリーブにショートパンツで現れたら誰だって動揺すると思う。思いたい。俺がおかしいわけではないよな?


 部屋の割に小さなソファのせいで体が近い。いつもなら気にならないボディタッチも今日はやけに今日は煩わしく感じる。どうしよう。なんでこんなに意識してるんだ、俺。
 アリーナでの衣装はほとんど肌が見えないから、こんなに色が白いなんて知らなかった。瑞々しい肌に唇を寄せたら、なんて考えてしまったところでそんな願望を消し去るように頭を振る。
「うわ、どうしたの」
「……む、虫が止まった気がした」
 俺の苦しい言い訳を素直に信じた彼女はきょろきょろと部屋中を見回す。横を向いた拍子にうなじが目に入って、心臓が止まるかと思った。
「ほら、ドラマいいところだぜ」
「え、やだ見逃した」
 初回拡大スペシャルとやらで放送時間が伸びているらしいテレビドラマは、彼女を留めておくのに最適だった。俺はと言えばまったく内容は頭に入ってない。元から興味のあるジャンルでないのも理由の一つだが、一番の原因は、まあ、お察しだろう。
 テレビに夢中な彼女の横顔を見やる。……こいつこんなに可愛かったか? 性欲に支配された頭だからそう見えてしまうのか……いや元々好みのタイプではあったが……いや、でも……。
 あれこれ悶々としているうちにビールは進み、何本目かを空けたところで冒頭の会話だった。


 なんでチョコを舐め取る動きですらそんなにエロいんだ。いや俺の脳がエロく変換しているだけなのかもしれない。もう何も分からない。
 赤い舌から目が離せなくて、そんな俺に気づいた彼女が照れたように笑うものだから、もう。ああだめだ、キスしたい、なんて思ってる内に体が動いてしまっていた。
「オクタン?」
 ソファに置かれた彼女の手首を掴めば、不思議そうにこちらを見上げる。
 アルコールによって濡れた瞳、上気した頬、唇だってやんわりと色づいている。エロい。可愛い。めちゃくちゃにしたい。可愛い。
「か……」
「か?」
「…………帰る……」
 情けなく出た声に自分でも驚いた。理性の残った頭が恨めしい。こいつは友達で、同僚で、手を出していい相手なんかじゃない。きっともう俺はこいつのことを好きになっちまってるんだけど、こう言うのはもっと段階を踏んで行かないとダメなんだと思う。ちゃんと段階を踏んで女を抱いたことなんか無いので分からないが。
 抱きたい女を前に敵前逃亡。俺様らしくもない結果に俺様のムスコ様も泣いていることだろう。
 ソファから勢いよく立ち上がれば、今度は彼女が俺の手を掴んだ。
「むっつりすけべ」
「……は?」
 向かい合うように立った彼女から思いがけないことを言われて面食らう。むっつりすけべ。むっつりすけべ……? 意味を理解するまでしばらく時間を要した。
 むっつり。俺が?
「ちらちら私のこと、見てたでしょ」
 何とバレバレだったらしい。到底反論できない言葉に思わず唾を飲んだ。
 男のそういった視線はちゃんと気づくものだと、いつだったか元カノが言っていた気がする。こいつはその辺疎いもんだと思ってたのに。オレの前でそんなエロい格好するくらいだし。
「そ……そういうわけだから、帰る」
「どうして?」
「どうして、って……」
 俺の手を握る力がじわりと強まって、そこから熱が広がるように体があつくなっていった。
 つーか手、触られるのヤバい。童貞にでも戻っちまったんじゃないかってくらい胸の鼓動がうるさくて、どくどくと下半身に血が集まっているのが分かる。手握られただけで勃ちそうなんて、マジでガキみたいだ。
「……お前、少しは危機感持った方がいいぜ」
「危機感?」
「そうやって男を煽るようなことしてると、いつか痛い目見るからな」
 にぎにぎと指を絡める彼女に忠告するように言えば、やたらと熱っぽい瞳で見上げてくるもんだから困った。ダメだこいつ、まるで聞いてない。
「煽るようなことじゃなくて、煽ってるつもりだよ」
「ッ……お前マジで……」
 俺の手を持ち上げて、頬ずりするようにしてみせるこいつが小悪魔どころか悪魔そのものにしか見えない。冗談でもやっていいことと悪いことがあるだろう。多分これはどう考えても悪いことだ。腹が立つ。マジで手出してやろうかなとすべすべの肩に手を伸ばせば、待っていましたと言わんばかりに腕の中へ彼女が飛び込んで来た。押し付けられるやわらかい胸の感触。
「オクタンが痛い目見せてよ」

 …………勃った。


(2022年10月8日 Privatter掲載)
(2025年9月27日 加筆修正)