※STORM POINTが実装されて間もないあたりの時間設定
※ゲームシステム回りの捏造だらけ
トリオのはずが、ソロで出撃をさせられる。システム上のエラーはいつ何どきも起こり得るとは言え、いざ事が起こった時のやるせなさは拭えない。
惑星ガイアに位置する孤島、ストームポイント。広大なこの島が今日の試合会場だった。
激戦区へ降りてワンチャンを狙っても良かったのだが、折角の機会だからと散策がてら歩いてみることにした。未だ降り立ったことの無かった、小屋が点在する海岸地帯。かつて養殖業が行われていたらしいそこは拓けていて、空と海を隔てる水平線が遠くに見えていた。
目の前に広がる青色に手を差し入れて、冷たい水の感触を楽しむ。脚を撫でられる心地よさに目を瞑ると、波の音がより鮮明に感じられた。
ここが戦場じゃなければ。そんな気持ちがよぎってしまうのも仕方がない。ストームポイントが新たな会場として選ばれた当時、バカンス気分を味わえるのでは、と浮かれていた同僚たちを思い出す。
エリア内を回り尽くすまでもなく、武器とアーマーはある程度のものが揃ってしまった。とは言えこちらは一人部隊で、強気に行ったところで枚数不利なのは変わらない。プレデター並の腕前があれば話はまた変わっただろうが、生憎と私の実力では到底、届かぬものだった。
デバイス上のマップを確認しながら、北を目指す。林を抜けた先の発射台に2部隊が降りていたのは知っていたが、先ほどまで賑やかだった銃声もとうに止み、戦闘が終わったことを知らせていた。
次のリングからして、他の部隊も北を目指して動いているはず。後を追うように円を目指せばいいだろうと甘い考えを持ちながら歩いていた時だった。
自分ではない存在が土を踏む音が聞こえて、振り返る。
「プラウラー……!」
こちらを見据えて唸り声をあげる大型の動物。このエリアにプラウラーの巣があることを失念していた。発砲音を立てるのは憚られたが、逃げ回るよりかはマシだろうと判断してサブマシンガンを構える。エネルギー弾がけたたましい音とともに炸裂して、プラウラーの前足がこちらへ届くよりも先に着弾した。衝撃に巨体が仰け反ったのを見て、ダメ押しとばかりにトリガーを引く。
「……良かった」
事切れた亡骸を前にため息をつく。以前にもワールズエッジで戦ったことはあったが、やはり動物相手に銃口を向ける瞬間は、どうしたって躊躇いが生まれてしまう。相手はそうも言っていられない野生動物であると分かってはいるのだが――人間相手には遠慮なくぶっ放せるのに、おかしな話だ。
弾を回収しながらリロードをしていると、不意に視界の端で土が爆ぜた。巣穴から新たなプラウラーが飛び出て来たのだと分かった時には、それが耳障りな鳴き声をあげながら目前まで迫っていた。
「あ……」
目を閉じることも出来ないまま、大きく口を上げた獣が私へ飛びかかり――その体躯を、ピストルの乾いた銃声が貫いた。
デバイスに制圧完了≠フ文字が浮かび、報酬ポイントが与えられる。人相手の戦いとはまた違う消耗に、乱れた呼吸を整えるまで時間を要した。
背中を預けていた男も同様に肩で息をしていたかと思えば、消えるように駆け出して行く。いつも通りの奇行かと気にもとめていなかったが、少しして戻って来た彼が私の足元にアイテムを散らしたものだから、意図を尋ねるように視線を合わせた。
「くれるの?」
「いらねーなら俺が貰うぜ」
有り難くセルをいくつか頂戴する。残ったアイテムは彼の――オクタビオのバックパックへとしまわれた。
あわやプラウラーの餌食になろうとしていた私を救ったのはオクタビオだった。
頼もしい友人との遭遇に心細かった気持ちが和らいだものの、このマッチでは彼も敵の一人だ。プラウラーの討伐が済んだら、そのまま彼との撃ち合いへ移るものと警戒していたが、すぐさま銃を下ろしたオクタビオにその意思が無いのが分かり、こちらも彼に倣って戦闘態勢を解いた。
「ありがとう。プラウラーも、オクタビオがいなかったら危なかった」
「気にすんな。……お前も一人なのか?」
オクタビオの言葉に、静かに頷く。その口ぶりからして、彼もまたソロ出撃を強いられた部隊なのだろう。今回はドロップシップから降下する時点で、明らかに参加人数が足りていなかった。おそらく他にも何名か同じエラーの被害者がいるはずだ。
近くにあった調査ビーコンを読み込むと、やはり定員に達していない部隊が複数、マップ上に表示された。当然ながら、ビーコンの情報は別部隊であるオクタビオには共有されない。私の端末を彼と二人で覗き込んで、なるべく接敵の可能性が低いルートを探した。
「ねえ、これってチーミング?」
「そうなるのかもな。ま、こんだけ派手なエラーが出ちまってるんだから、試合どころじゃねえだろ」
正常な試合であれば、チーミングが起きるなり速やかに警備ドローンが飛んで来て、失格の通知が該当の部隊へ送られるらしい。今のところ、そのどちらもやって来る気配はない。そもそも降り立ってから中継カメラのひとつも見かけていないあたり、運営もこのエラーの対応に慌ただしくしているのだろう。オクタビオの言う通り、これだけの規模のシステム不具合だ。直に試合中止のアナウンスがなされるはずだ。
「とにかく、リングに向かわないと」
「だな」
戦績に反映されることは無くても、無用な死を避けたいのは私も彼も同じだった。
事前に話し合った通りの道で安地を目指す。案の定、敵影は見当たらないどころか、銃声もまったく聞こえて来る気配はない。起伏が激しいストームポイントではただでさえ部隊同士散り散りになりがちだと言うのに、参加者が少なければ尚更のことだった。
崖を切り通した様相のトンネルへ入る。激しい陽射しのなか勾配の険しい道を進んでいたものだから、日陰に入っただけで、僅かに体力が回復した錯覚をさせられた。
「あ、花」
「花ァ?」
ふと小さな岩に添えられたように咲く花が視界に入って、無意識に声が漏れる。この島の植物と言えば、豊かな資源と陽光によって、ほかの土地では中々見られないほどのサイズに育っているものが多い印象だった。そのせいか、控えめな姿で咲く花が自生しているのが意外に感じられる。
普段は戦闘に神経を尖らせていて、自然を眺める余裕などない。現に、これまでにも何度か通ったこの道に花が咲いているなんて知らなかった。
試合に関係ないことにばかり意識が向いてしまうのは良くない気の緩みだ。先ほどの不注意もオクタビオに助けられたというのに。どうにも決まり悪く感じて、視線を花から進路へ戻した。
「ンだよ、お前、花なんか好きなのか?」
「いや、特別好きってわけじゃ……」
私より少し先、落ち着かないと言う風に義足を鳴らして歩いていたオクタビオが後ずさって、件の花へと駆け寄る。
そこまで注目するような事柄でもないだろう。どこか茶化されたような居た堪れなさに、彼を気にせず突き進んだ。すぐに機械の脚の稼働音が近づいて来て、私を追い抜いた彼が目の前に差し出したのは、その花だった。
「え、摘んだの?」
「ん? 欲しかったんじゃないのかよ」
ほら、と流されるまま受け取ってしまって、自分の手に握らされたその一輪の赤をまじまじと見つめる。茎が長く小さな花びらが何重にも連なる様は、故郷に咲くシロツメクサに似ている。色合いこそ南国らしく派手ではあるが、なんてことはない普通の花だ。
「あーあー、花の命がどうのこうのを説くのはやめてくれよな。ガキん頃に散々聞かされてウンザリなんだ。どうせこいつらもここで枯れるだけなんだから、お前の手に渡った方がずっといいだろ」
「……何も言ってないけど」
私に花を与えて満足したらしいオクタビオは、また先ほどと同じように、少し前を歩き始めてしまう。
人の命を摘み取って、時には動物を手にかけることも強いられているこのアリーナの中で、花の命の重さなんて考えたこともなかった。
別に、花が特別好きなわけでも、この花が欲しかったわけでもない。なのにオクタビオから贈られたと言うだけで、手の中のこの命が大切なものに思えてしまう。
「オクタビオ、ありがとう」
彼の背中に駆け寄って礼を言えば、何でもないように「おう」とだけ返って来る。目線は正面に向けられたまま――これは私の願望かもしれないが、マスクの隙間から見える肌が、ほんの少しだけ色づいているようにも見えた。
想いを言葉にしたことは無かった。私も、彼も。
互いに、特別な感情を抱いていることは分かっている。二人とも不器用で、今の距離感を壊したくなくて、一歩近づくごとにまた一歩後ろに下がる、さざ波のような関係が続いていた。
そんな中で垣間見せてくれる私へのささやかな愛情表現がくすぐったくて、心地が良くて、苦しい。このままでいたいと思う願望と、その先を望む欲。矛盾した感情が胸の奥で燻っていた。
◇
ラウンドの終了をアナウンスが告げる。避雷針の高台から周囲を偵察しているが、相変わらず人の姿は見えない。ふと目線を映した足元、遥か下にある水面に意識が移りゾッとした。高所は苦手ではないが、いざ途方もない高さに直面してしまえば当然、恐怖心も芽生える。生物として正しい反応に竦む足を何とか動かして、調査ビーコンへ向かった。
ケーブルを繋げるなり、アンテナから放たれた光が一帯を包み込む。微かに震えたデバイスが、データの受信を知らせた。
「……これは」
マップに記された結果をオクタビオに知らせるため、小屋の中へと戻る。下の階層からかき集めて来たらしい弾や回復アイテムを並べていた彼は、ただならぬ私の様子を訝しんだ。
「ねえ、オクタビオ……おかしい」
「あ? 何が?」
デバイスは、このマップ内に敵が存在しないことを示していた。
◇
Apexゲームは命をかけた競技である。記憶や知識、人格を含めた身体データを利用して、無限の殺し合いを可能としたゲームだ――と言われている。詳しい内容は参加者にすら開示されていないトップシークレットだった。その不条理性と引き換えにしたところで、このアリーナで富と名声を手に入れることのできる人物は一握り。リスクを度外視できる異端しか生き残れない世界だ。
「サーバーが落ちたっぽいな。見ろ、ラウンドのカウントが進まなくなった」
デバイスに表示された数字は、確かに止まっていた。
アリーナはインターネットを介して存在しており、サーバーが切断されればゲームは続行不可となる。従来ならロビーへと強制送還されるはずだが、私たちは未だにこのストームポイントに取り残されたままだ。
デバイスからマッチの中断を試みるも、ローディング≠ニ言う表記が出るのみで叶わない。額に、冷たい汗が滲んだ。
「ま、そのうち帰れんだろ」
予想外の事態に言葉を失ったままの私に反して、オクタビオはいつもと変わらぬ調子で笑う。
「どうしてそんなに楽観的なの」
「だってこんなん、よくある事じゃねえか」
よくあること、なのだろうか。私よりも多くの試合をこなしているオクタビオがそう言うのなら、そう言うものなのかもしれない。
受け入れがたいことに変わりはないが、いつも通りのマイペースさを見せるオクタビオに、僅かながら緊張が和らいだのは確かだ。
――ひょっとして私を安心させるために、そう振る舞っているのだろうか。探るようにゴーグルとマスクに隠されたその顔を見つめてみると、閃いたとばかりの「ああ!」と言う声に、体が跳ね上がった。
「すぐ帰りたいってんなら、死にゃいい。そしたらソッコーで帰れるはずだぜ!」
「し、死……」
オクタビオの露骨な言葉によぎったのは先ほどの、高台から覗いた海。養殖場で触れた海水は癒されるものだったが、同じ水でも、あれは明確に死を想起させるものだった。
いくらこのゲームに参加しているからと言って、死が怖くないわけじゃない。いつだって最期は苦しくて、寒くて、寂しくて、痛い。死にたくないから、殺される前に殺す。生き返ることが容易でも、もしもこの世界がバーチャルだとしても、今、私はここで生きているから。
「死ぬのは、嫌……」
吐き出すような返答を聞いたオクタビオは何か考えるような仕草を見せると、しばらくして「ついて来い」と、私の腕を引いた。動揺しながら有無を言わさぬ様子の彼に従って歩いていくと、たどり着いたのは思い起こしたばかりの、断崖だった。冷たく厳かな青色が、私を手招きするように波立つ。「オクタビオ」と、尋ねるように彼の名前を呼ぶ声が震えて仕方がなかった。
「ほら、座れ」
オクタビオは私の腕を解放すると、足を崩してその場に座る。
「どうせ待つんだったら、景色を見ながらがいいだろ。お前、海好きだもんな?」
――オクタビオらしからぬとも、オクタビオらしいとも言える提案に、腰が抜けるままへたり込んだ。
◇
幸か不幸か、ラウンドのカウントダウンが止まってしまったリングは縮小されることも、太陽の位置も変わらないまま。戦闘も、カメラドローンの存在も気にすることのなくなった私たちは装備すら解いて、他愛のない会話をするだけの時間を過ごしていた。
あれからどれほど経過したのかは分からない。座っていることに我慢が利かなくなったオクタビオは、走りに行ってくる、と騒ぎ立ててどこかへいってしまった。どうか落下だけはしてくれるなと思いながら、水平線を眺める。いつもは殺し合いをしている風景の中で、驚くほど穏やかな気持ちだった。
しばらくして、満足した様子のオクタビオが戻ってくるなり隣へ座り込み「腹減った!」と無邪気な子供のように言い放つ。
「なあ、何か食いモン持って来てないか?」
「確かにお腹は減ったけど……」
ガムやコーヒーを武器に仕込んでいる同僚もいるが、基本的に飲食物の持ち込みは禁じられている。どうしたものかとゴーグルもマスクも外され、すっかり剥き出しになっている彼の顔を見つめていると、こちらに催促するような視線が寄越された。
無いものは無いのだと理解していながらも、ポーズとしてバックパックやポーチの中を漁ってみる。するとポーチのポケットから、道中でオクタビオに贈られた花が現れた。
「おっ! それ、食えるかな」
「やめなよ。食用じゃないし、毒があるかもしれないし」
「毒〜? おっかねえな。捨てちまった方がいいんじゃねえか?」
自分で渡しておいてなんて言い草だ、とつい唇を尖らせる。女心の分からない奴だ。
潰れないようにと大事にしまっておいたそれは僅かにしおれていながらも、まだ綺麗な姿で。オクタビオから手渡された時の、あたたかな感情が再び湧き上がるようだった。
名前も知らない花。茎の感触を指先で楽しんでいると、ふと子供時代に傾倒した遊びを思い出して、地面に置かれていたオクタビオの手を取った。
「……何してんだよ」
「待ってね。……よし、できた」
案外覚えているものだ、とオクタビオの中指に巻きついた花を眺める。シロツメクサの指輪、茎の硬さによってはうまく出来なくて、何度も練習した記憶があった。それに比べればだいぶ扱いやすい柔らかさで、オクタビオの指を見事に彩っている。
「花冠はしょっちゅうシェが作ってたが、こいつは初めて見たぜ」
「気に入った?」
手のひらを空にかざして確かめながら、オクタビオは「悪くねえな」と笑った。黒のグローブに赤が映えて、なかなか似合わないこともない。いい仕事をした、と自画自賛したくなる出来だった。
「おい。手、貸せ」
「手?」
言われるまま、オクタビオへ手を差し出す。何か仕返しでもされるのかと思いきや、返ってきたのはプレゼントしたばかりのフラワーリングだった。
「こう言うのは俺の手なんかより、お前の方が似合うだろ」
ほら、と指輪を通された自分の手が、そこにある。オクタビオのサイズに拵えたそれは私の指にはいくらか大きいが、その存在を主張するように、鮮やかな赤色が咲いていた――私の薬指に。
脈拍が、速くなる。
「……何で、この指?」
たまたま目に入った指がこれだっただけで、きっと他意はないはずだ。その確証を得たくて問いかけると、彼は「何で、って」と僅かに言葉を詰まらせる。オクタビオの語尾に被せるように、潮騒がひときわ大きく鳴った。
「お前に贈るなら、この指がいい」
そう言って左手薬指付け根、何かを刻みつけるように爪の先でつつかれる。
ああ駄目だ。オクタビオの顔をまともに見られそうにない。視線を自分の膝に落としたまま、どうやって逃げようか、を考えてしまっている私は、この上なく臆病ものだった。
「なあ、俺、結構頑張った……んだけど」
花で飾られた手のひらに、オクタビオの手のひらが重なる。指同士を絡め合わせるように繋がれたその場所から、私の鼓動が伝わってしまうのではないかと恐ろしく思えた。けれど伝わる熱さは彼も同じで、息を呑む。
「……オクタビオはどうして、私が海が好きだって、思ったの」
「は……ハァ? 今それかよ。ンなの……お前、嬉しそうにはしゃいでたじゃねえか」
さっきの海で、と続けられた言葉に、足を撫でる海水の感触を思い出す。
オクタビオは、養殖場で海に入った私を見ていた。彼はプラウラーの巣で会う前から、私の姿を見つけていたのだ。おそらくは、一人で降下した私を気にして。だからあのタイミングで助けにやって来た――ずっと、見守ってくれていたのだ。
「……オクタビオって思ってたより、私のこと好きなんだ」
「俺のこと何だと思ってんだよ!」
拗ねた様子のオクタビオの叫び声に、笑みが溢れる。それを咎めるように名前を呼ばれて黙った瞬間、「好きだよ」と不意打ちの告白を浴びせられて、時が止まった錯覚をした。
「すげー好き。こんなつまらねえところに閉じ込められても、お前となら悪くないってくらい、好きだ」
よりはっきりとした音で告げられた言葉に心が揺さぶられる。私の手を握るオクタビオの力が、強くなる。
顔を静かに上げてみると、想像上の私自身と同じくらい頬を赤くさせたオクタビオが、こちらをまっすぐ見ていた。互いの、息を呑む音。私の背中を押すように、コンクリートの壁へ波が打ち付ける。
「私も、オクタビオが、」
その続きを言い終える前に引き寄せられた体は強引に立たされて、気がつけばオクタビオの腕の中にいた。抱き締められていると理解するまでしばらく。応えるように震える手を彼の背中へ這わせようとするも、次の瞬間には体が浮いていた。いや、浮いているのではない――落ちていた。
「えっ?」
あんなに恐ろしかった断崖が、すでに遠い。私を抱擁へ閉じ込めたオクタビオがけたたましく笑い声を上げている。それをかき消すように、嵐のような風の音が耳を突き刺していた。
見上げた先に空。つまり、この下は海だ。
「さっさと帰りたくなった! 俺と死んでくれ!」
「うそでしょ……!? 心中するつもり!?」
先ほど『お前となら悪くない』と甘ったるく告げた口から、まったく異なる言葉が出てくる。
内臓のすべてが体の中で浮いているようだ。ジャンプパッドやグラビティキャノンの浮遊感とはまた違う落下の恐怖にもがいていると、指から抜けたフラワーリングが空に舞っていった。
「は、花が……っ!」
すでに見失ったそれに手を伸ばして暴れる私を、オクタビオが固く抑え込む。「落ち着け」と宥めるように言われても、落ち着ける要素がこの状況のどこにあるのか。
「花でも指輪でも、こっから出たらいくらでもくれてやるよ!」
「そういう事じゃ……ああ、もう」
近づいてくる青色にそっと瞼を閉じる。押し寄せる波の音、オクタビオの呼吸、触れた身体の熱。
こんなにも滅茶苦茶な最期を迎えるのは、初めてだった。
◇
ようやく帰還したロビーは運営へ問い合わせをする参加者でごった返していて、圧倒された私たちは通路側へと逃げだした。
近場の適当なベンチに腰掛けると、ふと座面に置いてあった雑誌が目に入り、無意識に手に取る。同僚が好んで購読しているエンタメ誌だ。おそらく彼の忘れ物だろう。
何も発さないまま私の隣に腰掛けたオクタビオが、そわそわと距離を詰める。
「なんだかデートみたいだったな」
無理心中をしたあとの第一声がそれなのか。ある意味で通常運転のオクタビオに呆れも怒りも通り越して、諦念さえ覚える。惚れた弱みとの言葉を、身をもって実感した。
「……オクタビオってデートしたことあるの?」
「無い! ……いや、あるのか? 分かんねえけど」
ささやかな皮肉を込めて言ったつもりのそれをストレートに受け取った彼が、悩んだように首を傾げる。
かつてオクタビオとデートをしたかもしれない、知らない誰かに抱いた小さな嫉妬心を誤魔化すように雑誌をめくった。ジュエリーブランドの特集が組まれているのが目に入り、そっと雑誌を閉じる。また私が少しでも関心を示してしまえば、不器用な彼が何をしでかすかは想像に容易い。
そんな私の懸念を気にした様子もなく、オクタビオは言葉を続ける。
「これからお前に教わっていきゃいいだろ」
「……デートを?」
「他に何があるんだよ?」
どちらにせよ、今日の試合は緊急のサーバーメンテナンスでお開きだ。時間はたっぷり余っているし、依然としてお腹は減ったまま。食事ならば、初めてのデートにはちょうどいいだろう――その前に、まずは未遂で終わった告白をやり直すところからだ。
「ねえ、オクタビオ」
聞こえないはずの波の音が、どこか遠くでさざめく気がした。
(2025年10月5日 Pixiv掲載)
