きみの手を引く大人になりたい
動物の丸い目を見れば、訴えかけるように漏らす鳴き声を聞けば、彼らが言わんとしていることの大体は──それが果たして当を得ていたかなんて確かめる術はないんだけど──容易に読み取れた。でも、ここのところはそうじゃない。誰しもがそうなのだと思っていたあの頃より随分と勘が鈍ったような気がする。島を出てから動物に会う機会がそうそうなくなったことが最たる原因なのか、街中で出会う子たちがたまたまみんな無口であるせいなのか。少なくともヨークシンで見かける動物たちはみんな飼い主に倣うようにつんと澄ましている。
自販機の灯り目掛けて飛び回る羽虫を除けて、ココアとお茶のボタンを押した。対オークションの資金稼ぎはなかなかに難航気味である。レオリオの見せてくれた舌先三寸……いや、処世術は一瞬光明のようにも思えたが、それでも目標額が数十億ともなるとこれでは途方もない牛歩で、そのうえオークションはもう目前だ。これ、背水の陣ってやつかもしれない。
噴水の縁へ腰かけたキルアにココアを手渡してその隣に座る。
「天空闘技場にいたときも思ったけどさー、夜なのにこうやっていつまでも明るいと時間の感覚狂いそうだよね。夜でもひと多いし」
「ほー。インフラ整ってない島から出てきたやつは言うことが違うぜやっぱ」
「いん、なに? よく分かんないけど悪口言ったでしょ今」
プルタブを起こしてお茶を呷る。その動きにつられるようにキルアは少し顎を引いて、自分の手元の缶とオレを交互に見た。もしかしてお茶がよかったのかな。
「こっちにする?」
「お茶って。ジジイか。いいよ別に、これで」
普段からやたらと糖分に執着をみせるキルアには見るからに甘そうなココアがベストだと思ったけど。しかしオレが差し出した缶は間髪入れずに強めに押し返された。
「まだそんなに飲んでないよ」
俯いたキルアは手のなかで缶をくるくると回転させながら「ちげーって」と短く独りごちた。ときどき、本当にときどきこんなことがある。動物なんかよりもずっと分かりやすいはずのキルアの気持ちがよく分からない。同じ言葉を使うのに。同じ姿をしているのに。勝手にその心情を推し量り、選択肢を間違えて、キルアを怒らせてしまう。今日もちょうどそんな感じだ。まだ怒っているわけではなさそうだけど機嫌がいいというわけでもない。
「てか甘くない飲み物に金払うの、信じらんね。びっくりしたわ」
投げ出された真っ白い足の先で、靴がぱたぱたと寝たり起きたりしている。
「そんなに変かな。オレは今その発言にびっくりしたけどね」
キルアが缶を呷る度、辺りにふわりとカカオの香りが漂う。じゃあオレのチョイスってベストだったんだ。こんな些細なことだけど、やっぱりオレってキルアのことならなんでもわかっちゃうなー、という大層な気分になる。
「じゃあ今度はオレもココアにしようかな。キルアが飲んでると美味しそうにみえる」
途端、肘で小突かれて危うく口の中身を吹き出すところだった。
「ガキっぽいーとか、思ってんだろどうせ」
もう少し大人になったらオレはいくらか賢くなって、キルアのことが今よりもう少し理解出来るようになるのかもしれない。果たしてそのときになっても、オレたちはこうして一緒にいられるんだろうか。唇を尖らせて分かりやすく不貞腐れるキルアの細い首が、ひとりで懐かしむことしか出来ない思い出に変わっていくのは、いやだな。
「だってガキじゃん、キルアもオレも」
いつかは嫌でもそうじゃなくなるんだったら、今は存分にガキでいるべきだ。ジンが言っていた「道草を楽しめ」のなかには多分こういうことも含まれているんじゃないかなと都合のいい解釈をする。少しの鬱屈をぬるいお茶で流し込んで明日また奔走するための気合を入れなおした。
線の細い体の向こうに広がる夜景のせいで輪郭が曖昧にぼやけたキルアの横顔からは、どんな感情も読み取れなかった。それでもいいかと思ったオレは、キルアよりもう既にいくらか大人なのかもしれない。