全てが煩わしくなったので


何が始まりとか、何がきっかけとか、そういうのはなかった。強いていうならば、日々、ほんの少しずつストレスが徐々に溜まっていって、それが溢れただけだと思う。

どっかの妖怪先輩のちょっかいも、アレで本人なりの俺への構い方だったのだろうけど、いちいち俺が嫌がることをしてくるもんだから、俺は苦手だった。

どっかの天然野郎の能天気な発言も、周りから聞けば優しいのだろうけど、俺には話が通じなくて嫌いだった。

でも、そんなの普通に言える訳がない。だから、苦手とか嫌だという気持ちを隠して何事も無いように言ったけど、それでどうにかなる訳でもなかった。

長年やって来た猫かぶりもストレスだった。例え後で人を操りやすくなるからとか、好感度が高い方が何をしても許されるとかいう、全て俺の為に俺が一人でやってたとしても、疲れるもんは疲れる。

頭のレベルが一般人な人達に、わざわざ分かるようにするレベルを下げた会話も、もう慣れたとはいえ、いちいち大変だ。だって、どこまでが理解できて、どこまでが理解出来ないのか人によって違うから、毎回どう話すか変えなくてはならない。

じゃあ、健太郎の様にずっと寝てたり、相手に合わせない会話をしたりすればよかったのか。でもそれは俺のプライドが許さなかった。

話が通じる一般の人と、話が通じない天才な人、普通の人が選ぶならどちらだろうか。天才に魅力を感じ、そちらを選ぶ人もいるだろう。でも、多くの人は会話が出来る人を選ぶ。当然だ。だって、天才だと会話が成り立たないのだから。それこそ健太郎がいい例だろう。

明らかに俺の方がレベルが上なのに、周りが一般人の所為で会話が通じず、レベルが下の人に見下されるのが嫌だった。大人しく、爪弾きにされるのは受け入れられなかった。もういいやと、周りとの関わりを断ち、諦めたくなかった。

だから会話のレベルを周りに合わせるのだ。会話の通じる天才と、会話の通じる凡才では、選ばれるのは天才だ。

その上猫かぶりまでしているのだから、評価は上がる。

小さい頃、自分と周りの違いが分からず、俺は異端扱いされてた。そこから、人を操れるまでになったのだ。嬉しくない訳がない。

それが全部俺の首を締めてたのだから、笑えるけどな。

バスケは………そうだな。多分唯一のストレス発散だったと思う。始まりは嫌な奴を潰す為だったとしても、頭をフル回転させ、味方を操り、相手に絶望を与えるのは中々楽しかった。でなきゃとっくに辞めている。あとは、何も取り繕わなくても済むレギュラーの奴らがいたのも、そう思った理由になるだろう。絶対に本人達には言わないが。

でも、そのバスケすらも辛くなった。キセキが知らないうちに仲良くしてて、じゃあ無冠もと、遊びや合宿の誘いが増えた。そんなストレスの溜まる場所には行きたくないが、断るのだっていちいちストレスがかかるし、合宿に至っては強制参加なんて持ち出してくるのだから笑えない。それにストレス要因でもあるどっかの妖怪先輩や天然野郎は、バスケを続けている限り関わりは断ち切れない。

そうしてバスケが嫌になった。

趣味の読書は、風紀委員にバスケの主将に、監督、そして印象を下げないための猫かぶりで教師の頼み事は断らないとなれば、本を読んでいる暇なかった。

日常にストレスがありふれているのに、発散ができなくなれば、当然のようにストレスは溜まる。

そうして毎日少しずつ溜まったストレスは、今日、俺の許容範囲を超えた。

こうなれば、後はもう崩れていく一方だ。

前に一度だけ、具体的には猫かぶりや会話のレベルを下げて周りに合わせるなどをやり始めた頃、ストレスが俺の許容範囲を超えたことがある。その時は数日間の記憶が無くなった上、気づいた時には猫かぶりも会話を周りに合わせたのも全て無駄になっていた。

流石に今は記憶を無くすまではならないだろうが、完全に否定は出来ないので、そうなるのは絶対避けたい。

今はまだこうして自己分析が出来るが、今の生活のままだとそれすらも出来なくなるだろう。だから、取り繕えるうちに、なんとかしなければならない。

とりあえず、学校は休もう。猫かぶりも会話のレベルを下げるのも、学校がある限りは辞められない。

部活も引退しよう。霧崎第一は進学校なので早いうちに引退するのは別におかしなことではない。これで嫌な人達に会わなくて済む。

あとは、誰も俺を知らないところに行こう。俺の事を知らないのなら、俺が取り繕わなくても問題ない。結局は猫をかぶることにはなるだろうが、それでも相手が自分をどう思うかを考えないのはいくらか楽になる。

スマホは全部連絡先を消して、解約しよう。誰も知らないところに行くのに、連絡が出来てしまうのなら意味がない。俺は記憶力がいいから、スマホに入っていた連絡先の全てをおぼえている。だから、俺から連絡を取りたい時には出来るから消しても全然問題ない。

誰も知らないところと言っても色々ある。どこに行こうか。とりあえず日本からは出たい。ある程度の言語は話せるし読み書きも出来るから、主要国ならどこでもやっていける。こういうのは下手に決めると俺の居場所が分かる奴もいるから、ランダムにしよう。

どこに行ってもいいように、荷物をまとめて、しばらくは生きていけるように生活費も下ろそう。カードを使うのも、俺がどこに居るのか分かる人には分かるから、現金でないといけない。

仕事で中々帰ってこない母には、一応連絡しないといけないな。めんどくさいが、行方不明だと思われても困る。

それに、学校を休むなら学校にも連絡をしないと。休学届けの申請は通るだろうか。

バスケの方は誰か教師に伝言を頼めば問題ない。けど、俺の代わりに誰か他の監督は探さないと流石に不味いだろう。今まで仕切っておいて、居なくなるからと放置するほど無責任じゃない。新主将は2年に任せようか、それともレギュラーの中から選ぶか、その辺も考えないとな。

あとは、また考えればいいや。とりあえず電話からやる事をやって行こう。

まずは学校から。相手は校長でいいか。


プルルルル プルルルル プルルルル


鳴らした電話は、スリーコールで相手が出た。


〈はい、もしもし〉

「もしもし、花宮です。こんにちは」

〈おー、花宮くんか!今日はどうしたんだい?〉

「まずは、お忙しいところ突然の電話をかけてしまって申し訳ありません」

〈いやいや、花宮くんからの電話ならいつでも大丈夫だよ〉

「ありがとうございます。では早速本題に入るのですが、実は諸事情でしばらく学校を休もうかと思いまして……」

〈え?今まで花宮くん無欠席だったのに!?……………いや、花宮くんのことだから、よっぽどの事情があるんだよね。休む理由は詳しく聞かないよ。それで、どれくらい休むつもりなんだい?〉

「それが、詳しく決まってないんです。2、3週間かもしれませんし、もしかしたら1年間かもしれません。ですので、出席日数が足りなくて留年、なんて可能性もあります。もし、校長先生が留年者を出したくないと言うのであれば、退学も考えてます」

〈いやいやいやいや!花宮くんのような優秀で素晴らしい人間を留年や、ましてや退学なんて出来ないよ!!そうだね、無期限の休学にしてあげよう〉

「あ、ありがとうございます!!でも、私なんかの為にそんな事をしてもらってもいいんですか??」

〈いいよいいよ、花宮くんなら反対する人なんていないさ。あ、でも流石に何も無しに卒業はさせられないから、一ヶ月に一回くらい課題をやってもらうけど、それは大丈夫かい?〉

「はい、問題ありません。本当にありがとうございます。もう直ぐこの携帯電話も使えなくなると思うので、今パソコンの新しいメールアドレスを送りますね」

〈わかった。……あ、届いたよ〉

「それが多分私に唯一通じる連絡方法になると思うので、よろしくお願いします」

〈唯一の連絡先……そうか、なるべく情報を漏らさないように気をつけるよ〉

「ありがとうございます。それと、無期限の休学を許可してもらった上で厚かましいと思うのですが、もう一つお願いがありまして」

〈花宮くんのお願いならなんでも聞こう〉

「実は、休学することを一番最初に伝えたのは校長先生なんです。だから私が指揮してるバスケ部にはまだ何も言ってません。その上、これからはもう誰とも連絡出来ないでしょう。なので、バスケ部のレギュラーに俺が休んでいる間についての事を伝言してもらいたいのです」

〈そんな事でいいのかい?〉

「はい。詳しい事はまたメールで送ります」

〈わかったよ。では他に何か言いたいことは?〉

「いえ、ありません。今日は本当にお忙しい中色々とありがとうございました」

〈いやいや、他ならぬ花宮くんの為だからね。では切るよ〉

「はい、失礼します」


校長との電話は、だいたい5分くらいで終わった。

目的である無期限の休学を受け入れてくれたのはいいが、猫かぶりした5分間でかかったストレスは大きい。普段なら気にしないレベルな筈が、どうやら今は全然ダメみたいだ。

行動を起こせるうちに、次の事をしよう。取り繕わなくても済む、母親に電話でいいか。

………電話を鳴らしても出ない。当然か。今は仕事をしてるだろう。仕方ないので、留守番電話に声を入れる。


「もしもし母さん?俺だけど。しばらくちょっと海外を旅してくるから居なくなるけど心配しないで。生活費は今の感じで入れてくれればいいから。あと、このスマホはもう解約するから、今後使えなくなる。代わりにパソコンのメアド送っといたから、俺に用がある時はそっちによろしく。じゃ、切るよ」


言いたいことだけを伝えた。あの人は放任主義なので、これで問題ないだろう。

次は荷物を整理しないと。旅をする荷物を纏めるのはもちろんのこと、冷蔵庫などに入っている食材なども処理しなくてはならない。最悪、ゴミ箱行きだな。

服は春夏秋冬どこに行っても大丈夫なように一通りキャリーバッグに詰める。あとはローテンション出来る数の下着類。そして防寒具。逆に暑いところだった時の為にサングラスや帽子も入れる。バスタオルや石鹸、歯ブラシなども持っていく必要がある。薄い毛布も一枚あった方が便利だ。服やタオル、毛布などのかさばるものは全部圧縮袋に入れてからキャリーバックに入れた方がいいな。あとは、どこにでも食器があるわけじゃないから、スプーンやフォークを持ってたほうが良いだろう。スマホは持っていかないから、時計も必要だ。逆にパソコンは課題をやるのに持っていかないといけない。

他にもパスポートとかバックパックとかビザ申請用の証明写真だとか折りたたみ傘など、色々用意した。

次は食材の処理。もともとのストックが少ないから今日で使いきれるだろう。調味料は捨てることになるけどな。

お金を下ろすのは、空港に行く直前がいいな。当日に乗る飛行機を決めると物凄く金がかかる。

色々やってるうちに、夜になった。今日はもうやる事は終わった。あとは明日空港に行くだけだ。

これ以上は頭を働かせたくないから、寝るか。




そして次の日、俺は家を出た。しばらく帰る予定はない。途中銀行により、下ろせるだけの金を下ろし、そのまま空港に行く。

次、日本に帰ってくるのはいつになるのだろうか。





全てが煩わしくなったので、ちょっと海外に行ってきます。






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