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コナンくんが部屋の中で何かないか探している間、花宮は犯人であろう人物に話しかけていた。
ちなみに現在古橋は刑事に呼ばれ、花宮との関係を聞かれているので、この場にはいない。
「あの……」
「どうしたの?」
「自首しませんか??」
「えっ?」
「だって、お姉さんが犯人なんですよね?」
花宮が話しかけたのは加藤愛。箱山夏海の親友だ。
「何を言ってるのかな、波人くん」
「なんでお姉さんが僕のお母さんを殺したのかわかりませんけど……」
「ちょっと待って!波人くん!」
その声は、重苦しい雰囲気を持ったこの場によく響いた。
全員が全員、加藤愛の方を見る。
そして急な大声に戸惑いながら高木刑事は声をかけた。
「どうかされましたか?」
「い、いえ!なんでもないです!すみません、急に大きな声を出してしまって……」
明らかに様子がおかしい。おかしいがなんでもないと言い切られてしまった以上、特に追求もできない。
とりあえず全員やっていた作業に戻ったが、やはり様子が気になるのかみんな加藤愛のことを気にしている。
声は部屋の中にも届いていた。つまりそれはコナンくんの耳にも入ったという事で、当然何があったのか気になったコナンくんは部屋から出てきた。
そんな周りの様子を気にする事なく、花宮は話を続けた。
「状況から考えるとお姉さんにしかお母さんを殺せません」
「な、なんで波人くんはそう思ったのかな?」
「……僕が1番最初にお母さんを見つけたんです。お母さんは沢山刺されていました。服もぐちゃぐちゃになってて、いっぱい抵抗したんだと思います」
「そうだったの……でもそれだと私が殺したことにはならないよね?」
花宮は目を伏せながら悲しそうな表情をしてそう言った。
「そう、ですね……僕も最初はそう思ってました。でも、よく考えると、おかしいんですよ」
「……どこらへんがおかしいのかな?」
「お母さんがもしいっぱい抵抗したなら、下に敷いてあった布団はもっとぐちゃぐちゃになっていいはずですし、近くにあった机に手とか足とかがぶつかって、そんなに中身が入ってなかったペットボトルは倒れててもいいと思うんですよね」
「そうかな?犯人が戻した可能性もあるじゃない?」
「それなら洋服も元に戻しません?布団とペットボトルだけ戻すなんてあり得ませんよ。つまり、犯人はお母さんを眠らせた後に沢山刺して、お母さんが暴れたように服をぐちゃぐちゃにしていったんです」
「そう……だね……」
「犯人がお母さんを眠らせて殺したと考えたとき、疑問に思うのがなんでお母さんをは沢山刺されなければならなかったのかということです。お母さんが眠っていたのなら、急所に一回刺すだけで、十分に殺せます」
「それだけ犯人が恨みを持ってたんじゃないかな?」
「いえ、違います。たくさん刺すほど、お母さんを恨んでいたとしたら、お母さんを眠らせるなんてことしないでしょう。だって、寝てたら痛みなんて感じないから。恨んでるのなら、普通もっと苦しい思いをさせますよね?」
花宮はあえて一つずつ丁寧に丁寧に説明した。
情報を少しずつ出せば、その都度目の前の人物は否定する。そして否定して、まだ大丈夫、言い逃れできると思わせる。けれどそうしている間に、自分が犯人だと素直を言えなくなる。
そう、花宮は最初から犯人に自首させるつもりなんかなかった。むしろ逆で、罪が重くなればいいと考えていた。
確かに花宮は自分の母親が殺されたことについてはなんとも思ってない。けれど、母親が殺されたことにより、この先花宮にとって面倒な事が待っている。
そして花宮は自分の環境、状況を他者に乱されることを嫌っていた。
つまり、母親を殺されたという事実はどうでもいいが、母親を殺されるという出来事は花宮を怒らせるには十分だったのだ。
「そう、かもね」
「お姉さんはお母さんが何回刺されたか知っていますか?」
「……いいえ、私遺体は見てないの」
「そうですか。じゃあ言います。ぴったり10回でした。こんな切りがいい数字なんてありえると思います?」
「怖い偶然もあるんだね」
「そうですね、怖い偶然かもしれません。では、お姉さん、人体にとって重要な血管がどこにあるか知ってますか?」
「えぇ、私看護師をやってるから、それくらいは知っているよ」
「ですよね。僕も最近本で読んだばっかりなので、知っています」
「まだ小さいのに偉いね」
「ありがとうございます。それで僕、思い出したんですけど、お母さんは10回も刺されたのに、重要な血管が一つも傷ついてなかったんですよね。人が10回刺された時、重要な血管が少しも傷つかない確率ってどれくらいになるんでしょうね?」
「それも偶然かもしれないじゃない」
「可能性としてはそうかもしれませんけど、それよりはわざと犯人が避けたと考える方がしっくりきます」
「……そうね」
「そうなると自然に犯人は人体にとって重要な血管がどこにあるか知ってる人になります。お姉さんみたいに」
「それでもまだ、私が殺した証拠にはならないわ」
「お姉さん頑固ですね。僕は自首してほしいのに」
「やってもないもことは認められないでしょ?」
加藤愛は箱山波人を可哀想な子どもだと思っていた。けれど、今はそんな思い消えていた。
あんなにも泣くのを我慢して無理に笑っていた子が、今は泣きそうな顔をして自分を追い詰めてくる。泣きそうなくせして、言ってることはあまりにも冷静だ。なぜ、小学2年生がここまで自分の母親が殺されてことについて分析できるのか。
加藤愛にとって今の花宮はあまりにも不気味すぎた。もうやめてくれと心の中で願っても、花宮の話は止まらなかった。
「そうですね、本当やってないのなら認められるはずがないですよね。では、次の話に移りましょう。そうですね、お母さんはどこで睡眠薬を飲んだのでしょう?」
「そんなの私が知ってるはずがないよ」
「犯人でなくとも、僕がさっき言った話を覚えてるのなら、ペットボトルってわかると思うんですけど……」
「あぁ、そういえばペットボトルがされていたって言ってたね」
「大丈夫?お姉さん、汗かいてますよ?」
「な、なんでもない。気にしないで!」
「それならいいけど……じゃあ話を続けますね!お母さんはお酒以外自分で買わないから、ペットボトルは犯人が持ち込んだんでしょう。そうするとわざわざ殺す人の目の前で睡眠薬を入れるなんてしませんから、当然最初から薬は入っていたことになります。そう考えると、この犯行は計画的なものになります」
「……そうだね」
「この季節に、手袋なんてしてたらお母さんに違和感を持たれますからきっと犯人は素手でこの部屋に来て、眠らせてから自分に血がつかないように手袋をしたんだと思います。手袋をしていれば凶器に指紋もつきませんから」
「そうかもね」
「では、お姉さん。持ち込んだペットボトルの指紋は拭きました?」
「え?」
「別に、拭いてたら拭いてたらで証拠が一つ減っただけなのでいいんですけど、拭いてなかったら、ペットボトルに残ってる指紋から誰が犯人かわかりますよね。これでもまだ、お姉さんは認めませんか?」
加藤愛は犯行時のことを必死に思い出した。
ペットボトルを持ち込んで、布団に寝かせて、手袋してから刺した。血がつくから手袋を外してから衣服をわざと乱したけど、仲の良い親友ならそこに指紋が残っててもおかしくない。けどペットボトルは?自分は指紋を拭いたのか、確か拭いたはずだ。だって、ちゃんとペットボトルの指紋は取ると事前に決めていたから。でもあの時は途中で人が来て自分は焦っていた。本当にペットボトルの指紋は拭いていたのか。わからない。わからないけれどとにかく犯行は認められない。
加藤愛は否定するしかなかった。
「……わ、私は犯人じゃない」
「そうですか……ということはペットボトルの指紋は拭いたんですね。ではお姉さんに聞きたいんですけど」
「……なにかな?」
「腕についてる赤いのなんですか?」
その言葉を聞いて加藤愛は思わず左腕を右手で隠した。そしてその後に思い直す。自分は着替えたから血なんて付いているはずがない、と。
「本当は赤いのなんて無いんですけど……どうやらお姉さんには心当たりがあるみたいですね?」
「ぐ、偶然よ」
「もう言い訳は苦しいですよ。犯行時に使った服は捨てられました?お姉さんの性格からして家に帰る途中で捨てるなんてことできなさそうですし、後から自分とは縁がないところで服を捨てよう考えて、まだ家にありそうですよね」
「それは……」
「まだ言い逃れできると思ってそうですね。確かに子どもの僕の言うことなんて信じる人の方が珍しいです。でも、高校生ならどうでしょう?」
「え?」
「さっき、3人が事情聴取を受けている間、ハル兄に同じような話をもっと簡略的にですが話しました。今、刑事さんとハル兄は何を話してると思います?」
「まさか……」
「あぁ、ほら、刑事さん、こっちに来ましたね。お姉さんに何の用なんでしょう?」
加藤愛は震える。こんなはずじゃなかったのに、自分の犯行がバレない自信あったのに、なぜこうなったのか。この目の前の子供が恐ろしくてたまらなかった。
「加藤さん、ちょっといいですか?」
「……はい」
「あの、僕ハル兄のところに戻っていいですか?」
「あぁ、引き離しちゃってごめんね、波人くん。もう春越くんからは話を聞いたから大丈夫だよ」
「わかりました」
そして花宮は何事もなかったかのように古橋の元へ行った。
刑事さん達はここで何があったのか知らない。
ここで何があった知っているのは当事者と、声を聞き、近くに来て様子を伺っていたコナンくんだけだ。
その後、加藤愛の家で箱山夏海の血が付いた洋服が見つかった。最初は犯行を否認していた加藤愛だったが、それを突きつけられると、もう言い訳することができずに、犯行を認めた。
動機は高校生の時に彼氏を取られた時から恨みを抱いていて、成人してから自分が妊娠できない身体だと知り、なのに加藤愛は子どもを産んでいて、挙句に虐待していたことが許せなかったらしい。そうして積もりに積もった恨みが、今回爆発し、箱山夏海を殺すことになった。
そして母親を殺された、自分の保護者が居なくなった花宮は、古橋の家に転がり込んでいた。
都合のいいことに古橋の両親は2人とも外交官で、滅多に家に帰ることもなく、自分の本性を知っている古橋相手なら猫を被ることもなく暮らせるからだ。
もちろん古橋の両親にちゃんと許可を取っている。
古橋の両親はずっと古橋に友達がいない事を気に病んでいて、今回年下とはいえ友達を助けたいと訴えた古橋に感動し、許可を出したのだ。それにテレビ電話越しとはいえ、花宮も直接交渉した。そう、花宮の交渉が失敗するわけがなかった。
ということで、花宮は現在古橋と気楽に暮らしている。