初めて彼女に会ったのは去年の夏だった。

部活を終えて施錠報告をした職員室からの帰りに三年の教室が並ぶ廊下を歩いていたとき、夕日が差し込む薄暗い教室で一人の女子生徒が窓側の席に頬杖をついて座っているのを見つけた。

最終下校も近いのに何やってんだ?

そう思いながら教室の前を通り過ぎようとしてぎょっとする。
彼女は泣いていたのだ。

「最終下校すぎちゃいますよ?」

教室の戸に手をかけ声をかける。
無表情の彼女は一瞬だけこちらを見たがすぐに視線を窓の外へと移した。
帰り支度をする気はさらさらなさそうだ。

正直いつもの俺ならこんなめんどくさい状況はスルーするに越したことはないと考えるのだが、ほとんどの生徒が帰ったこの時間に電気も付けず夕日に照らされて外を眺める姿は今にも溶けて消えてしまいそうで何故か放ってはおけなかった。

ふっと小さく息を吐いて教室へ足を踏み入れる。そのまま彼女の座る席の前の机に軽く腰掛けた。
最初に声をかけてから全くこちらを見ようとしない彼女に少しイラっとしながら口を開く。

「先輩、こんな時間まで何やってるんですか?」
「…………」
「さっき最終下校って言ったの聞こえてました?」
「…………」
「返事ぐらいしてくださいよ」
「…………」
「……襲うぞ」
「…………」

チラッと視線だけ動かせば彼女は変わらずに窓の外をじっと見つめていた。

「はぁー」
夕日のせいでオレンジに染まった天井を睨みながら大袈裟にため息を吐く。

「……失恋でもしたんですか?」

当てずっぽうに口から飛び出した言葉に小さく息を飲む音がして反射的に振り返る。
彼女はゆるゆるとこちらを向きパチリと目があったと思うとへらりと笑った。

「あたり」
そう一言言うとすっと表情が消え視線を窓の外へ戻してしまった。

「付き合ってたんですか?」

自分の口から続いて出た声は思っていたよりずっと優しく響いていて思わず眉間にしわが寄る。

「……あたり」

返事があった。
思わず振り返ったが彼女は変わらず窓の外を見つめていた。

「振られたんですか?」
「どうだろう」
「振ったんですか?」
「……そうかもしれない」

「じゃあ先輩は、自分が振った男のこと考えて泣いてるんですか」

ゆっくりと振り返れば今度は彼女もこちらを見ていた。
瞳からは次から次へと涙が溢れている。

「そうだね」
そう言って幸せそうに笑った彼女から目が離せなかった。

ヤバい。そう思ったときにはもう遅く、涙で濡れる彼女の頬に手を添え触れるだけのキスをしていた。
ゆっくりと顔を離すと驚いたように目を開いている彼女がいた。その瞳から溢れる雫は止まっている。

「泣き止みましたね」

なんて誤魔化すように口を開けば「本当だ」と予想外の言葉が返ってくる。

「…君はすごい。どんなに我慢しても止まらなかったのに」

俺からのキスなんてなかったかのように彼女は「ありがとう」と笑い俯きながら自分の頬を何度も擦る。いくら衝動的な行動だったとはいえここまで意識されないと腹が立ってくる。

腰掛けていた机から離れ彼女の向かいにしゃがみ込む。
椅子に座る彼女を机を挟んで見上げれば顔は真っ赤に染まっていて、俺と目が合えばバッと顔ごと反らされた。

頬に残る涙の跡は夕日があたってキラキラしていた。そっと手の甲で触れると彼女の身体が少しだけ強張ったのがわかった。

「ねえ先輩。どこ見てるんですか?」

そう響いた俺の声はさっきよりずっと意地悪そうで自分の口角がぐっと上がるのがわかった。


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