05

3月3日、予告の日。

怪盗キッドの正体を断定にまで至らなかったが、宝石を守る準備は滞りなく進められた。

原家当主がいる部屋には本物によく似た贋作がケースに入れられて厳重にロックされ、飾られている。

一方、花宮達5人は、原の部屋で駄弁っていた。


「……そろそろ予告の時間か」

「ちゃんと怪盗キッドはあっちに行ってくれっかなぁ」

「大丈夫じゃない?流石のキッドもまさか俺らの誰かが持ってるって思わないっしょ。つーか俺も誰が持ってるか知らねぇし」

「それもそうだな。おい瀬戸、そろそろ起きろよ。」

「……ふぁあ。もう時間なんだ」


そういうやりとりをしているうちに太陽が完全に姿を隠した。予告の時間だ。


「あっ、もう時間過ぎてんじゃん」

「キッドはあっちに行ってくれたみたいだな」

「本当に盗まれていないか確認するぞ」


時が止まった、というのはこのことを言うのだろうか。その発言をした花宮……否、花宮に変装した怪盗キッドに、全員の視線が集まる。

そして耐えきれなかったかのように原が笑い出した。


「草はえる。花宮の言うとーりじゃーん!」

「流石だな」

「いや怖いんだけど」

「まぁ花宮だしねぇ」

「急にどうした、お前ら」


そういいつつも、怪盗キッドは内心焦っていた。明らかに自分が怪盗キッドだとバレている。変装は完璧だったはずなのに何故、と。

実際、怪盗キッドの変装は完璧だった。少し高い身長も、烏の濡れ羽色のような髪も、性別関係なく惹かれてしまいそうになる瞳も、ついでにその悪烈な性格もまさしく花宮真だ。

けれど、怪盗キッドは花宮真を理解していなかった。いや、怪盗キッドの根は善良で、逆に花宮真は根っからの悪だから、理解できるはずもない。

どちらの方が頭がいいのかはわからないが、少なくとも人を騙すことにおいては、花宮真の方が上だ。


「ちょっとそこの引き出し開けてみろよ。面白いものあるから」

「はぁ?なんでだよ」

「いいからいいから!」


正体がバレていると思っていても、明確に言われていないので、怪盗キッドは花宮真として渋々その引き出しを開けた。

すると中には……


「は!?……いや、これ偽物か」


4人が持っているはずだった、宝石の贋作がそこにはあった。


「何驚いてんの?花宮が提案したことだったのに。まさか忘れちゃった?大丈夫?若年性健忘症??」

「こんなのを花宮と言うな」

「ごめんって古橋。ちゃんと中身は怪盗キッドってわかってるから」

「……ならいい」

「それよりも怪盗キッドさん。さっきは俺知らないって言ったけどさ、本当は本物の血に染まった薔薇ブラッディローズが何処にあるか知ってるんだよね。ねぇ、教えて欲しい?教えて欲しい?土下座して教えてください原一哉様って頼み込めばもしかしたら教えるかもよ!」

「ぜってぇそれ教えないパターンだろ」

「そんなの当たり前じゃーん」


当事者じゃなくても原の煽りにはイラッとくる。しかしそこは流石の怪盗キッドといったところか、ちゃんとポーカーフェイスを維持していた。


「なんだか哀れだから教えてあげるけど、今この屋敷には贋作が57個あるんだよね」

「それって言っていい「数言っても状況は変わらないから」……いい加減被せるの「やめない」……わかった、俺が馬鹿だった」

「どうやら、私は貴方達を甘く見ていたようですね」


怪盗キッドはここで、喋りながら時間を稼ぐ予定だった。本物の宝石はこの5人は持っていない。ランダムではなく、ちゃんと考えた場所に置かれているなら、予想が出来るはず。それを考える時間が必要だった。

しかし、


「そーだ、そーだ!霧崎第一高校舐めんな!江古田高校より偏差値高いんだからな」

「偏差値は関係ないだろう。考えたのは全て花宮だ。つまり花宮は素晴らしい」

「はいはい。すごいすごい」


思わず怪盗キッドの思考は止まった。江古田高校といえば、自分の所属する高校だったから。

自分のことを調べているのは知っていたが、それでも特定にいたっていない筈だった。だからこれは偶然だ。まだ知られているはずがない。そう思い込んで、あえて高校名には触れずに、怪盗キッドは会話を続ける。


「しかし困りましたね、ここまで宝石の場所を欺かれたのは初めてです」

「だよね!あのキッドキラーがいない時は大体犯行がぬるいもんね!」

「怪盗キッドだって手を抜きたくなることくらいあるだろう」

「まさか、私は手を抜いたことなんて1度もないですよ」


高校名を詰められることなく、話は進む。

やはり江古田高校の名が出たのは偶然だったのだと、怪盗キッドは少し安心した。

しかし、次の発言でまたギクリとする。


「あ、いま時間稼ぎしてる?」


完全に図星だった。


「えっ、ならさっさと追いだ「居座られても問題ないよ」……お前、俺の時だけかぶせ「気のせいじゃない?」……もういい」


まだ、警察が呼ばれておらず、こうして問題ないとまで言われているが、ずっとここに居座っているわけにもいかない。かと言って聞き出すのも、怪盗キッドとしてのプライドが許さない。

余裕だと思っていたのに、どうしてこうなったのか。

もちろん、手を抜いていたと言うことはない。

この家の情報だけではなく、宝石に関わった友人4人の情報は調べた。予告状を出してからこの家には盗聴器をしかけていたし、5人の会話は原一哉のスマホをハッキングして盗聴していた。もちろんSNSのやりとりも全部だ。

花宮真に変装したのも、5人の力関係を見抜いて、1番警戒されない人物だと思ったから。入れ替わったタイミングも完璧な筈だった。

それが、どうしてたかだか高校生にここまでやりこめられているのか。どうやって情報を共有していたのか。


「あ!そういえば花宮からの伝言があったんだ」

「伝言、ですか」


今日はずっと入れ替わりのタイミングを伺っていたのだから、その伝言をされたのは今日ではないというのはわかる。


(いつから花宮真は自分が入れ替わりの対象になると予想していた?この伝言もいつしたんだよ。こいつらの会話はずっと聴いてたんだぞ?)


「日付が変わるまでに見つけられるといいな。せいぜい頑張って宝探しでもしてろよ、だって」

「なんで日付が変わるまで?」

「それくらい考えないでもわかるじゃん。予告状に桃の節句って書いてあるからだよ」

「予告を守れるといいなっていう花宮からの嫌味だね」

「うわぁ、やっぱアイツ性格悪いな。わざわざそんなこと伝言するとか」

「そりゃ花宮だし」


彼らの会話はほぼ全てに反論したくなるが、こんなところで引っかかっている暇はない。


(落ち着け、俺は怪盗キッドだ。こんな同じ学年の奴らにやられる筈がない)


怪盗キッドは、必死にまず自分を落ち着かせた。


「応援として、その伝言を受け取っておきますね」

「うわ、気持ち悪い」

「そこはほら、怪盗キッドにもキャラがあるんだろ」


(よぉぉぉぉぉくわかった!!こいつらは性格が悪い。全員とてつもなく悪い。特に花宮真は俺が思ってた以上に性格が悪い。そんな奴がわざわざこんな伝言残すか?ただ遊んでるだけかも知れないが、これもブラフだと読んだ方がしっくりくるぞ。宝探しってのに注目させるためによ)


怪盗キッドの明快な頭脳が少しずつ、答えを導きだす。1度頭が回れば後は簡単で……


「化けの皮剥がしたいなぁ。でも花宮に禁止されてるからねぇ」

「いい加減、その花宮を騙った容姿はやめてもらいたい」

「いつもだったら花宮をこんなに煽ったら終わるから、俺は楽しいよ」

「後で映像を花宮に見せんの忘れてねぇ?」

「平気平気!本人に言ったわけじゃねーし」

「おや、この部屋には監視カメラでもあるんですか?」


(宝探しはブラフ。宝石を探す必要はない。つまり、宝石は見えるところにある。となると、別室に偽物として飾られている奴が本物か!くっそー、最初からこっちに来るんじゃなかった)


すぐにその答えに辿りついた。

となると、もうこの部屋には用はない。


「盗聴器もあるよな。俺らのじゃないけど」

「回収するのめんどいから終わったら全部片付けてほしーんだけど」

「考えておきます。さて、どうやらこの部屋には私が求めているものはなかったようですね」

「えー、もしかしたらあるかもよ?」

「俺のイチオシは買ったまま放置されている靴の中だな」

「手術でどうにでもなるからね、誰かの胃の中かも」

「いやそれは怖ぇーよ」

「いえ、場所は分かったので、失礼します」


そういうと、怪盗キッドは煙幕を床に投げつけ、ついでに変装も解除して、その部屋から脱出した。


「それはズルイ!」

「逃げられちゃったものは仕方がないな」

「場所がわかったってマジ?俺知らねぇままなんだけど」

「花宮から聞かされなかったか?」

「俺は知ってるよ」

「俺もー」

「知らねーの俺だけかよ!!」


逃げた怪盗キッドを追うわけでもなく、彼らはその場にとどまって会話を続けた。

宝石の心配など、微塵もしていないからだ。

怪盗キッドは誰一人追いかけてこない彼らに少し疑問を思いながらも、宝石が飾られている部屋に乱入。流れるようにその場にいた全員を眠らせると、悠々と宝石を盗み出し、夜の街へかけていった。

そして冒頭へと戻る。


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