もしものなかにまだいないひと

「──報告は以上です」
「ありがとう、杏寿郎」

皆もね、とお館様が穏やかに微笑む。その澄み切った眼差しに背筋を伸ばされる心地がした。

 今日は半年に一度の柱合会議。集まった九人の柱は誰ひとり入れ替わることも、欠けもない。今はちょうど担当区域の報告が杏寿郎で終わったところだった。柱たちが姿勢を正したのか、穏やかな産屋敷邸に一斉に玉砂利を踏みしめる音がざらざらと響く。

そこへ、一歩遅れて玉砂利が大きく鳴った。

振り向けば、そこには恐らく人一人分はあったのであろう黒い穴が閉じていく光景と、黒髪の女が目に入った。

「──お館様?」

そう言って何故か愕然とした顔をした女は鬼殺隊の隊服を着て、刀を差していた。

ところで、柱以外のほとんどの隊士はお館様のことや顔を知らない。それはお館様が病弱というのもあるし、屋敷にいる他は墓参りに出ているからというものあった。要するに、現在いる柱の皆に見覚えのない人間が顔を合わせた直後にお館様を認識できるのはおかしかった。

「あれ、お館様だけじゃなくて──杏ちゃん?」

──正確には、皆というのは違った。一斉に突然現れた女に警戒する柱たちとは別に、煉獄杏寿郎だけが動揺していた。遠い昔に失った顔だった。女はなおも驚いたように杏ちゃんと親しげに杏寿郎に呼びかけたが、顔立ち以外に杏寿郎に覚えがなかった。

「煉獄、知り合いか?」
「いや、違う! しかし──あの顔は母上に瓜二つだ。まあ、杏ちゃんなどと呼ばれた覚えはまったくないが!」
「母上ェ?」


「ふぅん、へえ。そう、なるほどね」

女はひとりで納得するように頷いて、それから膝をついた。

「──九十七代目当主、産屋敷耀哉様とお見受けします」
「うん、そうだよ。残念ながら私には覚えがないけれど──君も、鬼殺隊だね。名前を訊いてもいいかな」
「續木。續木火群と申します」

何故か杏寿郎の方を振り返って僅かに微笑んで、言った。

「恐れ多くも、炎柱の名を頂いています」
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